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04.伯爵令嬢は進化している②

 食事制限をする一方で、アデレードは、運動トレーニングも開始した。

 一人だと挫折してしまいそうなので、侍女長のルイーゼを通して、侍女たちの中で一緒にやりたい者たちを募る。

 とりあえず、早朝ウォーキングからだ。


 朝の6時に玄関前のロビーに行くと、意外と多くの侍女たちが、身軽な格好をして集まっていた。


「えっ、こんなに。10人以上いるわね。集まっても一桁だと思っていたわ」


「みんな、アデレードさまを応援する者たちです。もちろん自身の美容と健康のためも兼ねてますが」


「心強いわ・・・ていうか、ルイーゼ、その格好は・・・あなたまでがなぜ・・・」


「お嬢さま、何かご不満ですか」


「い、いいえ、ちょっとメンバーのイメージとちがっ・・・いや、一緒に健康になりましょう。あなたも参加してくれてうれしいわ」


 最初は体力がないこともあって、運動トレーニングはきつかった。

 少しウォーキングをしただけで、すぐに息があがってしまう。

 過去の自分を呪いながら、なんとか続けること2週間。

 周囲に励まされながら、ようやく長時間のウォーキングにも慣れてきた。


 週末、時間があるときは、ハイキングと称して、片道3時間以上歩いて、近くの小高い丘まで出かける。

 ランチはキュウリのサンドイッチに、ジャスミンティーだ。

 このキュウリサンドイッチは、料理長の特製で、パンは薄くて、キュウリは分厚い。両端のヘタを切り落としただけで、一本そのまま入っている。バターはわずかだ。

 キュウリサンドイッチは、アデレードの他に食べたがる者は誰もいず、不人気だった。

 今では、お供の者たちのために、チキンとマスタードのサンドイッチも持っていくようになっている。



 最低限の体力がつくと、バレエや乗馬など、次々に新しいトレーニングメニューも加え始めた。

 特にバレエは、前世では、エリスも興味を持っていたものの、時間も余裕もなくて、ついぞたしなまなかった分野だった。

 だから今こうやって取り組めるのが楽しくてたまらない。


 乗馬の方は、コツを掴めばあっという間に乗りこなせるようになった。

 何しろかつては、馬車に乗るより馬に乗る方が多かったのだ。

 気晴らしによく遠乗りもしていた。

 最初は、アデレードの乗馬を全力で止めていたお供の者たちも、今では、あのアデレードが馬を自在に操る、という信じがたい図になんとか慣れてきている。


 適度な食事制限と、トレーニングを開始してから3ヶ月。

 白くぷよぷよしていた身体は、日に日にぜい肉が落ち、引き締まってきている。

 脂肪が落ちるにつれ、手足が細長く、それでいて女性らしいラインを持ったアデレード本来の魅力ある身体つきが浮かび上がってきた。

 何より胸が前世より豊かだったのは、嬉しい誤算だった。


(わたし、アデレードになってちょっとよかったかも)


 身体がスレンダーになってくると、今までのドレスも身体に合わなくなってきた。

 服装の趣味だって、以前とはまるで変わってきている。


 アデレードは、ドレス類をすべて仕立て直すことに決めた。



★★★



 ヴィスタルグ家にある、自分専用の衣装部屋に入ると、フリル付きの派手なドレスが、ずらっと何十着も並んでいた。

 これを全部、自分が着ていたとは。

 今まで何度となく入ったことのある部屋なのに、アデレードは軽くめまいを感じた。

 あらためて見ると、持っている宝飾類も趣味がいいとはとても言い難い。

 どれもこれも、デザインが大げさすぎてなんだかおもちゃのようだった。


(あんまり好きなの、ないなぁ)


 これではレティシアに舐められるわけだ。

 夜会での自分の服装や化粧を思い出して、アデレードは身震いした。

 あの時は、たしかフリルのたくさん付いた、鮮やかなオレンジ色の派手派手ドレスに、大ぶりの鳥の羽根飾りを何本か頭につけていた気がする。

 体型も巨大だったし、化粧も濃くて、太い囲みアイメイクに、つけまつげにつけぼくろに・・・アデレードは、思い出すのをやめた。


「ちょっと整理が必要ね。服も指輪もこんなに必要ないし」


 アデレードがつぶやくと、侍女のテレサがギョッとしたようにこちらを見た。

 テレサは、小さい頃からアデレードの身の回りの世話をしてくれる部屋付きの侍女だ。

 アデレードのウォーキングメンバーの一員でもある。

 アデレードに遠慮なく、モノを言うところは、侍女長のルイーゼとよく似ている。


「必要ないって、お嬢さま、本気ですか!!いつもいつも足りないっておしゃっていたのに」


「え、そんなこと言っていたかしら・・・い、言っていたわね。本当にわたしはどうしようもないわね」


 過去の自分にうんざりするのは、もう慣れた。


「そうね。ブローチや指輪はもっとシンプルに仕立て直しましょう。サイズも変わっていると思うし。どうやっても要らないものは売ってしまえばいいわ」


「ひえええ」


背後のテレサから、変な声が聞こえる。



★★★



 数日後、王都の中でも、最も人気のある有名な仕立て屋が、伯爵家に呼ばれた。


「アデレードさまの瞳と髪はシルバーだから、ドレスは、もっと光沢のある布で、柔らかな色合いをメインにしたほうがいいですね」


 仕立て屋は、助手とともに、次々にアデレードに布をあてていく。


「このサテン生地などは、暗い色味の方がお似合いです。この夜空の色のものはいかがでしょう。スパンコールや、スワロフスキーを星のように散らしてみるとか。アデレードさまの白い肌が引き立ちます」


 結局、ほとんどのドレスは仕立て直しをせずに、下取りに出して新調することになった。


 今まで、アデレードにとって、ドレスとは、自分自身を隠して誤魔化すためのものだった。

 美しいドレス、高価なドレスを着ることが、そのまま自分の価値を高めることだと思っていた。


 でも、今作ろうとしているのは、自分を見せるためのドレスだ。

 過去にあんなに必死だったドレス作りが、今はこんなに楽しい。


「とっても素敵な時間だったわ。服作りがこんなに楽しいなんて知らなかった」


 アデレートが言うと、仕立て屋はにっこり笑った。


「光栄でございます。わたくしどももこれほど楽しい仕事は、久しぶりでございます。ーーーーお約束いたします。きっと見違えられますよ」


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