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【8作目】人間嫌いだからって、天使が好きなわけじゃない  作者: あぱ山あぱ太朗
二章 隣席のオオカミ系女子を攻略せよ
14/32

2-7

「こんな時間まで何してたのよ、レオ! お腹ぺこぺこなんだけど!」

 自宅のドアを開けると、やかましい天使が出迎えてくる。天使は先日買ったモコモコ素材のパジャマを身に着けており、認めたくはないがこれまた一段と可愛らしい。

 そんな天使ことリオンは、両頬を膨らませながら不平不満を隠すことなく口にした。

 見た目という長所を、性格という短所が見事に打ち消している貴重な例である。

「悪い、完全に失念していた」

 しかし、今回の件について言えば僕に過失がある。

 リオンはその特性上、リングを取り込んだ人間が直前に触れたものしか触れることが出来ず、自分一人で食事を取ることが出来ないのだ。

 昼は弁当を用意しているが、夜ばかりは僕が作らないとどうしようもない。

「土下座しなさい! ――って、痛っ! 痛いって、レオ! ごめんってば!」

 こちらに過失があるとはいえ、さすがに限度ってものがある。

 怒りのままにリオンの頭をぐりぐりと締め付けた。

「はぁ、急いで作るから待ってくれ」

「イタタ……レオって飴と鞭で相手を依存させるDV彼氏みたいなとこあるよね」

「どうやら力加減が弱すぎたみたいだな」

「嘘、ウソ! ごめんって!」

 二度と減らず口を叩けないように教育してやろうと思ったのだが、あまりにも必死なリオンを見て多少は溜飲を下げることができた。

「じゃ、待ってろ」

「あ、そうだレオ!」

「……なんだ?」

「おかえり!」

 リオンは向日葵みたいな笑顔でそう言った。

「――ただいま」

 久しく持てなかった実感。家に帰ってきたということ。ここが自分の居場所であること。

 そして、そこで誰かが待ってくれている有難さを痛感する。

 伊東家への訪問が僕に思い出させてくれた。

 だからこそ、さっきの姉妹喧嘩のことを考えると胸が締め付けられる。


「はい、お待たせ」

 時間もないのでパッパと作れるもので済ませた。悪く言えば手抜きである。

 即席、月見たぬきそば。

 出汁をとっている時間もないので、鰹節と化学調味料を合わせたものを煮立たせてなんちゃって合わせ出汁を作る。

 これは動画配信者が紹介していたレシピでめちゃくちゃ重宝していた。

 化学調味料って便利。あとはめんつゆを少々入れて茹でた蕎麦をドボン。上から揚げ玉と薬味のネギを散らして最後に卵を落とす。

 勿体無いので黄身と卵白は分けません、分けた方が丁寧な仕事だと思うけど。こういう適当なところが晴子さんとの差だ。

 細部へのこだわり。ただレシピ通りに作るだけではなく、相手への気遣いや配慮が料理のクオリティーを上げる。

 僕も少しずつ晴子さんのマインドや技を吸収して…………ダメだ。また伊東家のことを考えてしまう。

 何を悩んでいるんだ、僕は。これは他人が介入する問題じゃない。

 そんなことで頭を抱えても仕方がない。忘れるんだ、あのことは。

「ヤッホー! 美味しそう! さすがはご飯を作る人……じゃなくて、レオ!」

「おい、お前は陰で僕のことを『ご飯を作る人』って呼んでるのか!」

 失礼極まりないぞ。僕ならまだしもお母さんとかに言ったら絶対に炎上するからな。最近はネットニュースでその手の記事をよく見る。発言に気を付けないと命取りだ。

「じょ、冗談だって! いつもアリガト、愛してる♡」

「ったく、調子のいい」

 コイツの軽口を間に受けるのは無意味なので軽く流す。

 だけど、あれだな。能天気なコイツと喋っていると気が楽になる。

「いただきまーす!」

「あいよ」

 よっぽど腹が減っていたみたいで、リオンは一心不乱に蕎麦を啜る。

 食べ進める度に「美味しいー!」と大騒ぎなので、作った側としては気分がいい。

 きっと、晴子さんも…………だからダメだって。思考の余地が生まれると伊東家のことを思い出し、最後に見た光景が延々と頭の中でリピート再生された。

 それに気がついて思考を振り払うが、しばらくすると同じことを繰り返している。


「レオ、どうしたの……?」


 いつの間にか食事を終えていたリオンが心配そうにこちらを覗き込む。

 思考の堂々巡りに陥ると周りが見えなくなってしまう。良くないな、本当に。

「いや、なんでもない」

「嘘を吐くなら、もっと上手に吐きなさい!」

 リオンはムッとした顔をしながら頬を指で突いてくる。

「そこは嘘を吐くな、じゃないのか」

「嘘くらいいいじゃん、別に。みんな正直者の世界なんて面白くないし、そんな世界では言葉の価値なんて無いに等しいよ」

「言葉の価値?」

「美しいものしかない世界では『美しい』という概念は生まれない。なぜならそれが必然になってしまうから。『醜い』が存在することで、人は『美しい』を認識できる。だから、つまりそういうことだよ」

「いや、どういうことだし」

 僕は嘘吐きのいない、まっすぐで綺麗な世界の方が美しいと思ってしまうが。

 リオンの言っていることをそのまま解釈すると、『美しい』も『醜い』も本質的には同じものであるという意味にならないか。

 そんな荒唐無稽なことは簡単に受け入れることが出来ない。

「――ってそんな与太話はどうでもいいんだよ! 結局のとこ何があったの!? お姉さんに話してみなさい!」

「与太話って……そもそもお前から話し始めたんだろ……。あと、一個年齢が違うだけで年上面するな。まぁ、話すだけ話すけどさ」

 自分一人であれこれ悩むよりは何か違った視点を得られるかもしれない。

 僕は事の顛末をリオンに話すことにした。


「そっか、あの金髪の子とそこまで関係が深まったんだ」

「まぁ、そうだな。これまでの悪印象は拭えたんじゃないかと思う」

 好感度マイナスからプラマイゼロくらいになった自負はある。

「それで、レオは何に悩んでるの?」

「伊東との距離が縮まって、余計にどう接すればいいか分からなくなった。どこまで踏み込んでいいのか。その資格があるのか。相手を知ることで見えてきたものを、どうやって扱えばいいのか分からないんだよ」

 他者と関係を深めるということは、相手の領域に足を踏み入れるということである。お互いの領域、心の領土を侵し合う。人間関係にはそんな側面があると思っている。

 相手が望んでいれば、それは結束を深め、共同体らしきものを生み出すきっかけになるが、望んでいなければただの領域侵犯に他ならない。

 幼少期だったら、そんなことも考えずに他者の領土に押し入った。それは自他の区別が曖昧だったから。だけど今は違う。僕は僕で、伊東は伊東だ。

 独立した存在である相手の領土に踏み入る権利があるのか。僕には分からない。

「資格かぁー。んー、あれだね。レオは難しく考えすぎだよ。もうちょっとバカになってもいいんじゃないの?」

「リオンみたいに?」

「失礼な! 私は天才よ!」

「ナントカと天才は紙一重って言うからな」

「何だか『馬鹿』にされている気がするけど! とりあえず今は置いとく! とにかく、私が言いたいのは頭じゃなくて心で考えろってこと!」

 リオンは胸にポンと手を当てて高々と宣言する。

「心で……」

「そうだよ。理屈とか建前を抜きにして、レオはどうしたいの?」

 家族の問題に足を踏み入れるべきではない。今でも頭ではそう考えている。

 心はどうかと言えば――伊東家に笑顔が絶えないままでいてほしい、と思う。

「でも、余計なお世話じゃないのか」

「余計なお世話上等だよ! 煙たがられたなら、それならそれで止めればいいじゃん!」

「そう、だけどさ……」

 リオンの言っていることは理解できるが、相手がどう考えているか分からない以上、むやみやたらに踏み込むのは愚策というか。

「四の五の言わない! 結局、自分が傷つくのが怖いだけなんでしょ!?」

「うっ」

 図星すぎて言葉に詰まる。全くその通りだった。

 相手の領域に入り込むということは、自分自身を曝け出すことにも繋がる。その上で拒絶されるのが怖くて、色々とやらない理由を考えていたのは事実だ。

「安心しなさい。レオが玉砕したときは慰めてあげるから」

「あー、分かったよ! やるよ、やってやるよ!」

 またもやリオンに乗せられてしまった感は否めない。だけど、ここまで煽られて逃げ出すほど腰抜けではないつもりだ。

 こうして、僕は伊東家の問題に首を突っ込むことを決意したのだった。

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