光のゆくえ
夜の闇に暗躍する、スーツ姿の男たち。
それを狙う、夜光迷彩のボディスーツは、スポンサーの好みとは言え体型にピッタリで、目撃者がいたら凄惨な襲撃現場より妖艶なボディスーツの姿の方が目に焼き付いて離れなかったかもしれない。
十年前、同じように被害にあったクルツは、今や心を殺して人々を襲う側に回っていた。
夜のうちに戻ったアジトは、まだ誰も帰っおらず、暗くしんとしているだけでなく、底冷えするように寒かった。
工業都市デランの低賃金労働者街に、紛れるように立つ二十階建ての中古ビルは、外壁の塗り直しもされず、雨どいやダクトが剥がれて垂れ下がり、割れていない窓と、そこにたまに灯る電気の灯りが廃墟ではないことを告げていた。
カーテンなどという気の利いたもののない室内で、灯りをつけないままボディスーツを脱ぐ。
夜景と言うには乏しい外の灯りは、手入れの行き届かない街並みの貧乏なビル群から室内に這い寄るように差し込んでいた。
私服に着替え、クルツが遅い晩御飯を食べに街の雑踏に消えた頃。
治安維持組織アンフルの通信室のモニターに、ようやっと先ほどの部屋の映像が映し出された。
ソファにボディスーツが置きっ放しになっている。
「やつらのアジトだ。突入する!」
通信室から転送された映像を、スマホで確認しながら、レイは逸る気持ちを抑えて、インカムにそう吹き込んだ。
しかし通信室にいる上司はにべもない。
「いや、お前の部下が既に向かっているぞ?」
「はあ?!」
目視できる距離に潜んでいたというのに、なぜかレイはあの女のゆくえに気づいていない。
「レイ、お前のトラウマが治らない限り、この件はお前には任せられないな」
「トラウマだと?!」
何度も任務の邪魔をされ、そのたびに心療内科医のチェックを受けてきた。もう充分だろう。
「トラウマなどない!」
「ならばあのお嬢さんの姿が見えるかね?」
急に送られてきた映像が、なぜかぼやけて見える。
「ピントが合っていないぞ!」
やれやれという気配が伝わってくる。
「例の、俺が何か忘れていると言うやつか! しつこいぞ。俺は最初からアンフルの為に働いている!」
チクリと胸が痛む。それが出来ない誰かの姿がよぎって消えた。
なぜだ。思い出せない。大切な思い出なら思い出だせるはずたろう……!
歯ぎしりする音がインカム越しに上司にも聞こえたようだ。
苦笑される。
十年前、道は分かたれた。
兄妹のように育ったレイとクルツは、クルツが暗部に攫われるという最悪の形で分かれることになった。
その後、レイは治安維持組織に就職したが、レイ自身それがなぜなのか分かっていない。
幼き日に、幼馴染を、必ず取り戻すと誓ったことを忘れてしまった。
いなくなったクルツを心配して、安否を確かめるまで諦めない覚悟と、無事か知れない不安で潰れそうな数日を過ごし、泣き腫らした目をこすりながら起きてきた時には、幼馴染がいたことをも忘れてしまっていたのだ。
レイの家族もクルツの家族も、事情を知っている者は皆、レイの前でクルツの話題を出さないようになった。
しかしそれでもクルツは何かに追い立てられように、救わねばと言う気持ちが湧き出していて、黒く渦巻く感情に呑み込まれないように、つとめて冷静に、あくまで世間と自分のために治安維持組織に入ることを志した。
だが不自然に抜き取られたアルバムや、たまに辻褄の合わなくなる思い出話や、ポッカリと空いた心の隙間に、何かが欠けていると思わざるを得なかった。
それが治安維持組織への就職の憧れの原因になっていることは薄々気付いていた。
いつか向き合わないといけなくなるのではないか。
その時が早くくればいい。
宙ぶらりんはいやだ。
そう思って迷わずアンフルへ就職した。
しかし焦りは強くなるばかりだった。
もしかしたら、このまま何もない方が幸せなのかも知れない。そう思い始めたのも、この頃だった。
アンフルでの活動に慣れてきた頃、治安維持の為の激しい戦闘に意識をすり減らし、当初の期待と違って、間違いであってくれという気持ちが強くなった。
何かあるのなら、それは最悪の事態ではないと言う、保証があるのか。
事件の事例を知るにつれて、恐れが膨らんでいく。
自分が助ける側になったというのにこの体たらく。
まだ組織に入りたての頃の方がマシだったではないか。たるまないように気をつけよう。そう思っても、心療内科医の前で虚勢を張っても、ジリジリと化けの皮が剥がれていく。
なぜこれ程までに焦っているのだろうか。
何かを忘れている。
それを取り戻せられたら……。