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【8作目】人間嫌いだからって、天使が好きなわけじゃない  作者: あぱ山あぱ太朗
三章 姉を射んと欲すればまず妹を射よ
22/32

3-8

 電車に揺られること約四○分。電車は西武新宿駅へと到着する。

 毎回疑問に思うのだけれど、何でこの駅をもうちょっとだけ延伸して新宿駅にくっつけなかったのだろうか。

 複雑な歴史があることは想像つくが、恨み言を言うくらいは許してほしい。

「満員電車に疲れた……」

 休日の上り電車はとにかく人が多い。

 人混みを好まない僕にとっては、人の多さだけで酔いそうになる。

「体力なさすぎでしょ、今井。平日のラッシュの方がもっとやばいと思うよ?」

「僕、サラリーマンになれる自信がない」

「バカ言ってないでキビキビ歩く!」

 伊東の足取りは軽い。ぐんぐんと前へと進んでいく。

「……どこに向かってるんだ?」

「紗希がいそうな場所!」

「当てはあるのか?」

「ない!」

「そんな自信満々で言われてもな」

 本気で探す気があるのか。せめて何かしらの取っ掛かりがほしいところだが。

「とりあえず、高校生が行きそうな場所を探してみる?」

「……今時の高校生ってどこで遊ぶんだ?」

「そ、それは……」

 伊東は明らかに困った表情を浮かべてバツが悪そうにしていた。

 友達がいないもの同士、普通の高校生が何をしているのか想像もつかない。

「てか! こういうのは男がリードしてよ!」

 答えに窮した伊東が責任転嫁を始める。どっかの天使もこんな感じだったな。

「はぁ、じゃあそうだな。とりあえず適当にブラつくか」

「う、うん!」

 僕は当てもなく散歩をするのが好きだ。何か気になる施設があればふらっと立ち寄ってみるとかさ。その過程で妹さんを発見できる可能性もゼロではないからな。

 西武新宿駅の正面口から外に出る。

 眼前に広がるのは背の高いビルに囲まれた新宿の街。それぞれのビルには広告看板・ビジョンが掲げられており膨大な文字情報に溢れている。

 良くも悪くも雑多な印象だ。おまけに人通りも激しい。

 東京に来たんだなとしみじみと実感する。

「何となくこっちだな」

「本当に行きあたりばったりなのね……」

 文句が多いやつだ。伊東の言葉を無視して歩みを進める。

「あーここが歌舞伎町の入り口か」

 テレビでよく映し出される『歌舞伎町一番街』と書かれた赤いアーチが左手に見えてきた。夜になったらネオンが煌々と光るのだろうけど、この時間ではまだ大人しく鎮座している。

「こ、こっちには行かないよね?」

「やめておくか」

 正直、好奇心はある。だけど、不安そうにする伊東を見てそれを引っ込めた。

 やはりどうしてもイメージが良くない。高校生二人がふらりと歩くにはかなりハードルが高い場所だ。路地裏には怪しい売人が……みたいな話も聞いたことがあるし。

 歌舞伎町をスルーし、信号を渡って新宿駅方面へと向かう。

「あ、ゲームセンター! 寄ってみよ!」

「……お前は目的を忘れてないか」

 正面に現れたゲームセンターを見て伊東のテンションが上がった。

「だ、だってほら! こういうところが高校生の遊ぶ場所なんじゃないの!?」

「うーん、確かにそうか……?」

 自分が行きたいだけって感じも否めないが一理ある。覗くだけならタダだしな。

「やった! ほら、いこ!」

 伊東の後に続いてゲームセンターの中へと足を踏み入れる。

 外観のイメージよりも店内は広く、一階だけではなく五階までがゲームセンターの建物となっているようで、総面積で言えばそれなりに規模の大きいゲームセンターだった。

 一階はクレーンゲームのコーナーとなっており、ぬいぐるみを始めとしたキャラクターグッズが数多く取り揃えられている。

「ゲーセンなんて久しぶりに来たな」

 色鮮やかな店内を眺めてそんな感想が湧いてくる。最後に立ち寄ったのは中学生の時くらいだったと思う。

 友達がいないこともあり、ここ数年は足を踏み入れたことがなかった。

「あっ! ちびドラ!」

 そんなゲームセンターの中で伊東は人一倍楽しそうにはしゃいでいる。何やら気になるグッズがあったみたいで、飛びつくようにして該当する台のところへと向かう。

「それ見たことあるな。伊東の部屋に飾ってあったよな」

「そう! ちびドラ! めっちゃ可愛くない!?」

 伊東が指差すのはデフォルメされたドラゴンのキャラクター。言われてみれば可愛い気もしなくもないが、こういうのに疎い僕には分からない世界だ。

「まぁ、愛嬌はあるな。……どうする、これ取るのか?」

「ぐぬぬぬ、こういうのってやり始めたら沼にハマるの分かってるのよね」

「そういう戦略だからなぁ。やめておくか?」

「いや、やる!」

 伊東は鼻息荒く答えた。よっぽどこのキャラクターが好きらしい。

 財布から震える手で百円玉を取り出すと、筐体のコイン入れに恐る恐る投入した。

「こういうの得意なのか、伊東は」

「全然、むしろ苦手の部類かも」

 あらゆる角度からアームの位置を確認し、お目当てのぬいぐるみの真上に配置する。

 僕からすればこれだけでも十分すごい。

 そして、アームの降下ボタンを押すとぬいぐるみ目掛けてアームが降りていく。

「お、いい位置なんじゃ!?」

「うん、いけるかも!」

 僕たちはガラス一枚挟んだ向こう側の光景に釘付けになる。

 アームはぬいぐるみをがっしり掴んで、持ち上げる動作に移行した。それから緩慢な動きではあったが、ぬいぐるみを離さずに最高地点まで到達する。

「きた!」

「お願い!」

 アームはぬいぐるみを掴んだままゆっくりとスライドしていく――が、その途中で力尽きたようにぬいぐるみを離してしまう。

『あぁ!』

 あと一息というところだった。僕と伊東は顔を合わせて嘆息する。

「……でも、これなら次くらいには取れるんじゃないか?」

「だね! 何とかなりそうな気がする!」

 素人の勝手なイメージではあるが、本当に取れない台というのはそもそもぬいぐるみを持ち上げることすらできないような気がする。

 そういう意味では、この台は次こそ取れそうという期待感があった。

 

 ――――しかし、これこそが地獄の入り口だったのだ。


「っ、惜しいな!」

「少しずつ動いてる気がする! 一プレイ多くできるし五〇〇円投入しちゃう!」

 本来一プレイ一〇〇円なのだが、一度に五〇〇円を入れること一回分多く遊ぶことができるという仕様になっていた。伊東は迷うことなく五〇〇円を投入し勝負を決めに行く。

「だ、大丈夫か? もう千円超えてないか?」

「あたしの一時間分の時給が……。けど、ここにきて引けない!」

 さっきから取れそうで取れないをずっと繰り返している。それでもぬいぐるみは最初の地点より手前に移動しているため、ここで中断するのは勿体ない気がしてしまう。

「……そろそろ止め時なんじゃ?」

「今井、両替してきて!」

 お金を投入すればするほど伊東の熱は上がっていく。

 絵に描いたようなサンクコスト効果だった。人間は一度労力や金銭を投じるととそれを取り返そうと躍起になり、冷静な判断ができなくなってしまう。

「だ、大丈夫か? 伊東……」

「あたしのバイト三時間分の働きが……」

 伊東は筐体の前で項垂れていた。ギャンブルで破産した人間のような悲壮感がある。

 こういうクレーンゲームというのは本当に絶妙なバランスで設定してあるな。次こそは取れるんじゃないかと期待を持たせてくる感じがいやらしい。

 敵ながら(敵ではないが)筐体を作っているメーカーには賞賛の言葉を送りたい。

「その、なんだ。一旦冷静になるためにも、僕に番を譲ってくれないか?」

「……そうね。ちょっと休憩する」

 見ているだけでも結構面白いが、段々と自分でもやってみたくなるんだよな。

 それに一個だけ僕の中で試してみたいことがある。

 ぬいぐるみのタグにアームを引っ掛けてみるのはどうだろうか、と。

 伊東のプレイを邪魔しないよう口には出さなかったが、あくまで自分のお金でなら挑戦してみる価値はあると思っている。

「よし、ここ……! どうだ……!」

 アームの先がタグの穴に通りそうな位置で降下ボタンを押す。

「あーミスった!」

 駄目だ、少しずれてしまった。アームはただぬいぐるみを掴んだだけで、意図したトリッキーなプレイにはならなかった。

 これじゃあ、伊東がやっていたことと変わらない。

「…………あれ? でも何だ、このガッツリホールド感」

「え!?」

 特段掴んだ位置が良かったわけではない。それなのにアームは強くぬいぐるみを挟み込み、持ち上がってから横にスライドする際も安定感がある。

 そして、ここまで苦戦していたのが嘘みたいに、取り出し口にあっさりとぬいぐるみが落ちてくる。見事に景品を獲得してしまった。

 本来であれば喜ぶべき場面なのだが、そういう訳にもいかない。伊東が三千円かけて取れなかった景品を一発で取ってしまった。……怖くて伊東の顔が見えない。

「えーとあのー」

 特段このぬいぐるみが欲しいわけではないので譲るのは吝かではなかった。問題はメンツというか、自尊心というか、なんと言って渡せば伊東をいたずらに傷つけなくて済むのかという点だ。

「……靴を舐めればいい?」

「いや、普通にあげるよ! どんだけぬいぐるみが欲しいんだよ!?」

 想像以上に卑屈な申し出にドン引きしてしまった。

「え、ほんとにくれるの……?」

「欲しい人が持ってる方がいいだろ」

 僕には良さが分からないが、伊東にとっては三千円をかける価値があるのだろう。

 ゲームセンターで遊ぶなんて久々で貴重な経験をさせてもらった。これはそんな時間を共に過ごしてくれたことへのささやかなお礼でもある。

「あ、ありがと……! その、大事にするね」

 伊東は手渡したぬいぐるみを愛おしげに見つめている。

 その姿がどうしようもなく可愛くて、慌てて目を逸らすことになった。

「ま、まぁ……よ、よしなに!」

 いかん、声が上擦った。なんで僕は緊張しているんだ。ここにきて女子と二人で出かけているという実感が湧いてきてしまったのかもしれない。

「何それっ」

 そんな僕を見て伊東はくすくすと笑う。

「わ、笑うなよ!」

「だって、今井の言葉遣いっていちいちおかしいんだもん」

「そんなことないだろ。至極真っ当なことしか言ってないぞ……」

「ほら、それとか!」

 僕が口を開くたびに伊東の笑い声が大きくなる。たぶん、伊東が言っているのは『よしなに』とか『至極真っ当』のことなんだろうけど、別に普通に使う言葉だよな?

「う、うるさい! いい加減にしないとそれ返してもらうからなっ!」

「だーめ! もうあたしのだしー! なんなら、今井も同じの取ればいいじゃん! そしたらお揃いだよ?」

「……いらん、僕の趣味じゃないし」

 お揃いでいいのかよ、とツッコみたくなったが止めておいた。こんな屈託のない顔で言われたら、マジなのかボケなのか分からない。

「えー、じゃあ今井が好きそうなやつ探そ!」

「っておい、待てって!」

 伊東はどんどん店内奥へと進んでいく。

 やれやれ、仕方がない。少し駆け足気味で僕も後に続いた。

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