07.王宮の舞踏会③
アデレードは大広間からテラスを抜け、そのまま石階段を庭園の方へと降りていった。
階段下では、月の光に反射して噴水が煌めいている。
噴水の周りには、休息用の小テーブルがいくつか設えてあり、何組かの人影があった。
二人だけの時間を楽しんでいる恋人たちだろうか。
お互いにささやき合い、くすくすと笑ったり、親密に触れ合ったりしている。
その幸せそうな人達の間をぬって、アデレードは、あてもなく歩いた。
気がつくと、いつの間にか芝の広がった開けた場所に来ていた。
花の姿は見えないものの、控え目に秋のバラが香っている。
おそらく王宮の東側にあるバラ園のあたりまで来てしまったらしい。
近くにあったベンチにぼんやりと腰を下ろすと、アデレードは手で顔を覆った。
(わたし、何をやっているのだろう)
(大広間に戻らないと・・・でも、戻ってどうすればいいの)
先ほどのクラウスとレティシアの姿が目に浮かぶ。
(もう帰ってしまおうか)
しばらく顔を覆っていると、不意に、誰かが隣に座った気配がした。
(クラウス!!?)
「不用心だな」
低い声は、クラウスではなかった。
がっかり感が半端ない。失望が絶望に変わりそうだ。
そうだ。追ってくるわけがない。
一瞬でも期待した自分は、なんて惨めなんだろう。
男は、アデレードのすぐ横に、足をどっかりと組んで座っている。
(近い。近い。な、なんなのこの人)
明らかに無礼すぎるし、何より怖かった。
(何かされたらどうしよう)
(こんなところまで来なければよかった!)
「アデレート嬢か、噂とはだいぶ違うな」
月明かりの下、男の服装が見えた。
丈の長いローブからして、魔術師のようだ。
偉そうな口ぶりから高位の魔術師なんだろう。
「わ、私の跡をつけていらしたんですか」
「まあね。面白そうだから見ていた。レティシアから聞いていた話とだいぶ違うな」
急に頭に血がのぼる。
今という今はレティシアという名前は聞きたくなかった。
レティシアから聞いていたわたしの話なんて、絶対ろくでもない話でしかない。
アデレードは硬い声で聞いた。
「魔術師団の方ですか」
「ああ」
レティシアは王立魔術師団の上級職だ。たしか武器や防具の強化を担当していたはずだ。
魔術師団の職掌は様々だが、国防を担う部署に配属されているレティシアは、魔術師団の中でもエリートだった。
「あなたがクラウスを追い詰めている、という話だったが、どちらかというと俺には逆に見えた」
「詳細はよく分からんが」
「ともかく今日は、うちの部下が、あなたを泣かせて悪かった」
「泣いてなどいません!!」
言いながら、自分の涙声で、はじめて気がついた。
自分は泣いていたんだ。
気がつくと涙は更にあふれ出した。
(どうしよう止まらない)
アデレードは声を殺して泣いていた。
「そんなにクラウスはいいかな」
男は隣でぶつぶつ言っている。
ーーーーお願いだから、あっちへ行って。今は一人にしてほしい。
アデレードが涙をぬぐいながらそう言おうとした時、ぼやけた視界の端に綺麗な光がまたたくのが見えた。
右側のバラ園の上空あたりに、控えめで小ぶりな花火が、次々と上がる。
赤から紫、最後は青へと変わっていく。その逆もある。
銀色から、金色へ花開く花火もあった。
「これはーーーー」
完全無音の魔法の花火だった。
「・・・・きれいだな」
アデレードは涙に濡れた目で、花火を眺めた。
昔の記憶が蘇ってくる。
これは生花を花火に錬成する古代の魔法だ。
錬金術と同系統にある魔法。
かつて自分も、駆け出しの頃に何度もやったことがあるから分かる。
他の生花でもできるが、バラが最も適していた。
(あの頃は、国王主催の花火大会のために、たくさんのバラを消費したーーーー)
(そういえば、今世でこの魔法を目にするのは初めてだわ)
(ああ、懐かしいな)
闇夜に満開の花火が音もなく散るたびに、火薬の匂いではなく、バラの香りが強く香る。
気がつくと涙は止まっていた。