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【8作目】人間嫌いだからって、天使が好きなわけじゃない  作者: あぱ山あぱ太朗
一章 人間嫌いボッチと天使の落とし物
4/32

1-4

 あらかじめ説明しておく。

 僕のクラスにおける立場は『よく分からない陰キャ』という感じだ。

 かったるい授業はサボり、休み時間は教室にいない、放課後は真っ先に教室を飛び出す。二年生になってからクラスメイトと一度も会話をしたことがない。いや、思い返せば一年生の頃もクラスメイトと喋った記憶がないけど。

 とにかくだ。僕がクラスの人間から好意的に思われていないのは間違いない。


「みんな、おはよう! 今日も元気にしてるかー!?」


 そんな陰キャがある日突然、元気よく挨拶をしながら教室に入ってきたら、教室の空気はどうなってしまうのか。

 正解は、教室の空気が凍ります。まるでシベリアの永久凍土です。

 …………どうして僕がこんな奇行に走ることになったのか。それはリオンが提案した目標を達成するためだった。


「とりあえず、クラスで一番の人気者になってみるのはどう?」


 そんな無茶な目標を達成するため、僕なりに考えた結果がこれだ。

 別に頭がおかしくなったわけではない。悪名は無名に勝るってやつだ。まずは自分の存在を周囲に認知させて、そこから少しずつ印象を変えていけばいい。

 その予定だったんだけど、ちょっと想像以上だった。

 お通夜でももう少し情緒があるというか。完全に『無』だもんな。

 一応予定では、リア充グループのやつに「急にどうしたお前!」って肩を小突かれて、それに対して「あはは、今日から高校デビューしようと思って」と回答。

 リア充が「おせーって! けどなんか面白いな、お前! 見込みあんじゃん!」みたいな事を言って、気がついたらリア充グループのメンバーに……的な青写真を描いていた。

 ……現実ってそんなに上手くいかないね。

 とにかく一秒でも早く人間と関わることを辞めたい。そのためなら多少の無茶もできるし、我ながらメンタルも強い方だと思っている。

 とりあえず、自分の席に着いてから次の一手を考えようじゃないか。

「何、ここにきて高校デビュー?」

 席に着くなり隣の席に座る女子が話し掛けてきた。

「……誰?」

「だ、誰って! 伊・東・汐・莉よ! 失礼すぎるでしょ、アンタ!」

「そういえば、そんな名前だったか」

 僕の席は廊下側先頭に位置する。それは出席番号が一番だから。

 大抵は『あ』から始まる苗字のやつが一人はいるのだが、このクラスは男女ともに『い』から始まる『今井』と『伊東』がアイウエオ順のトップになっているみたいだ。

「ねぇ、マジでキモいんだけど。急になんなの」

「えーと、何が?」

 はぁ、これだから人間は嫌いだ。

 そんな言葉を吐いたら相手がどう感じるのか想像できない馬鹿なのか、それとも分かった上でそれを口にする畜生なのか。

 どっちにしろ、僕が人間に下している評価が間違っていないことを証明してくれている。

「そんな急にキャラ変されても迷惑だ、って言ってるの!」

「言ってなかっただろ……」

 言外にそんな意味が含まれているとは想像できなかった。

まったく、ヒステリックな奴だな。改めて隣の席に座っている女を観察する。

 脱色したであろう明るい髪。目つきは鋭く攻撃的。だがどこかアンニュイな雰囲気もあり、人によってはそれが煽情的に映りそうだ。

 基本的に目鼻口といった各パーツは整っており、いわゆる美人ってやつなんだと思う。

 あと、あれだ。結構、大きいし。別に僕は興味ないけどなっ!

「とにかく! 目障りだから意味分からないことしないで」

 ただし、性格はクソ悪いみたいだった。

「なんかお前、友達いなさそうだな」

「……っ! アンタに言われたくないわよ!」

 売り言葉に買い言葉だった。

 地雷というか虎の尾を踏んでしまったようだ。気にしている事柄らしい。

 別にいいじゃないか、友達いなくても。面倒事が増えるだけだし、何を考えているか分からない他者と関わるのは疲れるだけだ。

「えー、そのなんだ。今日から仲良くしてくれ、伊原」

 しかし、今はリオンを追い出すために人間と関わる必要がある。こんな面倒そうな奴とでも仲良くしないといけないんだよな。

「この流れで頭おかしいんじゃない!? 絶対にお断りよ! あと『伊東』だから!」

「やっぱりこの女は明らかに面倒そうだ。スルーしておくのが吉かもしれない」

「声に出てるから! もう本当にキモい!」

 伊東何某はぷんすかと立ち上がって教室を飛び出してしまう。

 これは関係修復も難しそうだな。仕方ない、クラス一番の人気者=全員と仲良くなるってことではないからな。多くの人間と接触できる地位を手に入れればいいわけで。

 今日を持って、彼女と積極的に関わるのは止めようと思う。

「やれやれ、これは前途多難だな」

「あはは、だねー! 今井くん、クールキャラは卒業したのー?」

 独り言のつもりが後方から返答がある。呑気で、間延びした、気が抜けるような声だった。

 斜め後ろに振り返って声の主を視界に収める。

 髪色は奇抜なピンク、髪型はツインテール、顔立ちは幼く、大きな瞳にふっくらと柔らかそうな頬、どこかメルヘンな女子生徒がそこにいた。

「えーと」

「もぉ~! 『誰だコイツ』って顔しないでよー! 鬼崎世読! これでも我が二年二組のクラス委員長なんだけど~!」

「まじか。終わってるな、このクラス」

 一応は進学校という触れ込みだったと思うけど、この学校。

 まぁ、だからこそ髪色が自由だったり、私服登校が認められているわけだが(毎日服を考えるのが面倒なので、僕も含め生徒の半数が『なんちゃって制服』を着ている)。

 だとしてもピンクは派手すぎだけどな。おまけに服装も個性的だし。

 例に漏れずなんちゃって制服を着ていた伊東何某とは異なり、クラス委員長を名乗る女は地雷系というのか、やたらフリフリとした装飾が付いた黒とピンクの服を着用していた。

「え~ひど! 今井くんってドS~?」

 伊東とは違って沸点はわりと高いみたいだ。

 ただ僕個人的には、伊東以上にノリが合わなそうだと感じる。

「いやすまない。こんな奇抜なやつがクラス委員だと思わなくて」

「全然フォローになってないし! もぉ~! せっかく遅めの高校デビューを目指す今井くんに、クラス事情とか色々教えてあげようと思ったのにー!」

「余計なお世話だけど有難い」

「やっぱひど!? あれだー! 今井くんって好きな子に意地悪するタイプでしょー?」

「ありがとう、鬼崎さん! とっても嬉しいよ!」

 青筋を立てながら笑顔でピンク女にお礼を言った。リオンにも同じことを言われたからな。

 ……え、自覚ないだけで僕ってそういうタイプなのか? いや、まさかな。

「急に笑顔になるのは、それはそれで気持ち悪いー!」

「お前も結構ひどい事言うな」

「あはっ! もう、今井くんとはマブダチだからねー!」

 やっぱ苦手だ、こういうやつ。

 心のパーソナルスペースが異様に狭いタイプっていうのか。こういう手合いが世間的には好かれるんだろうけど、僕みたいな人間嫌いには関わる負担が大きすぎる。

「で、クラス事情についてだよね! えーとね、クラスでそこそこの立ち位置を得たいなら、やっぱり陽人くんのグループに合流するのがいいと思う! ただ————」

「了解。その陽人とかってやつはどこにいる?」

 さっそく話し掛けてみよう。単純接触効果を狙う。

 何度も接触していれば、そのうち興味を持ってくれるはずだ。

「ちょっと待って~! 今井くんは行動力凄まじいけど感情面を軽視しすぎ! さっき陽人くん、今井くんのこと『キモっ』って陰口叩いてたからね!」

「おい、いきなり暗礁に乗り上げたぞ」

 クラスのリア充からの印象は最悪らしい。

 というか、それをわざわざ伝えてくるのは優しいのか、鈍感なのか、それともまた別の意図があるのか。そのリア充に嫌われていようが、僕は一向に構わないけどさ。

「クラスが変わってから、楓くんに絡まれたの覚えてない?」

「あー、なんかいたな」

 たしか、先週だったか。「お前全然喋んねーな、なんか面白いこと言えよ」みたいな感じで、ダル絡みをしてきた男子生徒がいたのでちょっとお灸を据えてやった。

 自分の実力を喧伝するのは恥ずべきことではあるが、一応は空手の段位があること、今後もしつこいようなら実力行使もやむなしである旨を伝えたのだ。

「その楓くんって、陽人くんのグループなんだよねー」

「子分を雑にあしらった恨みってことか」

「言い方は酷いけどそういうこと! だから、今井くんの高校デビューは結構厳しいと思うんだよねー。男子の上位グループに所属できれば男女問わず色んな人と喋れると思うけど、女子とかは自分より格下認定した男の事は『路傍の石』くらいにしか思ってないからさー。ここから巻き返せるのかなーって!」

 鬼崎は理路整然と矢継ぎ早に、僕の現状が絶望的であること説明してくれた。

 だが、そんなことで諦めるわけにはいかない。退路はないのだ。もしここで諦めたら、やかましい天使との共同生活がずっと続いてしまうのだから。

 諦めて楽になれるならどれだけよかったか。むしろ諦めた後の方がきついのだ。

「そこは何とかする。さっきの伊東やお前みたいに、話し掛けてくる奴はゼロじゃないからな。そういう奴との会話から糸口を探っていくよ」

「おお、強い意志! 何が今井くんをそんなに突き動かしてるのか気になるとこだけど、とにかく世読は味方だから安心してね! ……けど汐莉ちゃんは気難しいから、生半可な気持ちで関わっちゃ駄目だよ~」

「汐莉?」

 そんな登場人物いたっけ。全く記憶にない。

「もう名前忘れてるし! 伊東汐莉ちゃん! さっきまで話してたでしょー!」

「あー伊東ね。それは身をもって実感したけどさ。何アイツ、クラスで孤立してるの?」

 可哀想に、もう少し素直になればいいものを。

「いやー、孤立してるのは今井くんの方で、汐莉ちゃんは女子の憧れって感じだよ! ああいうハッキリものを言える子って憧れちゃうよね~! オオカミ系女子みたいな!」

「待て、僕は孤立してるんじゃないぞ。孤高の存在と言ってくれ」

 そこは重要だ。能動的なのか、受動的なのか、この二つには大きな差がある。

 むしろ、僕にこそ一匹狼という言葉が相応しい。

「今井くんの言ってることは分かるけど、周りから見たらその人の内心なんてどーでもいいからねー。ただ事実として、『クラスで一人ぼっち』ってことがフォーカスされるんだよー」

 認めたくはないが一つの真実ではある。人間ってのは認知に偏りがある。分かりやすい情報に依存していると言ってもいい。

 僕みたいに知性がある人間であれば、相手の内面や背景も考慮して冷静かつ俯瞰的に判断ができる。しかし、多くの人間にはそれができない。

 だから、僕は人間が嫌いなのだ。

「――でも、世読は完結している世界の今井くんが好きだったなぁ。今井くんって中性的でちょっと女の子みたいな顔してるじゃん? それがなんか深窓の令嬢みたいな感じで、それはそれで尊いものだと思ったけどね~」

「……そうか」

いつもなら「女の子みたいな顔」という発言に対して徹底的に抗議しているところなのだが、今回はやけに鬼崎の言葉が深く突き刺さっていた。

 それは昨日までの自分を的確に表し、あまつさえ肯定してくれる言葉だったから。

 何でこんな面倒なことをしているんだ。ふと、我に帰る。クラスで一番の人気者になる、わざわざそんなことをする必要があるのか。

 それを疑問に感じてしまったら、もうどうしようもない。最初の勢いはどこに行ってしまったのか、それから僕は一言も発することがなかった。

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