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4-2

 それぞれ注文を終え、四人席に腰掛ける。

 妹さんを正面に僕と伊東が並んで座るような形だ。さながら面接や取調べのようだが、あながち間違っていないのが残念なところだ。

「それで改まって話って? しかも今井さんも一緒に」

「……話はあたしが進めるってことでいいんだよね、今井?」

「あぁ、それで大丈夫。その、紗希さん。僕は立会人みたいなものだから、気にしないで……ってのも難しいけど、まぁそんな感じだから」

「は、はい……?」

 妹さんはいまいちピンときていない

「ねぇ、紗希。昨日、新宿で何してた?」

「――そういうことか。尾けてたんだ、今井さんと二人で」

 だが、伊東の言葉を受けて明らかに目の色が変わった。『新宿』というワードで妹さんも理解したようだ。

 今日こうして話し合いの場が設けられた、そのワケを。

「そ、それはごめん……。帰りが遅いから心配で」

「汐莉には関係ないって言ったよね……!」

「ちょ、落ち着いて!」

 先程までの和やかな空気が一変する。

「……すみません。取り乱しました。けど、そういうことなら今井さんがいてくれて助かります。私からも汐莉には色々と言いたいことがあったので。汐莉が手に負えない状態になったらフォローしてもらえると助かります」

 妹さんは冷静にそう返すが、目は完全に血走っていた。体の芯でメラメラと憤怒の業火が燃え上がっていることが見て取れる。

 その反応に僕と伊東の間に緊張が走った。

 こちらが問い詰める立場かと思いきや、妹さんの中ではなんらかの『理』があるらしい。

 取り乱すことなく、むしろ好戦的な態度を見せてきた。

「あ、あたしに言いたいこと……? まずは紗希の話でしょ……!」

「そんなの分かってる。順序立てて話すから、口出ししないで」

「……っ!」

 伊東は怒りで打ち震えていたが、周囲の目があることや僕が同席していることもあり、なんとかその怒りを飲み込もうと必死になっていた。

「回りくどいのはナシで、単刀直入に私は『パパ活』をしてます」

 周囲を気にしてか、声のトーンを落として妹さんは宣言する。この反応を見るに自分がやっていることが、世間的には褒められたことではないと自覚はあるようだった。

「理由はお金が欲しいからです。それも男に貢ぐためとかそんなのではなく、単純に進学費用を貯めたいと思っているので」

「紗希が心配することじゃないでしょ、お金のことは! あたしだって、学費の負担を軽くするために必死にバイトしてるし!」

 妹さんが理路整然と話をしているところ、感情的に伊東が割り込んだ。

「…………それでソフト部を辞めたんでしょ」

「そ、それは! 今関係ないでしょ!」

 妹の言葉に伊東はかなり焦ったような声音で応じる。

 伊東が中学時代にソフトボール部のキャプテンだったことは七香から聞いていた。

 初めてそれを聞いた時は深く理由を考えなかったが、伊東との関わりが増えたことでその理由をある程度は推察できる。

 ひとえに家族への負担を減らしたい。その一心だったに違いない。

「関係なくないじゃん。ソフトで推薦だってあったのに」

「うちから私立は無理でしょ……」

「それは百歩譲っても! サク高にもソフト部はあるじゃん!」

「だ、だって! せっかく高校からはバイトができるんだから、少しでも学費の負担を減らせた方がいいに決まってるでしょ!」

「つまり、私とか拓也のためにやりたいことを我慢してるってことだよね、それ。そういうのが迷惑なの!」

 ……だけど、家族のことを想っているのは伊東だけではなかったということだ。

 妹だって姉や家族のことを考え悩んでいた。自分たちのためにやりたい事を我慢する姉に並々ならない思い――不満があったという事みたいだ。

「だからって、紗希がやってることは正当化されないから!」

「なんで? 私も家族の負担を減らすために働いてるだけ。何が違うの?」

 それが合図となって姉妹の言い合いが始まった。

 周囲に迷惑がかかるほどの声量でもないので止めるに止められない。

「全然違うでしょ。紗希のやっていることは犯罪でしょ……!」

「犯罪じゃないよ、別に。売春してるわけでもないし。

 ただお金を貰ってデートするのを取り締まる法律はないからね。それに貰ったお金は贈与扱いになるから、年間一一〇万円までは課税の対象にならないし。そこら辺は迷惑かけないようにうまくやるよ」

 妹さんは法律を持ち出して、しっかりと反論をしてきた。正しいかは別として法律を持ち出されるとこちらも反論がしづらい。

「お金を稼ぎたいなら他にも方法はあるでしょ……。別にアルバイト禁止の高校じゃないんだからアルバイトすればいいじゃない」

 伊東も一瞬怯みそうになっていたが、負けじと二の矢を放った。

「時間単価で考えてよ、汐莉。時給千円ちょっととかでしょ、アルバイトは。百万円稼ぐのに千時間近く働かないとダメじゃない。私は汐莉ほど頭良くないから、勉強する時間も削っちゃったら本末転倒なの。ちゃんと大学には行きたいし」

 僕たちの中でパパ活という稼ぎ方は『無計画』で『享楽的』という印象があった。

 だけど、妹さんはきちんと調べた上でそれを行なっている。もちろん褒められた行為でないことに変わりはないが、ここまで理論武装をされてしまうと付け入る隙がない。

「だからって……!」

「もう汐莉は理屈じゃないじゃん。私は法を犯しているわけでもないし、家族にも迷惑かけてないでしょ。汐莉がやりたいことを我慢して働いてるみたいに、私も世間から後ろ指さされるようなことでも稼げるから我慢しているって話」

 伊東の勢いが無くなっていく。この流れだと妹さんの行為が正当化されてしまう。

 ――あくまでオブザーバーに徹するつもりだったが、このまま妹さんの主張を通すわけにはいかない。

 最初の約束を反故にしてしまうのは心苦しいが状況が状況だ。

「ちょっといいかな、紗希さん。僕は法律に詳しくないけど、パパ活ってのは専用のアプリとかがあるんじゃないっけ? それって十八歳未満は登録できるものなのかな?」

 妹さんの主だった主張は『法を犯していない』だが、彼女が未成年である以上は完全に清廉潔白ということはないと思っている。どこかで嘘や詐称が混じっている可能性が高い。

 彼女が法律を盾にするなら、それに違反するような点を徹底的に責める。

「……今井さんはあくまで立会人なのでは?」

「ごめん、状況が変わった」

 妹さんは「お前も結局入ってくるのかよ」的な呆れた目をした後、ゆっくりと深呼吸をして僕の方に顔を向けた。

「まぁ、いいです。それで質問に対する答えですが、結論から言うとアプリは十八歳未満だと登録できないので、SNSのアカウントを使って集客をしています」

 そして僕のことも『敵』だと認識したみたいで、先程までの人当たりの良さそうな雰囲気から攻撃的な態度に豹変した。

「そのSNSでは年齢を偽ってたりしないのかな? それが後々トラブルに繋がるなら家族に迷惑かけないってのも難しいと思うんだけど」

 昨今、未成年の性によるトラブルはニュースで取り沙汰されている。

 パパ活をしている男の心象など理解できないが、未成年であることが分かってしまえばある程度のブレーキがかかるはずだ。

 つまり、彼女が年齢を偽ってアカウントを登録しているのではないかと疑っている。

「なるほど、そういう切り口ですか。じゃあ、このアカウント見てください。どうぞ」

 妹さんが見せてきた画面には、今時の女子高生らしい至って普通のSNSアカウントが表示されている。名前こそ本名ではなく適当な偽名ではあるが、プロフィール欄に十六歳の高校生であることはしっかりと明記されていた。

「……本当にこのアカウントで?」

「そうですよ。年齢を偽ることによって、今井さんの想像しているようなトラブルが起きたら嫌ですからね。それに分りやすいパパ活垢だと、サイポリ……サイバーポリスの略なんですけど、に目をつけられるので一見普通のアカウントを装ってます」

 サイバーポリス、初めて聞く単語だがポリスと名のつく以上は警察のことだろう。

 未成年がネット上で堂々とパパ活の募集をしていたら、確かに警察も黙っていないか。

「待ちなさい。このアカウントには嘘を書いてないかもしれないけど、これだと肝心の相手を探すのが難しいでしょ。警察に見つかりづらいってことは、裏を返せばそういう界隈にアプローチも出来ないってことじゃない。紗希、ほんとは別にアカウントあるんでしょ」

 僕と妹さんのやりとりを静観していた伊東が会話に入ってきた。

 少し間を空けたことで落ち着きを取り戻せたようだ。

 SNSに疎い僕をフォローする形で、妹さんの主張の穴を突こうとする。

「疑うならいいよ。ほら、DMのやり取り見せてあげる。えーと、この人とか昨日新宿で待ち合わせしてた人かな」

「――ちょ、妹の媚び丸出しメッセージとか見たくないって!」

 妹さんが再度見せてくれた画面には、胸焼けしそうなくらい甘ったるいメッセージの応酬が生々しく映し出されている。

 伊東は苦虫を噛み潰したような顔をして読むのをやめてしまったので、代わりに一連の流れを確認させてもらったところ、日曜日に新宿で会う約束をしているやり取りを見つけた。

「嘘ではないみたいだけどどうやって……」

「リサーチと営業、後はうまい感じの匂わせですね。男の人って単純じゃないですか? 趣味に共感したり、ちょっと好意のあるメッセージをこっちから送るだけで簡単にコントロールできますし。あとはデートの時にお手当が欲しいことを打診すればOKです。まぁ、この段階で離脱しちゃう人もいますけど、数十%はそれでも食いついてきます」

「…………」

 男を代表して反論をしたかったが、あながち間違っていないのでそれも難しい。とにかく言えるのは、妹さんの活動はもはや『ビジネス』になっているということだった。

 楽して稼ぐどころか、稼ぐためならどんな努力・苦労も惜しまない、そんなスタイルだ。

「あの、もういいですか? 私も私なりに家族を想ってやっていることなんです。私のせいで汐莉がやりたいことを我慢している。それを黙って受け入れられるほど薄情じゃないんです。……汐莉はさ、私の行動を否定する前にまず自分の行動を見直してみたら」

「ちょ、紗希――」

 立ち上がった妹さんに続いて伊東も立ち上がる。そして何かを言葉にしようとするが、はっきりと声になることはなかった。

 その間に妹さんは荷物をまとめて店を出て行ってしまう。

 店内に取り残される僕と伊東の二人。

「……とりあえず僕たちも出ようか」

「そうね」

 このどんよりとした空気をどうにかして入れ替えたかった。

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