14.婚約者が負傷しました①
「アデレードさま、大変です!」
クラウスが怪我で死にかけているーーーーという一報を受けたのは、メリッサの住むザルム伯爵邸で、友人たちと楽しくお茶会をしていた時だった。
王国の北方地方では、今年に入り、魔獣の被害が大きくなっていた。
死者が二桁を超えたため、クラウスは、先週から、討伐隊を率いて現地に入っていた。
クラウスを襲ったのは、魔獣の中でも、特に凶暴なグレートベアーという獣だ。
通常の灰色グマの3倍の大きさで、牙や爪に傷つけられると、人体はどんどん傷口から腐っていく。
ふつう、冬季は冬眠しているはずなのだが、今年はなぜか厳冬期を迎えても、出没情報が相次いでいる。
アデレードがザルム伯爵家の屋敷を出ると、戸外は凍てつくような寒さで、粉雪が舞っていた。
まだ午後の3時前だが、あたりは急激に暗くなってきている。
この国の冬は、夜が早い。
★★★
クラウスが収容されている病院は、王都から馬車で5時間以上かかる北方の街にある。
アデレードは、今、母親とともに病院に馬車で向かっている。
途中から、整備された道ではなくなったのか、馬車の揺れは激しくなった。
クッションを敷いていてもお尻が痛い。
「なぜ、研究所など寄ったのです」
馬車の中では、ヴィスタルグ伯爵夫人が、ずっと娘のアデレードを責め立てていた。
「あなたのクラウスに、もう会えないかもしれないのですよ」
「こういう時は、何をおいても婚約者の元に駆けつけるのが、本当の令嬢というものです」
「それなのに、あなたは一体何をしていたの。あんな所に寄って、しかも、なかなか出てこないから、わたくしだけで向かおうかと思ったくらいよ」
(そういえば、お母さまはクラウスびいきだったな)
伯爵夫人の怒り続ける声を聞きながら、アデレードはぼんやり思った。
父のヴィスタルグ伯爵や兄たちはそうでもないが、伯爵夫人は、クラウスを結構気に入っていたようだった。
アデレードが病院に駆けつける前に、「あんな所」ーーーー研究所に寄ったのは、魔石を持ってくるためだ。
時間がかかったのは、マティアス王子を探し、魔石の使用許可をもらうのに手間取ったからだった。
魔石の使用は原則として、魔術師団の業務に限定されていて、所外への持ち出しも禁止されている。
今日は、特別に許可をもらう必要があった。
意外だったのは、マティアス王子がすんなり許可をくれなかったことだ。
「クラウスが死にかけているから助けたいと・・・ふうん。お前、白魔法も使えるのか。ちょっとやってみせろ」
「いやいや、急いでいるんです。ふざけていないで、お願いいたします。許可をください」
「俺は別にふざけてなんかいない。・・・・本当に助けたいのか」
「な、何をおっしゃっているのですか。本当に助けたいに決まってるじゃないですか!」
「あいつは別にお前に感謝なんかしないと思うが」
「感謝なんて。そういう問題ではないんです。時間がないの。お願いいたします」
最後まで、王子は嫌々ながら、仕方なく許可するといった感じだった。
マティアス王子が、クラウスにあまりいい感情を持っていないことは知っているが、あそこまで渋られるとは思わなかった。
人命がかかっているというのに、あれは一体なんだったのだろう。
ーーーーマティアス王子のことがよく分からない。
前世では、正直言って、白魔法で自分より上に立つ者を見たことはなかった。
助けなければならない相手が死んでさえいなければ、どんな状態からも元通りに復活させることができた。
今のアデレードに、同じことができるとは思わない。
しかし、魔石があればーーーーその辺にいる、病院所属の白魔術師よりはマシだろう。
(間に合うかしら・・・そして、今の自分でどこまでできるだろう)
不安に押しつぶされそうになりながら、アデレードは馬車の窓から、どんどん暗くなる雪景色を見ていた。
★★★
「こちらです」
通された小さな病院の中は、まるで野戦病院のようになっていた。
ベッドが不足し、廊下にも怪我人が寝かされている。討伐隊の中からは死者も出ていた。
「これは・・・どうしてこんなことに」
「挟み撃ちにされたようです。基本、グレートベアーは、単独行動を好むのですが・・・4頭はいたと聞いてます」
「4頭も!」
それでは、ふつうの騎士達では太刀打ちできないだろう。
魔法がなければ、どんな腕の立つ討伐隊でも、距離を取りながら、1頭ずつ仕留めていくのがグレートベアー狩りの常識だ。
「通常の手足欠損なら治るのですが。グレートベアーの傷は、腐食性で、タチが悪いのです。我々でも現状維持が精一杯です」
アデレードを案内した病院の白魔術師は、限界なのだろう。もう疲れ果てていた。
ヴィスタルグ伯爵夫人は、怪我人たちのひどい有様、血の匂い、うめき声に、真っ青になっている。
「お母さまを、他のお部屋にお連れして」
病院に入っただけで、もうすでに具合が悪くなりかかっている母親を、別室に待機させると、アデレードは、病院の奥へと、白魔術師とともに進んでいった。
廊下を進んでいく先には、閉ざされた一つの扉があった。
その扉に、誰かが縋り付いて泣いている。
「あそこです」と、白魔術師は言った。
扉にすがり付いて、泣いている人は、女性だった。
近づくにつれて、アデレードは自分の体温が急激に下がっていくような気がした。
背中から腰にかけての女性らしいライン。
ふわふわしたストロベリーブロンド。
裾にシルバーの装飾が施されたダークグレーの魔術師のローブ。
ーーーーレティシアだった。




