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「よし、次の手を考えよう」
近くの公園に移動した。しばらくの間、互いに無言のままブランコに揺られていたが、ずっとこのままというわけにはいかない。僕が口火を切る。
「……もう、無理よ」
伊東は力なく答えた。目には涙が溜まっており、今にも溢れ出しそうだ。
「そんなことないって! 紗希さんの話的にはお金を稼ぎたいってことみたいだしさ、もっと割のいいバイトを紹介するとか!」
「……普通のバイトじゃ時給二千円も超えないでしょ。時間効率を気にしてた紗希が納得するとは思えない」
「じゃあもういっそ学校に相談するとか――」
「やめて!」
僕の言葉は伊東の金切り声にかき消される。
「そんなこと学校にバレたら、紗希が退学になっちゃうかもしれない!」
「ご、ごめん……! 僕の考えが足りなかった」
全くその通りだ。この事実を受けて、学校がどのように対処するか想像がつかない。
下手をしたら妹さんの経歴に傷をつけることになってしまう。
「……いや、こっちこそごめんね。大きな声出して。今井も色々と考えてくれてるのに」
「それはいいよ、別に。とにかく今後のことを考えよう。このまま妹さんを放置するわけにもいかないだろ? 今はよくてもいつか犯罪に巻き込まれる可能性だってあるんだから」
さっきの話し合いで妹さんの中にも理屈があることは分かった。
だけど、それを容認するわけにはいかない。どんなに理屈をこねようとも、彼女のやっていることは法律的にグレーであり、いつトラブルが起きてもおかしくない。
何かがあってからでは遅いのだ。
「うん、分かってる。……だから、あたしなりに考えたよ」
「何かいい案が思いついたのか!?」
伊東はどこか諦めモードだったから、何か対策を考えているとは思わなかった。
「――あたしが紗希の代わりに『パパ活』をする」
「は、なんて?」
僕の聞き間違いか。いや、頼むからそうであってくれ。
「……あたしがパパ活で紗希の目標額を先に稼ぐ。そうすれば、紗希もこんな馬鹿なことをやめてくれると思うから」
「何言ってんだよ! それじゃあ何の解決にもなってないだろ!」
そんなの本末転倒だ。溺れた人を助けるために自身も溺れてしまったら意味がない。
妹さんだってそんな方法で助けられて喜ぶわけがないだろうに……!
僕たちがすべきことは何も考えずに飛び込むことではなく、浮き輪やロープを投げたり、救助や助けを呼ぶとかそういうことのはずだ。
伊東は自暴自棄になっている。何としても止めないと、友達として。
「……いいのよ、別に解決しなくて。紗希がトラブルに巻き込まれる前に、あたしが先を越せばあの子に被害がなくて済むわけでしょ。大丈夫、上手くいけば二ヶ月もせず工面できる」
「は!? 二ヶ月もせずに先を越すって……! それはさ、デートをするだけの妹さんより価格を吊り上げる――つまりはそういうことだろ!?」
それ以上の行為も辞さないってことだ。もしそうなったら完全な違法行為でもあるし、目標額を稼いで足を洗ったとしても一生消えない疵として残り続ける。
さらに言えば、伊東はその後に何食わぬ顔で生きていけるような図太いタイプではない。
きっと今みたいに笑うことは出来なくなる。残るのは間違いなく悔恨だけだ。
「……それで紗希が救われるなら安いものよ」
「ふざけんなっ! 全然安くなんかないって! 気付けよ! お前も妹さんもそうやって自分を安売りしてるんだ! 姉妹揃って同じことをしてる! それが互いに互いを苦しめ合ってるんだよ! そんなこと双方……いや、伊東家の家族全員が望むものではないだろ!?」
頭で考えていては言葉が追いつかない。気持ちを伝えるには声を大にするしかない。
気が付いたら、ありのままの感情を腹の底から叫んでいた。
「ねぇ、一つ聞きたいんだけどさ」
伊東は低く落ち着いた氷のような声音で言葉を発する。
気絶しそうなくらい熱くなっている僕とは完全に対照的だった。
「――――今井ってあたしの何?」
「な、何って……それは友達だろ……?」
まだ自信を持ってこの単語を口にするのは難しいけど、それでも伊東と一緒にいることで『友達』というものが分かり始めてきた。
だから、言葉の定義とかそういうのは一旦無視をしてそう答える。
「友達ならさ、教えてほしいんだ。なんであたしと友達になろうと思ったの?」
「それは前にも言ったけど、伊東と関わる中でもっと仲良くなりたいと思って……」
「うん、言ってたね。でもさ、それって後付けでしょ?」
「え?」
伊東は半笑いを浮かべて核心をついてくる。
その通りだ。僕が伊東と仲良くしようと思った理由……というよりは関わろうと思ったきっかけは別にあった。
――リオンのリングを集めるため。
それが当初の目的であった筈だ。しかし、いつの間にかそんな目的とは関係なく伊東という人間に惹かれていた。
そういう意味では、伊東の言うように後付けであることは否定のしようがない。
「あたしだってバカじゃないから分かるよ。今井が友達を作ろうと動き出したのは最近だよね。しかもわりと唐突に。最初に話し掛けてきた時、あたしが邪険にしたら今井はスッと引いたの覚えてる? あの時はそこまで熱意はなかったよね。それなのに、次の日あたりから猛烈に話し掛けてきてさ。何か理由がないと考えられない行動だと思うんだけど」
「それは……」
ぐうの音も出ない。何故なら伊東の言っていることは何一つ間違ってないから。
「だから、改めて聞くけどさ。何であたしと友達になろうと思ったの?」
「…………」
答えられない。だってそうだろう。「最初は目的を達成するために、仕方なく仲良くしようとしていた」なんて答えられるわけがなかった。
「そ、それがどうしたんだよ……! 急に……!」
「……やっぱり答えてくれないんだ。つまりそれが答えだよ、今井。あたし達の関係ってその程度のものってこと。だからさ、家族の問題にこれ以上は踏み込まないで」
あぁ、呪いのようにあの言葉が思い出される。
人間はいつだって孤独だ。他者と全く同じものを見ることはできない。
気がついたら伊東はいなくなっていた。ブランコは動かない。
薄暮の世界は音を無くしていく。太陽は最後の抵抗虚しく死んでいった。
公園は絵画のように完成されている。僕はまた一人になった。




