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【8作目】人間嫌いだからって、天使が好きなわけじゃない  作者: あぱ山あぱ太朗
一章 人間嫌いボッチと天使の落とし物
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1-7

「もぉー! せっかく気に掛けて子にあの対応はひどいでしょ!」

「…………」

 天使は先程の約束などすっかり忘れている。本当に勘弁してくれ。

「なんでそうやって一人になろうとするの!」

「…………」

 群れることに意味がないからだ。

「一人ボッチは、さ。すっごく寂しいじゃん!」

「…………うるさい」

 そんな言葉、聞きたくもない。

 人間はいつだって孤独だ。他者と全く同じものを見ることはできない。

 友人や恋人なんてもちろんのこと、血を分けた家族だって結局は他者だ。それでも偽物の言葉、共感、感動で自分達は一人じゃないと誤魔化す。

 そんなのは嘘っぱちだ。寂しさなんていうのは、群れをなすことでしか生きることが出来なかった人類にプログラムされた『反応』でしかない。

 高度に文明化された社会においては無用な感情であり、そんなものに振り回されて実りのない人間関係を作ることに意味があるのか。

 僕はないと思う。だからそれを実践する、それだけだ。

「ねぇー、レオってばー!」

「…………」

 鬱陶しい天使を無視して、二年二組とプレートが掲げられた教室のドアを開く。

 ……くそ、心がささくれ立っている。

 リオンの言葉がどうでもいいものであればこうはならない。自分でもこれが意地なんだってのは分かっている。

 だけど、簡単に曲げられるほど僕は大人じゃなかった。

 とにかく今は現実世界に集中しよう。余計なことは考えない。

 教室正面側に位置するドアの先には黒板と教壇、そしてこちら側に視線を向けるクラスメイトの姿があった。

 昨日の今日だからな、僕が教室に入るなり彼らはヒソヒソと会話を始める。果たして今日はどんな醜態を晒してくれるのか、と享楽的な表情で品定めしていた。

 残念。これ以上、お前らの玩具になってやるつもりはない。

「ほうほう、これが人間のクラスってやつなのねー!」

 後に続いて、リオンが騒々しく教室内に足を踏み入れる。

 ここで過剰に反応をしてしまったら、それこそ愚鈍な観客たちにとって最高のエンタメになってしまう。僕は動じることなくただ黙って自分の席へと向かう。

「ねぇ! ちょっと何考えてるのアンタ!」

 しかし、そんな思い通りにいかないのが人間社会というものだ。

 オオカミ系女子こと伊東何某が、キーキーと猿みたいに何やら喚き散らかしている。

 全く、狼なのか猿なのかどっちかにしてほしい。

「なんだよ、いきなり」

 今回ばかりは僕に落ち度はない。ただ黙って教室に入っただけで、こんな風に絡まれるのは心外でしかなかった。 昨日のことをまだ根に持っているのだろうか。

 あの後は特に会話もなかったので、お互いに無視を決め込むものかと思っていたのに。

 当然、クラスの連中は下衆な表情を浮かべて僕達の様子を窺っている。

「いきなり、じゃないわよ! 昨日に引き続き頭おかしいんじゃないの!?」

「突然絡んでくる方が頭おかしいと思うけどな、僕は」

 バカどもの見せ物になるのは不服だが、一方的に攻撃されるのはもっと癪だ。

 売られた喧嘩はちゃんと買う。僕はこう見えて好戦的なのだ。

「は、逆ギレ!? コスプレさせた女の子をなんで学校に連れてきてるのか、ってことを聞いてるんだけどこっちは!」

「――マジかよ、おい」

 伊東何某の視線は、僕の後ろにいる天使にしっかり向けられていた。本来なら不可視であるリオンの姿がはっきりと見えているようだ。

 それが指し示すのは、僕にとって最悪な事実でしかなかった。


   ***


「お手柄じゃない、レオ! さっそく一人見つけたわよ!」

 あのまま教室にいるわけにもいかず、リオンと一緒に屋上まで避難をしていた。

 今時の公立高校は高確率で屋上に行けないことが多い。それはこの桜峰高校においても同様である。なら、どうして僕は屋上に立ち入ることが出来ているのか。

 なぜか扉の鍵が開いていたからである。

 その理由は定かではないが、この事実を知った時にはえらく感動したものだ。

 サボり場所に困っていた自分にとってはまさしく天啓だったからな。一年生の夏くらいから今日に至るまで、興味のない授業をぶっちする際には重宝している。

 屋上に吹く微風を浴びながら、文庫本を読むというのはなかなか乙なものだ。

 ……まぁ、そんなことはどうでもいい。今はもっと考えるべきことがあるのだから。

「いや、これは最悪な展開だぞ……」

 伊東がリングを取り込んでいた、という事実から生じた問題は二つもある。

 まず一つ、やはりリング同士が近付くと力を強めるというリオンの言に間違いはなかったということ。しかも、よりによって隣の席かつ昨日会話をした伊東にその反応があった。

 僕と伊東の口論を見ていたクラスメイト達は「何で揉めてるんだ?」とはてな顔だったので、リオンのことは見えていなかったんだと思う。

 仮にリング保有者が他にいたとしても、昨日の行動では『接触』したとはカウントされていないということだ。サンプルの一つにしかすぎないが、接触の定義には『会話』と『近距離にて長時間』が必須になる可能性がある。

 もしそうなった場合、僕の仮説は間違っていたことになり『クラスで一番の人気者になる』という目標があながち遠回りでないことになってしまう。

「後は、あの子と仲良くなってリングを取り出せば完璧よ!」

 そして問題の二つ目は、あそこまで関係を拗らせてしまった伊東と仲良くする必要が出てきた、ということである。

「さすがに無理だろ。僕、アイツに散々言っちまったからな……」

「ピンクの子にもそうだけど、どうしてレオは〇か一〇〇でしか人と関われないのよ! 別に目的と関係ない子と仲良くしたって問題はないじゃない!」

「そう、だよな」

 リオンの言う通りだ。僕はリングを取り出す上で関わる必要がないと判断した相手に対して、冷酷で思いやりのない態度を取っていた。

 それが巡り巡ってこのような事態を招いている。

「レオが人と関わることを避けてるのは分かったよ。それには色んな事情があるんだと思う。だけどさ、それは目の前にいる人を雑に扱っていい理由にはならないんだよ?」

「――ごめん」

 僕が人間を嫌う理由の一つに、狡猾で打算的でしかないというものが挙げられる。だけど、そんな唾棄すべきような行為を自分自身がやっていたら世話が無い。

「私に謝らなくていいんだよ、別に! これから気をつければいいじゃん! ほら、頭なでなでー! 元気出しなってー!」

「ちょ、だから子供扱いするなって!」

 小さな天使は項垂れている僕の頭を背伸びして必死に撫でようとする。こちらが背伸びをすれば阻止することができるのだが、積極的にそれをしようとは思えなかった。

「よしよし~。気を取り直して頑張ろう! この後、あの子のリングを吸い出さないといけないんだから!」

「……え、吸い出す?」

 満更でもなく頭を撫でられていたのだが、違和感のある言葉を無視できなかった。

「うん! リングは力が強くなっていくと体のどこかに刻印となって現れるの! 後はそこに唇を当てて吸い出す! これでリングを自分の体に取り込むことができるの!」

 リオンは頭を撫でるのをやめると、腰に手を当てて得意げに語った。

 ん、ちょっと待ってよ。どういうことだ、つまり?

「えーと、参考までに聞きたいんだけど……伊東の刻印はどこに現れたんだ?」

「それはレオの方で確認してよーって言いたいところだけど、ふっふっふ! 今回は超ラッキーだよ! 服の上からでも確認できる場所に刻印が見えたんだから!」

「そ、そうか。それはラッキーだな……。それで、その刻印とやらはどこに?」

 全く理解が追いつかないのだが話を進める。

「ズ・バ・リ! 首筋よ!」

「く、首筋?」

 話を整理しよう。

 リングの力が強まると、保有者の体のどこかに刻印が現れる。リングを回収する際は刻印に唇を当てて吸い出す必要がある。そして、伊東の刻印は首筋に現れたらしい。

 ということは、『伊東の首筋に唇を当てる』必要がある。もっと俗物的な言い方をすれば首筋にキスをするということだ。……えーと、誰が?

「あぁ、分かった。リオンがそれをやるってことか。リオンなら壁もすり抜けられるんだし、寝込みを襲えばいい話だよな」

「ほら、すぐそう言う思いやりのないこと言わないの! メッでしょ!」

 リオンは片方の頬を膨らませながら、僕のおでこを軽くデコピンした。

 普段なら「何するんだ!」と反抗するところなのだが、自分の瑕疵をあんな風に諭されてしまった手前どうもバツが悪い。

「い、いや、確かに言い方は悪かったけどさ。でも、その首筋にキスするのはリオンの役目だろ? さすがに」

「ううん、私には無理だからレオにやってもらわないと!」

「…………?」

 コイツは何を言ってるんだ。どうしてそんな結論になるのか。冷静に考えて、自分が無茶苦茶なことを口走っているのが分からないのか。

「すまん、意味が分からないぞ。寝込みを襲うってのは要検討だとしても、僕がいきなり伊東の首筋にキスするよりはリオンがやる方が現実的だろ?」

「えーとね。リングを吸い出すときは、相手との信頼関係も必要になってくるんだよね。

そうなると毎日顔を合わせるレオの方が適任だし、何よりも天使の私と仲良くなるって普通は無理でしょ。レオは私にメロメロだから別として!」

「別にメロメロじゃないっての! って、そうじゃなくて!」

 一応、理屈は理解した。理屈はな。天使と人間で信頼関係を築き上げるってのが難しい。これは間違いなく事実だろう。僕だってコイツに心を許した覚えはない。

 しかしだからと言って、だ。クラスメイトの、しかも異性の、首筋にキスをすることも決して容易ではないことは、少し考えれば分からないものだろうか。

「相対的に僕の方がまだ可能性がある、というのは分かった。極小の可能性であることに変わりはないけどな。でも、仮に僕と伊東が仲良くなったとして、どういう名目で首筋にキスをするんだ?」

「ちょっと首筋にキスさせてよーみたいな?」

「お前は僕を変態に仕立てあげたいのか!? なぁ、そうなんだよな!?」

 そんなアブノーマルな提案が通るはずもない。多少キスに寛容な海外であっても、間違いなくNOを突き付けられるだろう。

「まぁ、そうだねぇ……。うん、現実的な解決策としてはあれかな。あの子とレオが付き合うしかないんじゃないかな!」

「――へ?」

 急な立ちくらみのせいで視界が真っ暗になる。倒れそうになる体を必死で支えた。

 あぁ、そうか。そういうことか。こうやって僕の日常は崩壊していくわけだ。

 ゆっくりと読書に勤しめるのは一体いつになるのだろうか。

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