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02.思い出しました②

 しばらく経つと、紺色の髪に同色の切れ長の瞳を持った、すらっとした男性が向こうから歩いてきた。

 クラウス・フォン・グレイグーーーーグレイグ子爵家の長男で、王都を守護する騎士団に入っている。

 剣の腕は折り紙つきで、20代半ばで団長を補佐する副官にまでなっていた。

 そしてアデレードの婚約者でもある。


 だが、今、クラウスの傍らにいるのは、アデレードではなく、男爵令嬢のレティシアだ。

 レティシアは、ストロベリーブロンドをなびかせ、美しいと評判の水色の瞳でクラウスを見つめている。

 二人は親しそうに笑みを交わしながらも、どんどんこちらに向かってくる。


「来ていたのか?」


 アデレードの近くまで来た時、クラウスが目も合わさずに、独り言のようにつぶやいた。

 アデレートとは、視線も合わさない。

 レティシアも、アデレートから顔を背けたまま、クラウスに腕を絡ませて歩いている。


(そうだった。この二人がいたんだったーーーー)


 婚約者のクラウスと、男爵令嬢のレティシア。

 彼らは、アデレードの悩みの種だった。

 

 話は、二年前にさかのぼる。



★★★



 眉目秀麗なクラウスは、社交界において、多くの令嬢の憧れの的だった。

 アデレードも、クラウスに夢中になっていた一人だ。

 偶然を装って待ち伏せをしたり、何通もの熱い手紙を書いたり、ライバルになりそうな女性の悪評を流したり・・・

 様々なアプローチをしたが、いつも失敗に終わった。

 というか、アプローチすればするほど、クラウスに嫌われていくような気がした。


 しかし、小さい頃から欲しいものはなんでも手に入れてきたアデレードはあきらめなかった。

 冷たくされればされるほど、クラウスへの執着心は燃えた。


「クラウスさまと結婚できなければ死んでしまうわ」

「クラウスさまと結婚できなければ一生独身でいます」

「あの方が他の女性に盗られるのは我慢できません!!」

「もしもわたしの望みが叶わなければ、お父様を生涯恨みます」


 駄々をこねて、騒ぎ散らかすアデレードのために、ヴィスタルグ伯爵家は、総力を挙げてこの婚約を成立させた。アデレードの年の離れた二人の兄も、両親も、たった一人の娘として生まれてきた末っ子のアデレードを溺愛していた。


 ヴィスタルグ家のとった策は、極めて単純なものだった。

 当時、クラウスのグレイグ子爵家は、事業の失敗が続き、膨大な負債を抱えて貧窮していた。

 そんな折、裕福なヴィスタルグ家から、信じられない話が舞い込んできた。

 負債の返済にあたり、ヴィスタルグ家から、グレイグ家に破格の支援をするという。

 また、将来、利益しか見込めない、両家の共同事業の話まで持ちかけられた。

 

 条件はただ一つ、アデレードとクラウスとの婚約だ。


 グレイグ子爵は、即座にアデレードとの婚約を息子に命じた。

 もちろん、クラウスは抵抗した。


 「やり方が汚すぎる。あの女だけは我慢できません」

 「あんな女と結婚するくらいなら、明日からこの家を出て行きます」


 そう告げるクラウスに、グレイグ子爵は語った。


 「そうか。うんうん。そうだろうとも。そうしなさい」

 「これは、我がグレイグ家を建て直す千載一遇のチャンスだった」

 「こんな機会をみすみす見逃したとあっては、わしは、当主として責任を取らねばなるまい」

 「生き恥は晒したくないからな。クラウス、あとのことは頼んだぞ。お前は幸せになれ」


 「・・・・・」


 半ば、父親の脅迫に折れる形で、クラウスは婚約を受け入れた。

 この婚約のおかげで、今では、グレイグ子爵家の財政は、順調に建て直されつつある。


 しかし、この時のことがよほど腹に据えかねたのか、婚約直後からクラウスは、レティシアと堂々とつきあい始めた。

 まるで、アデレードや、両家に対する当てつけのように。


「婚約もしてやる。結婚もしてやる。だが、生涯あなたを愛することはない。あなたのことは好きではないし、はっきり言って嫌いだ。わたしは自由にさせてもらう」


 面と向かってはっきりとこう言われたわけではない。

 しかし、アデレードに対するクラウスの態度はそう物語っていた。



★★★



 前世の記憶を取り戻した今となっては、アデレードがどんなにわがままで甘やかされた人間だったか、よく分かる。


 ヴィスタルグ家のやり方は、強引すぎた。

 クラウスは、プライドを踏みにじられただろう。

 こんなことをされて、相手を好きになる人間なんていない。


「・・・話にならないわ」


 アデレードが思わずつぶやく。

 

「何か言ったか?」


 アデレードの前を通り過ぎようとしていたクラウスは、不審そうな表情で、初めて彼女の方に顔を向けた。


「えっ!? ええっ、いいえ」


 アデレードは一瞬、迷った。

 今までの、どうしようもないアデレードだった時の記憶はもちろんある。

 急に態度を変えたら周囲はびっくりするだろう。

 かといって、以前と同じような未熟すぎるアデレードのふるまいを、そのままなぞるには、前世を思い出した今のアデレードには無理があった。


 周囲が気まずそうにする中、アデレードは意を決してクラウスに向き直った。


「クラウスさまは、わたくしの婚約者ですよね?」


「そうだが。形式上のな」


 クラウスの声はあくまで冷たい。

 何を言い出すんだと言わんばかりだ。


 今までアデレードがこんな風にクラウスに語りかけてきたことはなかった。

 クラウスが少しでも冷たい態度をとれば、真っ赤になって唇を噛んで下を向くか、涙ぐんで走り去る。

 それがクラウスの知っているアデレードだ。


 だが、今日のアデレードはいつもとは違った。


「たしかに形式上の関係かもしれませんわね」


 アデレードは続ける。


「けれども、このような場で、他の方をエスコートするなんて、わたしの名誉に関わりますわ」

「・・・そして、もちろん、あなたの名誉にも」


 落ち着いて言ったアデレードを、クラウスがぽかんとした顔で見ている。

 クラウスの腕にもたれかかっていたレティシアが、すっとアデレードに視線を向けた。

 口元は微笑んでいるが、視線は冷たい。


「先ほど、つまらない噂を耳にしましたのよ。たぶん冗談だと思うのですけれど」


 レティシアは、そう言いながら、扇子で口元を隠す。


「馬車から転げ落ちてしまった方がいるって」


 いつも水が張ったよう、と周りから評されている水色の瞳が潤んでいる。

 そして、あざとらしく首をかしげてたずねてきた。


「・・・アデレードさまは、どなたかご存知ですか?」


「・・・・・・・・・」


 (ハイ、ソレハワタシデス)

 (ああ、生まれ変わったのがこのアデレードなんて、あらためて残念すぎる)

 (しかもあんな間抜けなタイミングでーーー)


 アデレードがしみじみ不運をかみしめていると、周囲からクスクス笑い声が漏れてきた。


「ささ、参りましょう。クラウスさま」


 レティシアは、なぜか少しぼうっとしているように見えるクラウスの手を引っ張って、足早にアデレードの横を通り過ぎていった。

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