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【8作目】人間嫌いだからって、天使が好きなわけじゃない  作者: あぱ山あぱ太朗
三章 姉を射んと欲すればまず妹を射よ
20/32

3-6

 部屋の片付けや服を着替えるからと、伊東はしばらく席を外していた。その間、晴子さんが淹れてくれたコーヒーを飲む。

 伸治さんは「二人きりになんてさせんぞ! 俺も一緒だ!」と大騒ぎしていたが、伊東の「それはキモい」の一言で撃沈していた。今は服の毛玉を取っていじけている。

 少しだけ気の毒だった。父娘の関係というのは難しい。

「じゃ、あたしの部屋で話そ」

「あ、あぁ」

 準備が終わった伊東に声をかけられる。

 学校で着ているなんちゃって制服からジャージ姿に変わっていた。色気とかは全くないし、別に感じるつもりもないが、伊東らしくていいなと思う

「じー」

 伸治さんの恨めしそうな視線を背中に感じながらも、伊東の後に続いた。

 別に初めて女子の部屋に入るってわけではないのだが(七香の部屋には入ったことあるし)、ただ同級生のとなるとちょっとだけ心持ちが違う。

 端的に言えば、緊張している。

「入って」

「お、おう……」

 促されるまま伊東の部屋に入り込む。

 ――感想は、意外にも可愛らしい。部屋の家具や小物、シーツやカーペットには統一感があり、薄いピンクやベージュ系の色で揃えられている。

 学習机の上には、最近話題となっているWEB漫画キャラクターのグッズが所狭しと並べられており、各科目の膨大な参考書といい勝負をしていた。

 あと目に入るのは、ソフトボール部時代のであろうトロフィーや賞状、部活メンバーが書いたと思われる寄せ書き、これらが大切な宝物のように飾られている。

 それと自分でも気持ち悪いとは思うのだが、甘くていい匂いがする……気がした。

「きょ、キョロキョロしないでよ!」

「ご、ごめん!」

 なぜか伊東の歯切れが悪い。心なしか顔が赤いような気もする。けど、そんな伊東の変化に気を配れないくらいにはテンパっていた。

「……意外って思ったでしょ、いつもはサバサバしてるくせにって」

「ま、まぁな」

「そこは『こういう可愛い感じもいいんじゃない?』とか気の利いたこと言いなさいよ!」

「こういう可愛い感じもいいんじゃない……?」

「遅いっての!」

 ふぅ、少し肩の荷が下りたというか。普段のノリをすることで平静な心を取り戻せた。

 ……こうして落ち着いてみると、さっきまで見えなかったものが見えてくる。

「伊東、なんか緊張してる?」

 目線が合わない、声が上擦っている、そして顔が赤い。おそらくさっきまでの僕も似たような状態だったとは思うけど。

「し、仕方ないでしょ! 男を部屋にいれるのは初めてだし!」

「……っ!」

 思わぬ伊東のカウンターに何も言えなくなってしまう。

 ふと僕は、「幸福な王子」などで有名なオスカー・ワイルドの『男は女の最初になりたがり、女は男の最後になりたがる(僕訳)』という名言を思い出した。

 悲しきかな、男というのは女性のいわゆる『処女性』を求めてしまうもので、この考え方は宗教の教義にも反映されてしまうくらい根強いものだと思っている。

 つまり何が言いたいかと言うと、そういう男心をくすぐるような発言はぜひとも控えて欲しいということだ。このままだと心臓がいくつあっても足りない。

「な、なんか言いなさいよ」

「その、えー、光栄……です」

「き、キモいし!」

「何て言えばよかったんだ……」

 表向き会話は成立しているが、お互いに目を合わせないままだった。

 しばらく二人の間を沈黙が支配する。だけど不思議と居心地の悪いものではなく、甘いものを食べすぎた時の胸焼けに似たような感覚だった。

「……その、今日は遅くなってごめん。店長とシフトのことで話してて」

 最初に口を開いたのは伊東だった。

「いや、別にいいよ。伸治さんたちが相手してくれたし」

「いくら何でも馴染み過ぎじゃない? 二回目でしょだって」

「僕が馴染んでいるというよりは、伊東家がフレンドリーすぎるだけだよ」

 伊東に負けす劣らず、僕だってコミュニケーション能力がある方ではない。そんな僕でも自然に話す事ができているのは、間違いなく伊東家が持つ温かさのおかげだった。

「こういうの、ウザくない……?」

 伊東が不安そうに尋ねてくる。もしかしたら、妹さんが言っていた「家族家族、うるさい! 家族だって所詮他人でしょ!」という言葉を気にしているのかもしれない。

 世の中にはそういう繋がりを疎ましく思う人も存在する。それで僕もそうなんじゃないかと不安になっている……というのは考え過ぎか。

 なんにせよ、僕はこの問いに嘘偽りなく答える必要があるな。

「――少なくとも僕は、嫌いじゃない」

 僕は人間が嫌いだけど、伊東家のノリや雰囲気は嫌いにはなれなかった。

 以前までの僕は違った答えを持っていたかもしれないが、伊東家との関わるようになってからは「こういうのも悪くない」と思える。

「……うん、よかった」

 伊東は安心したように穏やかな顔で笑った。出来ればずっとこんな風に笑ってくれればいいんだけど、これからの話をしていく上でそれは難しいんだろうな。

 きっと伊東からは切り出しづらいと思うから、僕から本題について話をさせてもらう。

「それで、さ。あれから妹さんとはどうなんだ……?」

「相変わらず冷戦状態、かな」

 案の定、伊東の表情が陰ってしまう。

「今日も遅いみたいだし、話したいことってのは妹さん絡みのことでいいんだよな?」

「そうね……。実は、今井にお願いがあるの」

「お願い?」

「日曜日、ちょっと新宿まで付き合ってくれない?」

 身構えてはいたけど、想定の斜め上をいく『お願い』に困惑を隠せない。

「それはあれか、二人で都内まで出るってことか?」

「まぁ、そんな感じ」

 男女が二人、休日に出掛ける。それってあれだよな。

「つまり、デートの誘い……?」

「んなわけないでしょ! 張り込みに行くのよ!」

「張り込み?」

 いまいちピンとこない。刑事ドラマとかでよく聞く単語だけど、あんぱんと牛乳のイメージしかない(それはそれで偏っているような気もする)。

「紗希が新宿で何をしているのか調査しましょ、って話!」

「あーそういう……けど、無理じゃないか? 新宿も広いし」

 パッと思いつくだけでも、新宿という名前を冠する駅が四つ以上はあった気がする。

 そんな広大なエリアから一人の人間を探し出すなんてのは不可能に近い。

「歩き回ってればそのうち見つかるでしょ」

「んな、原始的な!」

「手伝ってくれるんでしょ? あたし一人だと、せっかくの休みに当てもなく彷徨っている寂しい女みたいに見えるじゃない!」

「そんな込み入ったこと誰も思わないだろ……」

 思っている以上に他人は自分に対して無関心だと思うけどな。

「あたしが嫌なの! それに一人だとつまんないでしょ!」

「そんなことないぞ。一人焼肉は好きなペースで肉を焼けるし、動物園や水族館、美術館なんかは一人で行った方が好きな動物や魚、展示を好きなだけ見れるし、映画も一人で見に行った方が他人の感想に左右されず余韻に浸れるし」

「……なんか今井って可哀想な人だよね」

「何でだよ!?」

 とても同情的な視線を浴びることになった。今の話のどこに同情される要素があるんだ。

 むしろ尊敬と憧憬の眼差しを向けられるべきだろうに。

「と に か く! いいでしょ? たまには二人で遊ぶ楽しさを味わっても!」

「結局のところ、これって張り込みなのか? 遊びの誘いなのか?」

「どっちでもいいでしょ、そんなことは! そういう理屈っぽいところをどうにかしなさい! 世の中、白と黒だけで全部語れたら苦労しないんだから!」

 それは詭弁というか論点のすり替えだと思う。もちろん口にはしないけどね。そんなこと言ったら揉めるのは分かりきっている。

 雄弁は銀、沈黙は金ってやつだ。やっぱり僕って理知的だなぁ、としみじみ思う。

「……はぁ、分かったよ。日曜日の何時にどこ集合だ?」

「八時にT駅集合!」

「は、八時!? 早すぎだろ! せっかくの日曜に何でそんな早起きを……」

 夜型の僕にとって至福の喜びとは、休み前の深夜に好きな本を読み漁り、翌日の正午近くまで惰眠を貪ることだ。それを奪われるのはなかなか辛い。

「だってせっかくのオフなんだし! 店長に無理言って休みにしてもらったんだから!」

「シフトの話をしてたってそういうことか」

「そうよ、飲食店で土日休もうなんて大罪も大罪なんだからね!」

 バイト経験のない僕にはイメージしにくい話だが、シフトというのはガッチリ組まれているもので、そこに穴を開けることは基本許されないらしい。

 そこまでして休みを作ったのだとしたら、こちらとしても食い下がりづらい。

「なら仕方ないか……。じゃあそれで」

「よし! 遅刻したら許さないからね!」

「へーい」

 ということで、今週の日曜日に伊東と遊びに行く――じゃなくて、妹さんの張り込み、もといストーキングをすることになった。

 ……かなり高い確率で妹さんは見つからないと思っているけど。

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