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03.伯爵令嬢は進化している①

 

「アデレードさま。心配してましたのよ」


 隣で顔をのぞき込んでいるのは、同学年のメリッサだ。

 ここは王立サヴォワ学院。王国の支配層が通うエリート養成機関である。

 昨夜での夜会での転落事故は、もうクラス中に広まっていた。恥ずかし過ぎる。


 いつも優しく大人びた雰囲気をもったメリッサは、アデレードの密かな憧れだった。

 今まで一度も口には出したことはないけれど。

 今日のメリッサは、ブラウンの髪をゆるく巻いて、瞳と同じ色の優しいラベンダーカラーの洋服を着ている。


「昨日のこと?大したことないわ」


 馬車から転げ落ちたこと、レティシアに言い返せなかったこと・・・

 残念すぎて、今のアデレードの中では、全てなかったことになっている。

 でなければ、やっていられない。


「・・・それより、メリッサさま、今日もきれいね。お美しいわ。」


「えっ」


 絶句したメリッサが、今度は本気で心配そうにアデレードをじっと見つめた。


「な、なに?」


「アデレードさまが褒めるなんて・・・どうなさったの。本当に具合は大丈夫なの」


「えっ」


 今度はわたしが絶句する番だ。


(それは、さすがにわたしに失礼なんじゃ・・・)


 でも考えてみれば、思い当たる節しかない。

 以前のアデレードは、劣等感の裏返しで、メリッサを貶めてばかりいた。


「いつも、わたしのこと、パッとしないわねっておっしゃっていたから」

「わたしは地味すぎて、華がないって・・・」


 小さな声で言うメリッサの言葉に、冷や汗が出る。


(華がない?こんなに上品で美人さんなのに?)

(ああ、確かに言った記憶があるわ・・・わたしは一体、何を言っていたのよ)


 たしかに悪い意味で存在感のあったアデレードに比べれば、メリッサは地味だ。っていうか、このクラスの誰だって地味だろう。化粧も。性格も。服装も。


 けれども、今のアデレードは、以前の自分とはあまりにも趣味が合わないので、少しずつ自分を変えていこうと、今朝決意したばかりなのだ。

 

 アデレードはしばらく下を向いてからゆっくり、メリッサに向き直った。


(恥ずかしすぎるけれど、言わなければダメよ)


「わたし、たぶんメリッサさまがうらやましかったんだと思います」


 目の前のメリッサがドン引きしているのを見て、アデレードは焦った。


(まずいわ。これは医務室に連れていかれてしまう流れだわ)


「ええと、これからはちょっと素直になろうかなって。人はいつ死んでしまうかわからないでしょ。ほら、馬車から落ちたり、魔力を使い果たしたりして」


 アデレードは、適当なことを言って必死でごまかす。


「ま、魔力?」


「あ、そういえば、いま、わたしほとんど魔力なんて持ってないんだった・・・」



★★★



 ここ最近、サヴォワ学院の中では、ちょっとした噂が立っていた。

 取り巻きを連れて、いばり散らしていたアデレードが、人が変わったように優しくなったと。

 

 しかし、変わったのは、人柄だけではなかった。

 学院での成績も、別人か、というくらいに激変した。


 サヴォワ学院では、学生のほとんどが貴族である。

 その中でも、魔力のある者とない者の比率は半々くらいだ。

 魔力が持たない者は、魔術の実技は選択しない。

 しかし魔術の知識そのものは、教養として全員の必須科目となっている。

 他にも、薬草学、法学、錬金術、古代語、数学、天文学・・・アデレードたちが学んでいる科目はたくさんある。


 そのほとんどの科目で、アデレードの成績は底辺だった。

 アデレードは大の勉強ぎらいだったのだ。


「な、なにこれ・・・わたしってば、授業中に何をしているのよ」


 アデレードは、落書きだらけのノートを見返しながらつぶやく。


「ない、ないわ。まともなノートが一つもないじゃないの」


 今までこんなふざけたものを教授たちに提出していたのかと思うと、恥ずかしすぎて穴に入りたくなる。

 以前の自分は、どれだけメンタルが強かったのか・・・!

 ところどころに書かれた、教授たちの怒りに満ちたコメントが、怖くて読めない。

 

(とりあえず、授業は真面目に受けなくちゃーーーーそういえば、1000年前は、教えていたこともあったな)


 今のアデレードにとって、授業は簡単すぎる。

 けれども、生徒の立場になるのは久しぶりで、なんだか新鮮な気持ちがした。


 ーーーー記憶を取り戻してから1ヶ月後。

 全ての科目で、アデレードはトップの成績を収めていた。



★★★



 勉強面での取り組みは簡単だった。

 記憶を戻したアデレードが、もっとも苦労したのは、身体改造である。

 何しろ、これまでのだらしのない生活習慣に、自分の身体が慣れきってしまっているのだ。


(食生活があまりに不健康すぎるわ。このままでは、病気まっしぐらよ)


 まず始めたのは、適切な食事制限だった。

 侍女長と料理長を呼んで、協力をお願いする。

 二人とも、最初はアデレードのお願いを全くまじめに受け取らなかったが、アデレードは真剣に言った。


「わたくし、せめてもう少し美しくなりたいの。本気なのよ」


 とりあえず、際限なく食べていた間食を1日1回に制限。

 間食は、クルミ3粒のみ。

 自室にあった、幾つもの高級クッキーの瓶は撤去した。

 朝食に、搾りたてのジュースを何種類も用意させるのも、ジャムを10種類以上並べて食べ比べるのも、全て廃止だ。


 食事制限を続けた4日目の朝、侍女長のルイーゼがアデレードに言った。


「お嬢さま、見直しました!小さい頃から存じ上げておりますが、これほど意志が固い方だったとは!このルイーゼ、感嘆しております」

「絶対に1日と持たないと思っておりましたのに」


「・・・・あなた失礼すぎるわよ、ルイーゼ。・・・ま、別にいいけど」


 今までは全参加していた友人たちとのお茶会も、2回に1回は断っている。

 最初の頃は、「ど、どうされたのですか?」と、動揺していた友人たちも、今ではアデレードのまさかの「お断り」に慣れてきた。

 今では、お誘いは少なくなってしまったが仕方ない。

 得るものもあれば、失うものもあるのだーーーー


 メリッサからは、薬草から作られた痩せ薬をもらっている。


「アデレードさま、わたくし、これで痩せましたのよ。秘密のお薬なんですの」


「あ、ありがとう・・・」


 前世の知識を持つアデレードは、この痩せ薬が、ただの便秘薬に過ぎないのを知っている。

 でも、身体に特に悪いものというわけではないし、ありがたくもらっておいた。




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― 新着の感想 ―
便秘薬……? え、下剤ならわかるけど、何便秘になる薬って事? 間違いなく体に悪いよ?
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