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4-8

 伊東家の五人と新宿で回転寿司を食べ、地元の駅まで帰ってきた。

 拓也くんはアニメグッズの専門店に寄りたいからと別行動。

 伸治さん晴子さん、そして紗希さんはこれまでパパ活で得たお金を返金するということで、その対応のため一足先に自宅へ戻って話し合いをするということらしい。

 残されたのは僕と伊東の二人。ひとまずは繁華街があり、かつ僕の最寄り駅でもあるT駅にて降車した。

 さて、ここからどうしようか。そんな風にお互い顔を見合わせる。

 先程は伊東に手を引いてもらった。向こうだって気まずい中で勇気を出してくれたのだ。

 ……ここは僕から切り出さないとフェアじゃないだろう。

「その、さ。僕がなんで伊東と仲良くしたいと思うようになったのか。そのきっかけを知りたいって、この前言ってたよな?」

「う、うん……。でも、話しづらいことはなら無理には……。あの時の聞き方はかなり意地悪だったと思ってるし……」

「いや、ちゃんと聞いてほしい。それを知った上でどうするかを伊東に決めてほしい」

 僕たちが名実ともに『友達』になるためには、この儀式が必要なんだと思う。これまで必死に隠してきた欺瞞を白日の下に晒す。その上で審判を受けるべきだ。

「い、今井がそこまで言うなら分かった……。じゃあ立ち話もなんだし、カフェにでも――」

「僕の家でもいいか?」

「え……え!? そ、それってもしかして……ちょ、待って……もうちょっと友達の期間というか、段取りというか、色々とあってもいいと思うんだけど……!」

「頼む、お願いだ」

 真っ直ぐ伊東の目を見て伝える。

 男の家に上がるのは抵抗あると思うが、こればっかりは百聞は一見にしかずだ。

 実際に見てもらわないと話が通じないと思う。

「は、はひ……!」

 伊東は顔を真っ赤にして俯きがちに頷いた。ちょっと強引だったかもしれない。ここまで緊張させてしまったのは申し訳ないな。

 けど、誓って変なことはしないので安心してほしい。

「ありがとう。じゃあ、僕の家は東口だから」

 伊東を引き連れて、自宅までの帰路を歩き出す。

 歩き慣れた道を伊東と二人で歩くのはどこか変な感じがした。 


「ここが僕の家」

「えと、もしかして誰もいなかったり……?」

 エントランスを抜け、五階まで移動し、自宅の扉前まで辿り着く。

 ここに来るまでもソワソワしていた伊東だったが、扉の前にたどり着くなりその動きがより顕著になった。もはや、『震えている』に近い。

「まぁ、人はいないかな。人は」

 間違いなく、『人』はいない。天使はいるけど。

「ってことは、やっぱ二人きり!? え、その、本当に準備とかしてないんだけどあたし! もしあれだったら一回帰って着替えて—————」

「準備? いや、別に普通の家だから大丈夫だって。はい、どうぞ」

 玄関の扉を開け、中に入るように促す。

 親がいない以外は普通なので、そこまで身構えなくていいのにな。

 でも、あれか。初めて伊東の家にお邪魔させてもらった時は緊張したしな。コミュ力がない人間にとって、自分の家以外に上がるのは緊張してしまうことなのかもしれない。

「……もう! 覚悟を決めればいいんでしょ! はい、お邪魔します!」

「何でそんな投げやりなんだ……。まぁいいや。とりあえず、ようこそ我が家へ」

 さて、問題はここからなんだ。あいつのことをどう説明するか。

「レオおかえりー! 例の作戦はどうだった……って、あ……」

 そんなことを悩んでいる暇もなく、悩みの種の方から突っ込んできた。

 ――色々ありすぎて、僕自身も曖昧になっているので改めて設定を確認しておく。

 リオンのリングを取り込んだ人間にはリオンのことが見える。現在リングを取り込んでいることが判明しているのは、僕と横にいる伊東の二名だ。

 それを端的にうまく表せる言葉がないかと思案した結果、一つの答えを得る。

「えーと、かくかくしかじかで――」

「そんなので分かるわけないでしょ! ちゃんと説明して! あの時見たコスプレの子がアンタの家にいるのよ!」

「はい、おっしゃる通りです……」

 小説や漫画では通じるんだが、やっぱり現実では無理だった。


「何から説明した方がいいのか……。まず、コイツはリオン。信じてもらえないと思うけど、いわゆる天使ってやつなんだよな」

 ヒステリックを起こした伊東を落ち着かしてリビングの椅子に座らせる。

 さっきまで「このロリコン! 犯罪者! 警察を呼ぶ!」の一点張りだったが、「私を子供扱いするな!」とあらぬ方向でリオンがブチギレたことにより膠着状態となった。

「……そんな冗談をあたしが信じるとでも?」

「そう思ったから家に連れてきた。リオン、壁をすり抜けてもらえるか」

「ラジャー!」

 リオンは調子良く敬礼して、壁に向かって全力で走り出す。

「あ、危ない! 何バカなことを――え、えええええええええ!?」

 壁に激突すると思っていたリオンがスーッと壁をすり抜けた。

 その事実に伊東は文字通り目を丸くして驚いている。

「まぁ、という具合なんだ。しかもこの天使、今のところ僕と伊東にしか見えない」

 実際にこれを見てもらわないことには、天使の話など信じてもらえるわけが無い。

「そういうこと。だから、あの時クラスの皆には見えてなかったのね……」

「あぁ、まずはこの事実を隠していたことを謝りたい」

 ここから僕の禊が始まる。

「ま、まぁ、これに関しては今井と仲良くなる前に説明されたところで、たぶん信じることもなかっただろうし……うん。別に怒ってないよ」

「いや、結果として伊東はクラスで孤立することになってしまったわけだしな。僕がコイツを学校に連れて行ったばかりにすまなかった」

 それまでは周りと群れないだけで女子の憧れ的な存在だったのに、今では僕と共にクラスのアンタッチャブル的な存在になってしまった。

 その一因が僕にある以上は、きちんと謝罪をしないと筋が通らない。

「い、いいよ。それは別に。……だ、だって、それで今井と仲良くなれたんだし……」

「…………ッ!」

 一気に顔が熱くなる。思わぬ伊東の不意打ちに身構えている時間がなかった。そんなイジらしい表情で言われてしまったら、男として無反応ではいられない。

「ヒュー! ヒュー!」

 側から見たら小っ恥ずかしいやり取りをしている僕らを、リオンがただ黙って眺めているわけもなく心底楽しそうに囃し立てくる。

「うるさい! お前は黙ってろ!」

「えー、なんか思ったより二人がアツアツだからさー。つい!」

 そのニヤニヤ顔が鼻につく。あとで覚えておけよ、本当に。

「それでリオン……さん? と今井はどういう関係なのよ?」

「リオンでいいよ! えーとね、私とレオは……『女王と下僕』の関係ね!」

「え、は……?」

 伊東は困惑の表情を浮かべている。

 こんな状況だ、何が嘘か本当か分からず混乱するのも無理はない。

「マジでリオンは黙ってろ! 話がややこしくなるから! それと何が女王と下僕だ! むしろ、僕が餌を与える飼い主でお前はペットみたいなものだろうが!」

「そ、そうなんですー。私、レオの肉奴隷なんですー。しくしく」

「ちょっと、今井! どういうことよ、それ!」

 僕の失言ではあったが、リオンはそれを利用して被害者ヅラをする。

 むしろ被害者は僕の方なのに。そして、情報の真偽がつかない伊東はリオンの戯言を信じてしまっているし。

「頼むから順を追って説明させてくれ!」

 リオンの失ったリングのこと、それを回収しなければ天界(?)に帰れないこと、それによって生じた僕とリオンの歪な関係について事細かに説明をさせてもらう。

「――伊東、これで分かってくれたか?」

「うん。今井がその天使を元の場所に帰すため、あたしを利用してたってことがね……っ!」

 次の瞬間、伊東の平手打ちが飛んでくる。

 避けようと思えば避けることはできたが、これは僕が受けて然るべき罰だ。

 だから、甘んじて受け入れる。これは僕たち二人にとって必要なことだと思うから。

「……ごめん。最初はそれが目的で近づいた。だけど、その過程で伊東や伊東家の魅力に触れて、もっと関わりたいと思ったんだ。これだけは嘘じゃない。信じてほしい」

 深々と頭を上げる。

 僕は友達を騙していた。その事実だけは確かであるから。

「あぁ、もう! 本当は許したくないけど! こんなの惚れたもん負けだから仕方ないでしょ! この女たらし! クズ! すけこまし!」

 もう何発かは平手打ちを覚悟していたのに、全く想定していない形で伊東から許される……というか、謎の敗北宣言をされる。

 伊東の顔はありえないくらい真っ赤で、揶揄われているわけでもなさそうだ。

 え、なに、これってそういう話なの!?

「いやいやいや! そんな伊東に惚れられるようなことしてないぞ、僕!」


「は!? 何言ってんの! あたしの家族のことであんなに一生懸命になってくれてさ、さすがに友達だからって理由ではやりすぎでしょ! そんなの勘違いするに決まってるじゃない! おかげでこっちは色々と悩んだり悶々としてたのに! だから距離を取ろうと思ったらそんなの飛び越えてくるし! 今日だって家に誘われたから、いよいよ告白されるのかなって、変に期待しちゃったし! なんなら大人の階段上ることになるのかな、って覚悟していたくらいだし! あぁ、そうですよ! あたしは『今井ってあたしのことを好きなんじゃない?』なんて勘違いしていた激イタ女ですよ! 笑いたければ笑いなさいよー!!」


 どうやって息継ぎをしているのか分からない勢いで伊東は捲し立ててくる。

 孤高のオオカミ系女子みたいなキャラ設定は完全に崩壊していた。

「レオ、チャンスだよ! 今ならリング取り出せるよ! ほら早く首筋にGOだよ! これなら後で訴えられても勝てるから!」

「できるか、そんなこと!」

 僕と伊東では友愛と異性愛というジャンルの違いはあるが、好意を持ってもらっている事実に変わりはない。ならば彼女の真摯な想いにきちんと応えなくては。

 一度深呼吸をして、しっかりと伊東に向き合う。

「な、何よ……! どうせバカな女だな、とか思ってるんでしょ!」

「そんなことないって! 伊東の気持ちは素直に嬉しいよ、本当に。僕だってその、伊東のこと嫌いじゃないし」

「う、うん」

 伊東は何かを期待するような眼差しでこちらを伺う。

「だけど、さ。分からないんだ、人を好きになるってことが。伊東のことは気になってるし、もっと関係を深めたい思う。けど、それが友達という形なのか。そ、そのなんて言うの? 彼氏彼女って形なのかはまだ答えが出ないというか……」

 これが僕の素直な気持ちだ。

 ようやく人間が『嫌い』ではないかもしれない、と思えるようになった。

 でも、それがイコール『好き』ってことになるのかは分からないし、その『好き』がどんな風に分類されていくのかはもっと想像できない。

「――つまり、都合よくキープしたいってこと?」

「それは違うって! ……いや、これってそういうことになるのか?」

 理由はどうであれ、周囲からはそのように認識されてもおかしくないのかもしれない。

「はぁ、もう分かりました。じゃあ、今は仕方なくキープされてあげるわよ。都合がいい女を演じてあげるわよ。ほんとは嫌だけどね! 惚れたもん負けだから仕方ないよね! だけど! 一個くらいは条件を飲んでもらうから!」

「……条件?」

 一体、どんな無理難題を押しつけられるのだろうか。

「今井が答えを決めるまでは、あたしのリングを回収するのはNGだから!」

「……え、僕は別にいいけどさ。それがある限りこのやかましい天使が見えたままだぞ?」

 リオンが見えている限り、伊東も僕と同じ問題を抱え続けることになる。今は僕に取り憑いているが、伊東の方に乗り移る可能性だってゼロではない。

 それはやめておいた方がいいのでは――というのが所感だ。

「だ、だって? 好きな人とは同じものを見てたいし……っ! このリングがあたし達を繋いでくれたって考えると、なんかほら運命的なものを感じるからっ!」

「……そ、それは反則だろっ!」

 忘れていた。伊東はサバサバしているように見えて、ちゃんと女の子であることを。

 こんな乙女心満載の台詞を正面で受け止めることは僕にはできない。受け止めきれなかった分は、伊東への想いとなって脳の領域を圧迫する。

「ちょーっと待った! その話は頂けないかなー! 目の前にリングがあるっていうのに回収しないという選択肢は私にはないー!」

「え、え、うわっ! ちょっと!」

 そんな甘々ムードをぶち壊すようにリオンが突然割り込んできた。それは会話に割って入るという意味でもあり、物理的な意味でもある。

 リオンは伊東のことを押し倒して、両腕を掴んで押さえつけた。

「ほら、レオ! 今がチャンス! 早くこの子からリングを吸い出して! この子との信頼関係ならまず間違いなく吸い出せるから!」

「ちょ、放しなさいって! 今井も見てないで助けなさいよ!」

 その様子を見て、僕はため息をついた。

「結局のとこ、人間も天使も面倒くさいな……」

 だけど、あれだな。――やっぱり『嫌い』って程ではないかな。


 高校二年の四月。

 来週にはゴールデンウィークの連休が待ち構えている。

 そんな春の終わりにかけて、天使の同居人(?)と人間の友達(?)ができた。

 僕のモットーは変わらない日々を淡々と過ごすことだったはずだったのに、変わっていく世界に対してどこか前向きな自分がいる。

 数週間前の自分からすればあり得ない変化だと思う。


「なんなのこの胸! この余分な脂肪を私にもよこしなさい!」

「ちょ、どこ触ってるの! 止めなさいって、リオン!」

「お前ら落ち着けって!」


 そんな自分の変化に苦笑しながら、僕は一体と一人の仲裁に入ることにした。


                完

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