表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

01.思い出しました①



 どしん、という音がして衝撃が体に走った。頭がずきずきする。


「うーん…」


 ぼんやり目を開けると、明るい空を背景に誰かが覗き込んでいる。


「おじょうさま!」


「アデレードおじょうさま!!」


(ア、アデレード・・おじょうさま!?)


 何度かまばたきすると、だんだん視界が定まってきた。

 茶色い心配そうな目に、薄いそばかす。栗色の巻き毛の女性の顔がアップで見える。


「おじょうさま、大丈夫ですか!?」


(ち、近い)


 アデレードの表情を読みとったのか、巻き毛の心配そうな顔が少し後ろに引く。

 腕に力を込めて、ゆっくりと体を起こしてみた。なんだか妙に体が重い。頭がズキズキする。


「大丈夫よ………。少し頭がいたいけれど。」


「ああ、よかった!!」


 複数の声が聞こえて周りを見渡してみた。

 どうやら注目を集めているらしい。周りに人だかりができている。

 手に触れるのは硬い石畳の感触。


「アデレードさま!お怪我はありませんか」

 

 駆け寄ってくる男性がいる。手に鞭を持っているところを見ると、御者だろうか。


「踏み台から足を踏み外されたのですよ」

 

(踏み台?)


 確かに後ろには馬車があった。随分大きな馬車が。

 馬車の踏み台から足を踏み外す…って、もしかしたらすごく間抜けな状況なのではないだろうか。


「だ、大丈夫って言ってるでしょ。………で、アデレードおじょうさまってだれ?」


 アデレードは困惑しながら思った。


(わたしはエリスっていうのだけれど………)



★★★



 16歳。王都でも有数の裕福な伯爵家の末娘。

 それが、今のわたし、アデレード・フォン・ヴィスタルグだ。

 踏み台から落ちて、頭をしたたかに打った瞬間、アデレードには、前世の記憶がなだれ込んできた。

 前世のアデレードは、エリス・バルマーという。


 エリス・バルマーは、最強の魔術師として知られていた伝説上の人物。

 燃えるような赤髪に、片目がグレーで、もう片方がレッドのオッドアイ。

 独特の美しい風貌と、その壮絶な最期は今でも王国に語り伝えられている。


 1000年ほど前、この国が北方の帝国の大軍に攻め込まれそうになったことがある。

 王国の主力の騎馬隊は、西方に遠征中で留守だった。

 王国は絶体絶命の危機に陥る。

 その際、エリスは、自分の命と引き換えに、王国全土に強力な結界を張り、息絶えたと言われている。

 伝説では、両手を固く握り締めたまま、魔力も生命力も使い果たして、エリスの身体は、最期、砂のように崩れたと伝えられていた。


 ーーーーそう、そのエリスが、かつてのわたしだった。


 あの時は、王国の命運を見届けられなかったけれど。

 今の王国の繁栄した姿を見ると、どうやら自分の死は無駄ではなかったらしい。


(そっか。よかったーーーー)



★★★



「・・・いや、ぜんぜんよくない・・・・・・・・こんなはずでは・・・」


 アデレードは、「ハーッ」とため息をついて、自分のもっちりとした白い手のひらを眺める。

 身体は以前とは全く変わっていた。

 締まりのない二重あご。

 ぶよぶよとして動きの鈍い体。

 体を起こそうとすると、お腹の肉が折りたたまれて苦しい。


 そして何より圧倒的だった魔力がほとんど残っていない。

 ゼロではないが、かすかしか感じられなかった。


(ーーーーこ、これがわたしなんて)


 かつて容姿端麗で、頭脳も魔力も王国一と謳われたエリスは、何の能力も持たない、おデブの伯爵令嬢に生まれ変わっていた。



★★★



「え、お嬢さま、もしかして記憶が??」


「記憶喪失!?」


 周囲がふたたび騒ぎはじめる中、数分間ぼうぜんとしていたアデレードは、ハッと我に返った。


「じょ、冗談よ、ほ、ほ、ほ」


 今日は5月の最終日。陽は落ちかけている。

 アデレードは、上級貴族たちが集まる夜会の誘いを受けて、リッチモンド侯爵邸に到着したところだった。


「よいしょっと。さあ、行きましょう」


 重い体をなんとか起こし、お供の侍女に付き添われて、車寄せから庭園の方へと向かう。

 今日の夜会の会場は、バラ園だ。会場に近づくにつれ、バラのいい香りが辺りに満ちてくる。

 歩くと内股がスレて痛くなってきた。

 情けなさで泣きそうだ。

 動きづらい。

 このぶよぶよした身体が自分の身体だなんて受け入れがたい。


(誰か嘘だと言ってーーーー)


 呆然としながら会場に入り、アデレードは、シャンパンを受け取る。

 何人かの顔見知りと歓談しながらも、アデレードは上の空だった。

 

 前世での切迫した国王の顔。

 王都めがけて降りかかってくる小隕石の攻撃魔法。

 真っ赤に染まる空。


 平和な夕暮れのバラ園で、ちびちびシャンパンをたしなんでいると、全てが夢のようだ。

 あの頃は必死で生きていた。

 ーーーーでも。

 泣いても叫んでも、最強の魔術師と言われたエリスには戻れないのだ。


 周りには、優しく温かい風が吹いている。

 今は平和ないい時代なんだろう。


 アデレードはシャンパンを飲み干した。


(わたしは、もう、アデレードとして前向きに生きていくしかないんだわ!)












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ