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15.婚約者が負傷しました②

 アデレードが足を止めると、白魔術師が、何かを察したのか、遠慮がちに言う。


 「・・・この部屋には、お身内の方しか入れませんので」


(お身内・・・そうだ、わたしはクラウスの正式な婚約者なんだ)

(クラウスとレティシアがいくら愛し合っていても、この部屋にレティシアは入れないのだ)

(二人はただの恋人だから。でも、わたしは入れるーーーー)

 

 そんな場合ではないのに、一瞬、優越感に浸ってしまう。

 そもそも、レティシアがアデレードより上だとされるのは、魔術師団内に限っての話だ。 


「申し訳ありませんが、そこをどいていただけませんか」


 白魔術師が、レティシアに声をかける。

 反応がない。

 何度か、白魔術師が声をかけると、ようやくレティシアがこちらを振り向いた。


 ーーーー涙にまみれた、ひどい顔だった。


 レティシアは、最初アデレードが誰だか分からないようだった。

 ぼんやりこちらを見ている。


「そこに入りたいの。どいていただけますか」


 アデレードが静かに言うと、レティシアがハッとした顔をした。


「ア、アデレードさま!?」


「アデレードさま!お願いです!わたしを入れてください」


「お願い!クラウスに会わせて・・・お願い」


 最後はしわがれた泣き声になっていた。

 レティシアは、半分、錯乱状態だ。

 ボサボサになった髪を振り乱し、床に膝をついて、アデレードの方に腕を伸ばしている。

 レティシアの指先は震えていた。

 取り乱したレティシアを前にして、逆に、アデレードは、自分の頭の芯がだんだん冷えてくるように感じた。


「あなたはそこに居なさい」と言って、自分だけ入るのは簡単だ。


(わたしには、その権利があるーーーーそうしたい)


 アデレードの口から、自分でもびっくりするような暗い声がでた。


「・・・あの盾は重かったわ。あなたって本当に性格が悪いのね」


 レティシアは不細工な泣き顔のまま、凍りついている。


「上級魔術師が聞いて呆れるわ。大した錬金技術もないくせに」


(錬金した盾をみて思ったわーーーーわたしだったら、もっと軽く、圧倒的に強い盾を作れるのにって)


 レティシアは呆然として聞いている。


「いばり散らして、挙句に泣いているのね・・・・あなたって本当に醜いのね」


(ーーーーまるで以前のわたしみたいよ)



「・・・・・・いいわよ」


 思わぬ言葉が。アデレードの口をついで出た。


「え?」


 レティシアが戸惑って、かすれ声を出した。


「入ってもいいって言っているの」


 苦々しい気持ちになりながら、レティシアに許可を出す。

 レティシアをどうしても締め出すことはできなかった。

 アデレードの胸に、ふっと疑問が湧いてくる。


(クラウスが本当に助からないと分かったとき、このレティシア以上にわたしは悲しみ、苦しむのかしら)


 ーーーーそんな自分の姿がどうしてか、今、想像できない。

 もちろん悲しんだり、泣いたりはするだろうけれど。


 隣の白魔術師が驚いている。


「いいのですか?」


「・・・ええ」


「あ、ありがとうございます」



★★★



 小さな部屋のベッドには、クラウスが横たえられていた。

 部屋には、他にクラウスの父親のグレイグ子爵がいた。

 グレイグ子爵は立ち上がると、アデレードに挨拶をしたものの、その背後にいるレティシアを見て、驚くように目を見張った。


「いいんです。入ってもらいました」


「・・・そうですか」


 レティシアはクラウスを見ると声に出さず、その場に泣き崩れている。


 クラウスが死にかけているのは、一目瞭然だった。

 顔の左半分は、グレートベアーにえぐられたのか、何重にも包帯が巻かれている。

 鼻から流れた血が、口の上に、まだこびりついていた。

 上半身は、裸だった。左肩から右胸にかけて、広い部分に赤黒く染まった包帯が巻かれている。

 腐食が進んでいるらしく、肉の腐ったような匂いがする。

 意識は当然なく、呼吸も荒かった。


「もうダメなようです」


 グレイグ子爵が小さな声で言った。


「部下をかばったとか聞きましたが、バカな子だ。運も悪かった」


 クラウスが死ぬのは時間の問題だ。

 このままでは、明日の朝を迎えられるかどうかも怪しいだろうーーーーでも。


「生きていてくれてよかった」


 アデレードは魔石を取り出して、握りしめた。


「それは?」と、子爵が魔石を見て言った。


「マティアス王子に、魔石をお借りしたんです。ちょっとやってみます」


「やってみるって何をするというのです。クラウスはもう・・・」


 子爵は絶望しているようだった。


 白魔術師も、諦めたような、半ば労わるような視線でアデレードを見ている。


 アデレードは、意識を魔石に集中した。

 余計なことは何も考えてはいけない。

 今から、自動書記とは比べ物にならない量の魔力を引き出さなければならないのだ。

 






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