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【8作目】人間嫌いだからって、天使が好きなわけじゃない  作者: あぱ山あぱ太朗
一章 人間嫌いボッチと天使の落とし物
3/32

1-3

「……くそ、朝か。マジで『朝』って概念を地球から消したい」

 不快な音を垂れ流すスマホのアラームを止め、鉛のような体を動かして起き上がる。

 朝は全てにムカつく。太陽の光、人間の生活音、忙しない時間の流れ。何もかもが夜型の僕を苛立たせて、心の余裕をこれでもかってくらいに奪ってくる。

 せめてもの救いは、僕が一人暮らしに近しい生活を送っていることだ。朝に誰とも会わない、これだけでも精神衛生上に良い。人に当たることもないからな。

 とりあえず顔を洗おう。のそのそと体を引きずるようにして洗面所に向かった。

「…………トイレ」

 耐え難い生理現象に突き動かされて、行動の優先順位を変更する。

 洗面所をスルー。スライド式のドアを右に引いて、我が家のご不浄へと足を踏み入れた。


「えっ……?」

「あ、やべ」


 扉の先では天使が用を足していた。

 寝ぼけていて次の行動が思いつかない。とにかく今の状態が不健全なことだけは分かる。

 とりあえず感想とか言えばいいのかな。

「つる、つる――ぐべばっ!?」

「信じらんないっ! レオのばか・あほ・変態!」

 痛烈な平手打ちでしっかりと目が覚めた。

 そうだった、昨日から天使・リオンが居候しているんだっけ……。

 完全に僕の注意不足だった。だけど、一つだけ愚痴らせてくれ。

 自分も僕のトイレや風呂を覗いたり、突然キスをしてくるくせに、いざ自分がラッキースケベの被害に遭った時にこんな怒るのは理不尽すぎないか、と。

 そんなことを思ったが、決して口にはしなかった。


「いい加減、機嫌直してくれよ」

「べっつにー。不慮の事故だもんねー。怒ってないよー」

 これを間に受けてはいけない。そんなことは女性経験が少ない僕でも分かる。

 さて、こんな時どうすればいいのか。

 愛読書である太宰治の『人間失格』にこんなような一説があった。

 『女性が感情的になっているときは、甘いものを与えると大抵機嫌が直る(僕訳)』

 言っていることはかなり最低なんだが(あくまで作中人物の考え)、一応試してみるだけの価値はあると思った。

 冷蔵庫から数日前に漬けておいた蜂蜜レモンの瓶を取り出す。

 最近は金柑蜂蜜、梅シロップなど果実を漬けるのにハマっており、今回の蜂蜜レモンもかなり出来が良い。これを炭酸水で割ると、蜂蜜レモンスカッシュが完成する。

 蜂蜜のまろやかな甘さとレモンの甘酸っぱさのハーモニーが癖になる一品だ。

「ほんとゴメンな。朝飯作るから、その間これでも飲んでてくれ」

「……何これ?」

「ま、いいから飲んでみろよ」

 リオンは怖じ怖じと蜂蜜レモンスカッシュに口をつける。

「え、めっちゃ美味しいーこれ!」

「なら良かった。急いで朝飯作るから待っててくれ」

「うんっ! ありがとね、レオ!」

 リオンはニコニコと上機嫌だった。うん、効果覿面だ。サンキュー、太宰。

 もちろん、リオンが単純ってのも多分にあると思うから、他の女性にやっても効果があるかは半信半疑だと思うけど。

 なんにせよ、リオンの機嫌が直ったなら何よりだった。

「ねー、レオー」

「なんだ?」

 それからしばらく朝食の準備に専念していたが、朝ご飯とお弁当用のおかずが出来上がったタイミングでリオンから声を掛けられる。

「その、今更だけどさ。レオのご家族はどうしたの? こんな広いおうちに高校生が一人暮らしってのも変だよね?」

 自宅マンションの間取りは3LDK。リオンの言う通り、一人で暮らすには広すぎる。

 そうだよな……不思議に思わない方がおかしいか。

「――よくある話だよ。三年前に母親が死んで、戸籍上の父親は家庭を顧みずに女の家に転がり込んでいる。それだけ」

 そう、よくある話だ。だから、その事実に対して殊更感情を動かすことはない。

 むしろ、この年齢で擬似一人暮らしを経験するのは良いことばかりだ。一通りの家事が出来るようになったし、同級生より金銭感覚・経済性も養われている。

「そっか……。寂しくは、ない?」

「一人の方が気楽だよ。ま、今は厄介な居候がいるけどな」

 奇しくもこんな環境下にあるので、心情的な面はさておき物理的にリオンを家に置いておくことが可能だった。死んだ母親が使っていた部屋がそのまま手付かずで空いているから、それをそのままリオンに使ってもらっている。

「そんなのはいいからさ、飯にしようぜ」

「う、うん」

 身の置き場がなさそうなリオンを気遣って会話を切った。

 こんな話、聞かされた方は堪ったもんじゃないからな。他所の家庭のゴタゴタなんて対岸の火事でしかないのだから。


「美味しい! やっぱり、レオって料理の才能だけはある!」

「だけってなんだよ。けどまぁ、別にこれくらい普通だって」

 簡易的な朝食。昨日の残りの白米と味噌汁、今朝焼いた卵焼きとウインナー、あとはプチトマトとたくわんを添えただけのもの。

 自分で料理をするようになってから、日々家族のため栄養に配慮した食事を作る母親(今は父親が担当する場合もあるが)の偉大さが分かった。

 僕はギリギリまで寝ていたいタイプなので、朝食や弁当は手抜きで作ってしまう。

「じゃあ、あれかもね。美少女と食べるご飯は美味しいみたいな!」

「それは僕が口にすべき所感であって、そっちが言うのは絶対に違うと思うぞ!」

 ただ、一理はあるかもしれない。

 こうして、誰かと食事をするのは久しぶりだった。ただ栄養を補給するだけの行為と、誰かと食卓を囲むという行為には埋められない差がある。

「……そんなことはいいんだった。それよりも昨日の話の続きをしよう。例のリングを集めるって話だけど、僕は具体的に何をすれば良いんだ?」

 いつまでもこの状況に甘んじるつもりはない。

 一刻も早くリングとやらを回収し、このナルシストにはご退場を願いたい。

「そうね。まずはレオが色んな人と交流するのが一番ね」

「――は!? どうしてそうなるんだよ!?」

 それは考え得る中で、最も僕が苦手とすることだった。

「リングってのはね、他のリングと近付くことによって力を強めていくの。だから、リングを取り込んだレオが接触すれば、持ち主のリングに反応が現れるはずよ」

「この話は無かったことにしてくれ」

 無理だ。僕の人間嫌いはポーズとかではなくガチだから。

 人と関わるだけでストレスが溜まるし、ひどい時は蕁麻疹が出たりする。そんな僕が多くの人間と交流する? 

 冗談なくアナフィラキシーショックで死んでしまう。

「そう、じゃあ仕方ないね。不束者ですが、末長くお願いします」

「あぁ、そうだった! ちくしょう、八方塞がりじゃないか!」

 嫁入り挨拶の真似事をするリオンを見て、そもそもの前提条件を思い出す。リングが見つからない限り、コイツは僕に取り憑き続けると宣言している。

 つまるところ僕に逃げ場はなかった。どちらの地獄を選ぶかという選択を迫られている。

「私は別にレオと一生一緒にいる、ってのもありだけどね♪」

「分かった。死ぬ気でリングを集めるよ」

「今の流れでその回答は傷つくんだけどっ!?」

 仕方がない、どちらも地獄ならマシな地獄を選ぶまでだ。

「それで、人と交流するってのはまず何から始めれば良いんだろうな」

「確かに、何か目標があった方がいいよね。じゃあこんなのはどう――」

 その提案は受け入れ難いものであったが、選り好みをする権利は僕にはなかった。

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