17.ヴィスタルグ伯爵家の令嬢(マティアス視点)
アデレードが、討伐隊の治療を終えて、北方の地から帰ってきた。
彼女がクラウスを救いに行きたいと申し出たとき、俺は行かせたくなかった。
おそらく、アデレードはクラウスを治してしまうだろう、という予感がした。
そして、それがなぜか、たまらなく嫌だった。
クラウスが助かったと聞いたときーーーー俺は心底がっかりした。
私情で、これほど、他人に消えて欲しいと願ったのは初めてだ。
今度の件で、近いうちに、彼女は騎士団から、褒賞を受けることになるだろう。
喜ばしいことだが、俺は、本当は彼女にあまり目立ってほしくない。
騎士団を統括する兄の王太子からも、アデレードについて、色々と質問を受けた。
俺は、「高慢で性格が悪く、身持ちの悪い女だ」と答えておいた。
「きれいな顔をしているが、それを鼻にかけている」とも。
これは、兄が最も嫌う女性のタイプだ。
アデレードには申し訳ないが、彼女が、兄に関心を持たれることだけは、避けなければならない。
兄は社交的でモテる。騎士団をまとめ上げている実力もある。次期国王だし、俺より政治力もある。
クラウスはともかく、兄が本気になったら、俺に勝ち目はあまりない。
俺がアデレードに興味を持ったのは、昨年の舞踏会の夜からだ。
最初は単純な興味だった。
もともと彼女の評判はあまり良くなく、俺は遠くから観察していた。
アデレードが大広間を抜けたあたりから、どうも評判通りの人物ではなさそうだと気がついた。
レティシアがクラウスといちゃつき出すと、アデレードはよろめきながら、夢遊病者のように王宮の庭に出て行った。
放っておけなくなり、俺は後をついて行った。
東側の庭に入ると、彼女は、ベンチに座り、両手で顔をおおって泣き出した。
俺は彼女をそのままにしておくことができず、声をかけた。
レティシアは俺の部下だ。
直接関係はないものの、俺にも責任の一端があるような気がしていたのだ。
あの時、「泣いてなどいません!」と、泣きながら言ったアデレードの顔は、今でも心に残っている。
ーーーーその後。
魔力がまともに使えないはずのアデレードが、花火を作り出す古代魔法の原理を簡単に見破った。
あの時の違和感はすごかった。
明らかに、知っていて当たり前の魔術、というような口ぶりだった。
そんなはずはないのに。
古代の錬成魔法については、魔術師団でも知っている連中は少ない。
知っているのは、よほどの物好きか、古代オタクだけだ。
アデレードは、「そんな気がしただけ」とか言って、慌てて取り繕っていたが、俺には、余計に怪しく感じられた。
それで、少々乱暴なやり方だったが、魔力で、ヴィスタルグ伯爵の令嬢の内部を検分した。
ーーーーそして、彼女の中に、もう一人の人物の影を見た。
はっきり見えたわけではないが、その人物は、古代の有能な魔術師のようだった。
その時から、俺はアデレードに強い関心を持った。
彼女を魔術師団に引き入れて、観察しーーーー今では、彼女の中に潜む人物が誰なのか、おおよその見当はついている。
アデレード本人は気づいていないだろうが、魔石を使用するとき、彼女の風貌はうっすら変わる。
シルバーの髪は赤みを帯び、瞳は片目がグレーで、もう片方が赤の、いわゆるオッドアイに変貌する。
まるで歴史書に伝わる、伝説上の魔術師、エリス・バウアーの風貌のように。
だいたい、あの若さで、古代文字にあれほど精通している方がおかしい。
天才、で片付けるには無理がある。
現代では、古代文字や、古代魔法は、まだ解明されていない点がたくさんあるのだ。
ディルクが、「まるで古代から来た人間のようです」と言っていたが、同感だ。
エリス・バウアーの話を何度か振ってみたこともあるが、アデレードはそっけなかった。
むしろ、あまりその話題には触れたくない、というような態度だった。
いろいろと思うところはあるが、今では、もう、俺は気にしないようにしている。
エリスの生まれ変わりか、なにか分からないが、アデレードは、知らないふりをしていて欲しいのだ。
無理やり追求して、俺に何かいいことがあるだろうか。




