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【8作目】人間嫌いだからって、天使が好きなわけじゃない  作者: あぱ山あぱ太朗
一章 人間嫌いボッチと天使の落とし物
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1-2

「あれ、ここは……?」

「お前が勝手に不法侵入した、僕の家」

 不法侵入者もとい天使が目を覚ます。玄関に放置しておくのも忍びなかったので、リビングのソファーまで運んでやったのだ。

 よく『羽のように軽い』なんて謳い文句があるけど、布団以外に適応されるパターンと初めて遭遇した。お世辞や美辞麗句などではなく、コイツには体重ってものがなかったのだ。

 おかげで苦労なく運べたのだが、いわゆるお姫様抱っこで抱きかかえた際に、顔が近すぎたことには色々と思うところがあった。

 天使に使う比喩としては間違っているが、寝顔は天使みたいに可愛かったから。

 すぅはぁと息を吐く、桜色の唇に吸い寄せられそうになってしまった。

「私の身体に何かしたでしょ!?」

「し、しとらんわ!」

 実際のところ、寝顔に見惚れてしまったので少し言い淀んでしまう。

「警察に通報する!」

「不法侵入者が何言ってんだよ!」

 僕のは未遂というか内面的な話であって、行動を起こしたコイツとは訳が違う。

「……というか、そもそも『警察』とか分かるんだな」

「うん、『国家の犬』ってやつでしょ?」

「その表現はどうかと思うけど!?」

 物言いは別として、現代社会への知識・教養はそれなりにあるみたいだ。

「てか、そんなのはどうでもいいの! あなたにはどうしてもお願いしたいことが————」

「その前にほら、飯。腹減ってるんだろ。味の保証はできないけど」

 今日の献立は麻婆豆腐、キャベツのサラダ、白米、味噌汁。いつもは一人前作るところを仕方がないので二人前作ることにした。

 不法侵入者にここまでの施しが必要なのかは甚だ疑問だが、腹を空かせているという事実を知ってしまった以上、何もしないのは寝覚が悪い。

「え、もしかして……私に惚れた?」

「んなわけ! 自信過剰にも程があるだろ!」

「だって私可愛いでしょ? 好きになっちゃうのも当然かなって!」

「…………」

 言葉を失う。天使ってのは何かもっと母性の塊というか、慈愛の心に満ちているというか、無欲で高潔なイメージを持っていた。

 だが、眼前の天使は煩悩まみれのナルシストだった。

 こんなやつの飯を作ってしまった自分を恥じて、矢庭に料理皿を片付け始める。

「ねぇ、なんでお皿を片付けてるの!?」

「お前に惚れた、って勘違いされるのも癪だし」

「もう、分かったわよ! 素直にお礼すればいいんでしょ」

 ナルシスト天使は背伸びをしながら、僕の首に腕を回して抱きついてくる。

 いきなりのことで抗議の声を上げることも出来ない。

「ほら、ちゅ」

 そして、そのまま頬に口付けをする。接吻、英語でキッス。

「な、な、な、な!?」

 仄かな温かさ、しっとりとした感触、その全てが泡沫の如く消える。

 しかし、そんな一瞬の出来事が脳髄には強烈かつ鮮烈に刻まれてしまった。

「ね? やっぱ、私って可愛いでしょ?」

 天使のくせに小悪魔みたいな表情を浮かべていた。

「何すんだよお前!」

「ってことで、いただきまーす!」

 ようやく形になった抗議の言葉はことごとく無視され、天使もといキス魔は何食わぬ顔で食事を始めてしまう。

「聞いてねーし……」

 まだ顔が熱い。異性の感触、それは人間嫌いの僕にも本能的な反応を引き起こさせた。

 不覚だ、こんな奴の戯れにドギマギして。自分の人間的な反応が憎い。

「はむはむ、むぐむぐ、おいしー!」

 ……それにしても幸せそうに飯を食べるな、コイツ。

 その顔は何というか、素直に認めなたくないけど、可愛らしいなと思ってしまった。

 だけどそんなことを考えた瞬間、頬にキスされた記憶が浮かび上がってくる。

「(ぐあぁぁぁぁぁぁ!!)」

 結果、僕は目の前の天使を直視できなくなっていた。

 時折聞こえてくる咀嚼音や感嘆の声を聞こえないふりで無視をした。


「ふぅ、食べた食べた!」

「ほい、お茶」

 何でコイツをもてなしているんだ、なんて心の声に「ごめん」とだけ謝っておく。

 人情として自分の作ったものを喜んで食べてもらったら嬉しい。返報性の原理ってやつだ。

「ありがとっ! 性格と根性は曲がってそうだけど、美味しいご飯を作れるのね!」

「おい、食ったものを今すぐ吐き出せ」

 コイツは恩を仇で返さないと気が済まないのか。

「ごめんって! 美味しかったよ、ごちそうさま」

「……お粗末さま」

 加えて、あざとい奴だ。そんな笑顔で言われたら何も言えなくなってしまう。

「さて、ご飯も食べたことだし――」

「よし、これで腹も一杯になったな。ってことで帰ってくれ。達者でな」

 こうして非日常と関わるのはここまでだ。

 普通の高校生にはこれで限界。あとはラノベ主人公っぽいやつに任せよう。そっちの方で勝手に異能バトルとかやってくれ。

「そんなこと言われても帰る場所がないのよっ!」

「いや、何かあるんだろ。天国とかさ」

「あるにはあるけど」

「あるんだ!?」

 マジかよ、宗教の大勝利じゃないか。

「けど、あなたは地獄行きね」

「何でだよ!」

「救われたくば、目の前の美しい天使を救いなさい」

 天使は薄く目を閉じ、ゆったり両手を広げて厳かに宣言する。

「お、脅しかよ! 天使のくせに!」

「なんて冗談はさておき」

「冗談なんかい!」

 じゃあ、どこからどこまでが冗談なんだ。天国は実在するのか。

 本当に天国があるなら……救われる人がいる。それは自己の存在が消失しないことが証明されることでもあるし、大切な人の魂がずっとあり続けるということだから。

「とにかく、帰るべき場所に帰れないのよー!」

「そうですか。では頑張ってください。陰ながら応援しています」

「冷たっ!? こんな美少女が困ってるんだから助けなさいよ!」

 自分で言うな、自分で。

「僕じゃなくてもいいだろ、別に」

「ダメよ、あなたじゃなくっちゃ!」

 テーブルに身を乗り出して、天使は両手で僕の頭を包み込む。そして、鼻先が数センチでくっつく距離まで顔を近づけてきた。

「な、近いって……!」

「あなた、私の体液を取り込んじゃってるから」

「はぁ!? 体液!?」

 天使の腕を振り払って、吐き気を堪えるように喉を押さえる。

「ゲホっゲホっ! いつの間にそんなもの飲ませたんだよ!?」

「飲ませたっていうか……ほら、見て。私のリング、ここが欠けてるでしょ」

 天使は自分の頭上を指差す。言われてその箇所を見てみると、天使の輪っかが鉄筋爆裂したコンクリートのようにボロボロと崩れていた。

「リングが欠けていると空も飛べないし、帰還方法とか重要な記憶も損失しちゃうのよね」

「それで、そのリングの欠片はいずこに?」

「ワケあってこの街一帯に飛び散っちゃったのよ。で、このリングってのはちょうど高校生くらいの多感な若者の体内に取り込まれやすいの。そして取り込んでしまうと、普通なら見えない私の姿が見えるようになるってわけ!」

 つまりコイツが見えてしまっている時点で、僕はそのリングの欠片とやらを取り込んでしまっているというわけか。

 巻き込み事故というか、とにかく迷惑な話だ。

「面倒なことに巻き込んでくれたな……」

「いいじゃない。おかげでこんな美少女と出会えたんだし(キュピーン)!」

 天使は片目を挟むように横ピースをする。間抜けな効果音が聞こえた気がした。

 …………殴りたい、コイツ。

「というかさ。それなら体液じゃなくて、リングを取り込んだって表現が正しくないか?」

「いやーね? このリングって人間の毛髪みたいなものでねー。人間の毛髪って死んだ細胞の集まりでしょ? 天使のリングは排泄物の集まりみたいな! 簡単に言えばおしっこ?」

「うおえええ! 何ってもんを取り込ませてんだよ!?」

 想像しただけで吐き気を催す。先程とは比べ物にならない嘔吐感が込み上げてくる。

「失礼しちゃうわね! いいでしょ、天使の聖水。大興奮ものよ」

「ただただ気色悪いっての!」

 どんな美少女のものだとしても排泄物は排泄物だ。

 僕にとってはそこに良し悪しなど存在しない。すべからく気持ち悪い。

「ってなわけで、そのリング集めを手伝ってほしいの!」

「どういうわけだよ! 何か知らんけど尿の集まりなんだろ、それ! だったらしばらく水でも飲み続けていたら自然と治るんじゃないのか!」

 ほら、七面倒なことを頼まれたぞ。

 これが嫌だったから全速力で逃げたというのに、結局こうなるのか。

「そこが一筋縄でいかない話でね。リングは天使を天使たらしめる器官でもあるのよ。これがない時点で記憶も欠損するし、空も飛べないし、体内の老廃物を内側で循環させることもできなくなる。言ったら、ほとんど人間と変わらなくなっちゃうのよね」

「つまり?」

「欠けたリングが全部集まるまでお世話になります♪」

「ふざけんなぁぁぁぁああああ!」

 本当にそういう展開求めてないって。

 美少女(そう評するのは不服だが)との同居生活とか、ソロが大好きな僕にとってはご褒美ではなくご迷惑だ。

「もういい、僕はお前を無視することに決めた。今後はいちいち反応しない。他の人間に見えないってなら、周りをうろちょろされてもマイナスにならんし」

「えー、何それ! ひどくない!?」

「…………」

 さっそく無視を開始。これは僕とコイツの根比べだ。

 最初こそはゴチャゴチャうるさいだろうが、それもきっと時間の問題だろう。徹底的に無視を続けていれば、そのうち飽きてコイツもいなくなるはずだ。

 

 ――――結論、僕は勝負に負けた。


「トイレの調子はどうー?」

「は!? バカだろ、お前!?」

 ヤツはトイレの壁もすり抜けてくる。

「意外と背中デカいんだねー! 背中流そうか?」

「出てけぇぇぇぇ!!」

 当然、風呂だってお構いなしだ。

「なんかテレビつけない?」

「しりとりしようよ!」

「何の本を読んでるのー?」

「ねーねー! 暇だから構ってー!」

 一瞬たりとも休まる時間がない。二時間もせずに僕は発狂した。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「…………どうすれば、そのリングってのは集められるんだ」

「え、協力してくれるの!? 嬉しいっ!」

 精根尽き果てた僕とは対照的に、天使はキラキラと満面の笑みを浮かべる。

「何を白々と!」

「ほら、ほっぺにちゅーしてあげるから機嫌直してよー」

「いらんわ!」

 近づいてくるキス魔を押し退ける。そう何度もドギマギさせられてたまるか。

「いけずぅー! ま、いいわ。私はリオン! 改めてよろしくねっ!」

 天使はご機嫌な顔で自分の名を告げる。

 認めたくはないが、純粋に綺麗な響きだと思った。内面を度外視した外面的な部分は、美という概念そのものに愛されたような存在だな。

「今井玲和だ。基本的に馴れ合いはしたくないんだけど、暫定的な関係ってことで」

「あれだね! レオって好きな子に意地悪するタイプでしょー?」

「リオンさんが一秒でも早く帰れるように、精一杯お手伝いさせて頂きますねっ!」

 いかん、手が出そうになった。

 こめかみがピキピキと割れそうになるのを抑え、極めて事務的な笑顔で応じる。

「あはは、リオンでいいよー!」


 僕は人間が嫌いだ。けど、だからって天使が好きなわけじゃない。

 むしろ、この唯我独尊・傲岸不遜のリオンとかいう天使は苦手な部類だ。

 言うまでもなく、コイツとの出会いによって僕の愛すべき日常は崩壊していくのだった。

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