05.王宮の舞踏会①
クラウスは、本日5度目のため息をついた。
今夜は王宮で開かれる舞踏会に出席しなくてはならない。
しかもあのアデレード・フォン・ヴィスタルグの婚約者としてでだ。
レティシアを連れて行きたいところだけれど、今夜は、国王も臨席する正式な舞踏会だ。
いつものような自由気ままで身勝手な振る舞いは許されなかった。
「はぁぁ、会いたくない」
どうしても愚痴が出てしまう。
ふだん滅多に愚痴を言わないクラウスを、部下たちはみな気の毒そうに眺めている。
この日、クラウスとアデレードは、王宮内で落ち合うことになっていた。
仲睦まじい婚約者同士なら、クラウスが伯爵邸までアデレードを迎えに行き、馬車に同乗して王宮に乗りつけるのだろうが、あいにく二人はそんな間柄ではない。
前回、バラ園の夜会でクラウスがアデレードと言葉を交わしてから、すでに半年以上が経っていた。
その間、二人は一度も顔を合わせてはいなかった。
★★★
その日ーーーー昼過ぎから降っていた小雨は、日没とともにやんだ。
王宮では、すでに、いくつものかがり火が焚かれていた。
宮殿は群青色の闇に浮かび上がり、幻想的な姿を見せている。
頭上には星が、一つ、二つ、と次第に出てきて、小さな光をきらめかせ始めた。
宮廷演奏家たちの奏でる軽快な音楽は、王宮の外にまで流れて広がっている。
馬車から降り立ったアデレードは、仕立て屋一押しの、「夜空のドレス」を着ていた。
そのほとんど闇のように見える濃紺色のドレスは、背後の夜空と全く同じ色をしている。
ドレスの上にスワロフスキーで散りばめられたきらめきも、まるで上空にある、夜空の星々のようだった。
耳元と、手首には、プラチナとダイヤからできたアクセサリーが控えめな光を放ち、細長い首から背中にかけては、美しくウェーブした銀髪が波打っている。
<王の踊り場>と呼ばれる、王宮内の大階段の踊り場で背を壁に預けていたクラウスは、思わず背中を浮かした。
(誰だ。あれは。・・・アデレードに少し似ているが)
アデレードよりもずっと大人びている。
そして、圧倒的に美しい。
(アデレードの姉か?従姉妹?)
(・・・しかし、彼女にそのような縁者がいるという話は聞いたことがない)
場内の注目を釘付けにしている銀髪の美しい女が、クラウスの前にやってくる。
「お待たせいたしました。少し支度に手間取ってしまって」
そういって淑女の礼をした。
「え、、、まさか、アデレード、なのか」
呆然としているのは、クラウスだけでなく、周囲も同じだ。
ーーーえ、これが、ヴィスタルグ家の伯爵令嬢だと?
ーーー大体、シルエットが違いませんこと?
ーーー縦長になっていますわ
ーーーウソでしょ。わがままな白ブタと陰口を叩かれていた、あのアデレードさまがこの方?
半年間、会わなかったアデレードの姿は、驚くほど変わっていた。
以前、わがままそうに歪んでいた口元は、今は上品に優しく結ばれている。
かつて、濃いラインを引き、びっしりと付けまつ毛で飾られた目元も、瞳と同色のシルバーのラインとパールを少し入れている程度だ。
今日のアデレードの化粧は控え目で、それがアデレードの元々の整った顔の造作を引き立てていた。
今まで、厚化粧と肉厚だったせいで、はっきりと分からなかったものの、その素顔は、意外にも美しかった。
背筋も伸びていて、クラウスにエスコートされる動きも軽やかで優雅だ。
これは、ここ数ヶ月、アデレードが、はまっていたバレエのおかげなのだが。
大広間に着くまでの間、クラウスは一言も口をきかなかった。
腕をとって歩いてくれてはいるが、まっすぐ顔を前に向けて、アデレードの方は全く見ない。
アデレードはクラウスの横顔をそっと見た。
いつもと同様、きれいで整った横顔だ。
だけど、とても硬い表情をしている。
(怒っているのかしら?)
振り返ってみれば、自分に向けられてきたのは、クラウスの軽蔑しきった視線、冷ややかな顔ばかりだった。
クラウスが自分を嫌っているのは分かっている。
クラウスがレティシアを好きなことも分かっている。
いつものことなのに、今日のアデレードは、意外なほどに傷ついていた。
ここ半年の間、自分なりに頑張ったつもりだった。
クラウスと並んでも、見劣りしない女性になろうとがんばってきた。
少しはきれいになったつもりだった。
(もしかしたら、クラウスも少しは違う顔を見せてくれるかも・・・)
今日はどこかで、そう期待していた。
しかし、隣のクラウスからは、そんな甘い雰囲気はまったく感じられなかった。
何も話しかけられない。
なんて言葉をかけたらいいのか、分からない。
クラウスも話しかけてこない。
前を向いて歩いたまま、二人の間には、ぎこちなく、石のように重い沈黙が続く。
(あ、甘かったーーーーわたしはどうしたらいいんだろう)
(ここまで嫌われているとは・・・)
(・・・婚約破棄?・・・ダメよ、無理やり婚約してもらったのに、こちらからは簡単には言い出せないわ)
(このままではお互い不幸になるだけなのに・・・どうしたらいいの)