12.新入りですから運びます①
魔石を使うようになってから、アデレードの作業はぐっと楽になっている。
今日もアデレードは、両手で魔石を包み、自動書記で翻訳作業をしていた。
といっても、翻訳している強化魔法のこの本は、自分が過去に書いた本なのだが。
作業をしていると、ふっと誰かが背後に来たのが分かった。
「あの、急に後ろにいらっしゃると、怖いのですが・・・」
アデレードは、作業をしながら、振り向かずに言った。
誰なのかは分かっている。
「ああ、悪い・・・お前は、いつもすぐに気がつくよな」
背後でマティアス王子が、感心したように言っている。
(いや、全然悪いと思っていないですよね)
王子は、作業中に、たまにふらっと立ち寄ることがある。
それは別にいいのだが、いつも気配を消して立つのはやめてほしい。
無言で背後に立たれると、まるでなんだか監視されているような気がして落ち着かない。
「もうすぐ終わりそうだな」
「そうそう、訳し終わった本は、第一錬金室の書棚に並べておいて欲しいんだが」
「第一錬金室・・・・・・わかりました」
研究所には、錬金釜を備えた、錬金室がいくつかある。
中でも第一錬金室は、主に武具や防具の錬金用の部屋だった。
そこには、特注の大釜があり、ふだんは上級魔術師たちが、武具や防具の強化に使っている。
★★★
「ねえ、さっきから、どうしてため息なんてついているんですか?」
しばらくして、真向かいで仕事をしていたゲルダがたずねてきた。
「いや、第一錬金室に行ったら、レティシアと会いそうだなって」
「・・・わたしも一緒に行きましょうか」
ゲルダには、婚約者のクラウスをめぐる、レティシアとアデレードの関係を、簡単に話してある。
アデレードがなるべくレティシアとは関わり合いになりたくないことも、ゲルダは知っている。
「情けないけど・・・そうしてくれると心強いわ。わたしはここでは新入りだから」
★★★
(なるべくレティシアと会いませんように)
アデレードは出来上がった本を抱えて、第一錬金室への扉を開ける。
金属製の扉が重い。
力を込めるとゆっくりと開いた。
アデレードの後ろにゲルダが続く。
中では上級魔術師たちが忙しく立ち働いていた。
床にはいくつもの盾が並べてある。
騎士団で使用する盾を強化している最中のようだ。
そういえば、最近、北方地方では、魔獣の被害が大きくなっているとの噂だった。
近いうちに、騎士団から討伐隊が派遣されるという。
騎士団側の動きに合わせて、この錬金室でも武器や防具の強化を急いでいるのだろう。
部屋を見渡した限りでは、ストロベリーブロンドのレティシアはいない。
(よかった・・・)
アデレードはホッとして、近くにいる男性の魔術師に声をかけた。
「あの、新たに訳した本ですが、お持ちしました」
「書棚のどこに置けば・・・」
彼は振り返って、無言で、棚の中段を指差した。
本を置き終わって帰ろうと、アデレードが扉に近づいた時だった。
不意に向こう側から扉が開いた。
「あらっ」
レティシアが入ってきた。
向かい合わせになる形で、アデレードとレティシアの目と目がバッチリ合う。
(最悪だわーーーー)
アデレードはぎこちなく会釈した。
そして、レティシアの横をそのまま通り過ぎようとする。
「ちょっと待って」
レティシアの尖った声に振り返る。
「・・・何か?」
「何しにいらしたの?」
「強化魔法の古代の本を訳したので、こちらの書棚に届けにきました。マティアス王子の指示で」
「ふうん」
レティシアがアデレードの顔をジロジロ見る。
「アデレードさま、このあと仕事は?」
「今日は特にありません。もう、帰るところです」
「では、手伝っていただきたいわ」
「・・・何でしょう」
「ここにある盾、もう完成しているの。騎士団本部まで残りを全部、運んでいただきたいの」
「は?わたしが?」
「そうよ、何かおっしゃりたいことでもあるの?」
「騎士団の方々が取りに来てくださる、と言う話だったけど、まだ取りに来られていない方達がいて」
「騎士さまはみなお忙しいでしょう・・・あなたと違って」
「え・・・でも、こんなにたくさん・・・」
床に置かれている盾は、20個近くありそうだ。
「アデレードさま、魔術師団内では、貴族の序列よりも師団内の序列が優先するってご存知ですよね?」
「・・・もちろん知っています」
服装でも一目瞭然だった。
普通の魔術師のローブはライトグレーで、裾や袖口に白の刺繍が付いている。
上級魔術師は、ダークグレーに、シルバーの刺繍だ。
この部屋の中で、ゲルダとアデレードだけがライトグレーのローブだった。
「ここでは、私はあなたより上なの」
「分かっていらっしゃらないようですので、教えて差し上げますわ」
「わたしのお願いは、単なる依頼ではないのよ」
「で、では、わたしも運びます」
ゲルダが後ろから声をあげた。
「ゲルダ、あなたには、頼んでいません。わたしは、新入りのアデレードさまにお願いしているの」
「それとも、何かわたしに言いたいことでもあるのかしら。下級魔術師で、かつ平民のあなたが」
「・・・・・・」
「では、よろしくね、アデレードさま」
「運ぶのくらいはできますよね。同じ王宮内だからすぐそこよ」
「・・・・・・」
「・・・それともマティアスさまの影に隠れていなければ、ご自分では何もできないのかしら」
(何ですって)
アデレードは顔を上げた。
「・・・・喜んで運ばせていただきます」
「あ、そうそう台車や荷車は、他に使っていてありませんからね」




