3-9
「――すっかり楽しんでたけど、紗希のこと全然探せてない!」
「今更気がついたか」
ゲームセンターの店内に入ってから既に二時間近く経過している。
クレーンゲームだけでなく、アーケードゲームやメダルゲームに手を出し始め、当初の目的など忘れて遊び倒していた。
楽しい時間はあっという間というが、これほどまでに時間が経っているとは。
「気付いてたなら言ってよ!」
「あんなにはしゃいでたら言いづらいだろ……」
ふと冷静になったタイミングはあったが、「伊東も妹さんの捜索はそこまで本気じゃないはずだ」と勝手に決めつけて、それ以降はゲームに夢中になっていた節がある。
伊東がここまで妹さんの捜索に重きを置いているとは思わなかった。……にしては、ゲームセンターを楽しみ過ぎな気はするけど。
「うっ、それはそうね……。思いのほか楽しくて忘れていたあたしが悪い、完全に」
「そこは僕も同じだ、すまん。ただ、そうだな。本気で探す気があるなら、きちんと当てを付けた方がいいと思うぞ」
このまま闇雲に探していても絶対に見つからない。
妹さんの行動を予想して、行きそうな場所を探した方がいいだろう。
「そ、そうね。……ただ、それが分からないから今があるわけじゃない?」
「まぁ、そうなんだよな」
伊東妹が新宿で何をしているのかを探るのが今日の目的であり、それが分からないからこうして迷走してしまっているわけで。
何か手掛かりみたいなものがあれば――
「あ、そうだ。妹さんが何回か通っているカフェには心当たりがあるぞ。七香にインスタ(?)の写真を確認してもらった時にメモを残しておいたんだ」
「ほんと!?」
スマホのメモ帳アプリを開いてカフェの名前を確認する。そのまま地図アプリを使って、現在地からお店までの経路と時間を表示させた。
「えーと、ここから歩いて大体一〇分くらいかな。新宿三丁目の方」
「へぇ、そこは有名なところなの?」
「みたいだな。高評価のレビューも多いし。なんかフレンチトーストが有名らしいぞ」
フレンチトースト、いかにも女子が好きそうな食べ物って感じだ。
男が普通に生きていたら、フレンチトーストを口にする機会はないと思う(偏見)。
「え!? フレンチトースト!? 写真見たい!」
「って、おい! 顔が近いって!」
興奮気味でスマホを覗き込んでくる伊東にドギマギさせられる。
対する伊東はそんなこと意識すらしていないようで、フレンチトーストの写真を恍惚とした表情で眺めていた。
「これ絶対に美味しいやつ! ほらほら、早く行こうよ!」
「また目的を忘れかけてないか……」
なんか似たような流れをさっきもやった記憶があるぞ。
気のせいではない既知感を覚えながらも、目的地のカフェまで歩き出した。
階段を下りていくと、僅かな照明が陽光の届かない空間を柔らかく照らし出す。ここは地上の喧騒から切り離された特別な場所、地下にある隠れ家的なカフェだ。
このお洒落なカフェが妹さんの行きつけのお店らしい。
店内には女性のお客さんばかりで、少数の男性は恋人らしき人物と一緒にいる。
場違いではないか、と落ち着かない気持ちで案内された席に座った。
入口から見て左手側と右手側に客席があり、店の構造的に一方側の客席からはもう一方側の客席が見えないようになっている。
そのため各空間の人数が絞られており、緩やかで落ち着いた雰囲気が形成されていた。
「ここにもいないみたいだぞ、妹さん」
「そっか、ありがとね」
注文を終えてから一段落したところで店内を歩き回ってみたが、それらしき人物の姿はなかった。行きつけのお店だからといって、必ずしもその場にいるとは限らない。
むしろ、鉢合わせになって気まずい思いをするよりは良かったのかもしれないな。
「やっぱり、この広い新宿で特定の人物を見つけるなんて不可能なんだよ。そもそも新宿にいるのかも分からないわけだし」
「い、言われてみれば……紗希が家を出たことも確認してなかった……」
「そこから!? 集合時間を早めたことの弊害が出てるじゃないか!」
久しぶりのオフだから集合時間を早めたいという話だったが、そのせいで肝心の妹さんが外出しているかの確認が出来てなかったら世話がない。
もし妹さんが家を出ていないなら、今までの行動が全て無意味だったことになる。
「と、とりあえず! ママに聞いてみるから!」
伊東はスマホを取り出して晴子さんへのメッセージを作成していた。
……そんな彼女を見てミイラ取りがミイラになるようなことを考えてしまう。考えるだけならまだよかったのだが、言葉にしまいと自制を働かすことができないくらいには緩んでしまっていた。
「――もう、さ。妹さんのことは一旦忘れないか?」
「え!? なんでよ! 手伝ってくれるって言ったじゃん!」
前提を覆すような提案に伊東は憤慨する。
まずい、言葉が足らなかった。ちゃんと僕の真意を言葉にしないと。
「それは手伝う気でいるよ、もちろん。ただ、今日はもうそんなこと忘れて普通に楽しむのはどうかなって。こ、こ、こうして、友達と休みの日に遊ぶのも存外悪くないし……?」
小っ恥ずかしくて伊東の顔が見れない。
なんだかんだ言って、僕も伊東と休日を過ごすのが楽しかったのだ。
だから、余所事を考えてこの時間に没頭できなくなるくらいなら、今だけは妹さんのことを忘れてしまった方がいいんじゃないかって。
「……うん」
伊東も気恥ずかしそうにしていたが、小さく笑って頷いてくれた。
「い、いいのか? 普通に断られると思ってたのに」
「だって、あたしも――」
ゴニョゴニョと何かを呟いているが全く聞き取れない。
「あたしも、なんだ?」
「う、うるさい! とにかく! ここからは正式にデートだからね! ちゃんと今井がエスコートしてよね!」
「……というか、やっぱこれってデートだったのか?」
誘われた時にデートではないとキッパリ言われたような。
「い、言い間違えただけよ! 細かいことをいちいち指摘する男はモテないからね!」
「いや……まぁ、いいか」
ここで反論しても伊東の機嫌が悪くなるだけだ。大人しく負けておこう。
「お待たせしました。シナモンアップルとキャラメルソースになります」
そんな話をしているうちに、例のフレンチトーストが運ばれてきた。
黄金色の生地に美しい焼き目。ひと目見ただけで分かる。これ、絶対に美味いやつだ。
「めっちゃ美味しそう! 写真写真!」
「何で女子ってすぐに写真撮りたがるんだ……。まぁ、いいや。先に食べてるぞ」
「待って! そっちも映して撮るから!」
「こっちは僕の分だぞ!」
「見栄えの問題! とにかくストップ!」
「横暴だ……」
伊東の撮影会も終わり、ようやくフレンチトーストを食すことができる。
「いただきまーす!」
「いただきます」
僕が注文したのはシナモンアップル。まずはソースをつけずに一口。
――柔らかい、ふわふわという擬音がしっくりくる。そして、後からほんのり香ってくるバターの風味と優しい甘さ。プレーンな状態でも十分に美味しい。
だが、ここからが本番だ。
黄玉みたいなリンゴジャムと上からまぶされたシナモン。このソースをたっぷりとフレンチトーストの表面に塗りたくる。フォークで切り分け、そのまま口に運ぶ。
「んまっ」
思わず声が漏れた。
リンゴの甘みとシナモンの辛さが完璧に調和している。そこにフレンチトーストのバター風味が加わってくると、これはもう手に負えない。
「ん~! 美味しい~! ね、今井?」
「あ、ああ……」
幸せそうな顔で笑う伊東に釘付けになってしまう。きっとクラスの同級生は知らない表情。それを独占できていることにちょっとした優越感がある。
「今井のやつもちょっと頂戴! あたしのもあげるから!」
「……取引成立だ」
僕も伊東が食べているキャラメルソースが気になっていた。
なるほど、これが二人で食事をするメリットなのか。二人ならシェアをして食べることができるし、食べた時の感動を分かち合える。
だからと言ってソロ活動はやめないけどな。それでも、体験してみると意外に悪くないことってのは少なくないのかもしれない。
僕たちは感想を言い合いながら、絶品フレンチトーストに舌鼓を打った。




