1,地獄の底からこんにちわ
はじめまして、地獄からこんにちわ。
特に宗教感もなく普遍的な地獄っぽいところってどんなところなのでしょうね?
まぁ実際には無いだろうが、死後の世界はあるだろうな精神的に現世と地続きなら
地獄に落ちるような人は地獄に感じるものかもな、などと供述しており。
地獄の世界からこんにちわ。
皆さんお知らせです、どうやら地獄はあったみたいです。
本日は勝手にレポートをさせていただきますね。
さて、私は地獄のどこにいるかと言うと、鬼っぽいコワ面をした体長5メートル位はありそうな奴のアクセサリーかのように、首にぶら下がっております。
隣にも私と同じようにぶら下げられている人がいます。
どうやら亡くなったときの形を留めてしまうようで、隣人さんは片足がなく、肋骨が半分ほど折れているようで、ガッツリと凹んでいます。
まさに目を覆いたくなる光景ですが、割と原型を留めているほうだなと、ぶら下がりながら世界を見ていたら気付かされました。
見回すくらいしかやることないし。
さて私ですが、まず首より下の感覚がありません。
次いで、片眼しか見えていないようです。音も上手く聞こえません。隣のやつがなんかこっちを見ながら口を動かしてるから話しかけてるんだろうけど、何言ってるか分からない。
きっと悪口だ「いい顔色してるじゃねーか」みたいなね。
窮地に立たされているという表現が実際嘘になる位には大変な状況みたいです。
死んでるんですけどね。はっはっはっ!
『……』
はい。口はありますし、動きますが喋ることはできません。なぜなら、首より下の感覚がないと先程表現しましたが、適切ではなかったようです。
首から下が無かった。
鬼のような…というか鬼でいい。こいつにはどうやら目的地がある。
あてもなく歩いているのではないかと思っていたが、しばらくするとその歩みに迷いを感じないことに気づく。
通い慣れた通学路を行くかのようなスムーズさだ。
どれ位経ったのだろう。
太陽や月とかいった時間を感じることができるものがないばかりか、お腹もないので、空腹も感じないし、渇きも感じない。
風も吹いている様子はなく、本当に時間が止まってしまっているんじゃないか。
だから、うっすらと建物が見えてきたのが果たして、先刻この鬼に連れ出された建物から建物からどの程度離れたところなのか分からない。そういえば、先程の建物で閻魔っぽい偉そうで不機嫌そうなやつが居たがあれが閻魔だとしたら、おしゃぶり咥えてないんだけど、どういうことなんだろうか。
建物の周りは塀で囲まれており、中央に門がある。左右を見てみると、塀がかなり小さくなった所に角があるようなので、かなり大きな施設なのだろうと想像できる。
門をくぐると3階建ての建築物になっていた。装飾などはなく、シンプルな構造はどこか日本の学校を思わせる雰囲気だった。
建屋の中に入ると、鬼が数名歩いている。何やら口をパクパクさせて会話のようなものをしているようで、コミュニティーが形成されていることが分かる。
どんな施設なのだろうと思い色々と見まわしてみると、板に矢印と文字が書かれている。どうやら案内板のようだ。建物の雰囲気で学校を想像したけれど、役所の方が近いのかもしれない。
中の構造も割と近いものがあり、建物の中にまた部屋が並んでいるようだった。
いくつかの部屋を横目に私を連れている鬼はずんずんと奥の方へ移動していくと、ある一室に入った。
部屋の中にまた仕切りがあり、部屋が区分けされている。仕切りにはガラスが嵌められており、窓のような形で向こう側を見る事ができる。
そこでは、屍者たちが目隠しをされ、身体を縛られ、座らされており、耳にはヘッドフォンをあてられている。
中にいる屍者らは呼吸以外を忘れたようにヨダレを垂らしたまま。
仕切りを行き来する扉の上にランプがある。
赤から青に切り替わると、扉が開いた。
鬼は私達を連れてそこへ入っていく、ここが目的地のようだ。
中にいた人間と連れてきた私たちを入れ替える。
彼らが何をされたのかを想像してしまうと、今度は自分の番だと直感する。
鼻が開き、呼吸が早く大きくなっていく。無い胃がキリキリと痛む感覚がある。
私の耳が上手く機能していないことは鬼が知っている様子はない。これなら大丈夫なのではないか。
すると、隣の話かけてきていた奴が、私の耳を引っこ抜いた。
―――なにしやがる。
抵抗することもできない。
今度は耳があった場所に、耳を突っ込まれる。
すると、私の耳に音が戻ってきた。
「すまへぇな」隣りからそう聞こえてきた時に理解した。この野郎は私と同じくこの後の事を想像したんだ。それで私の耳が聞こえていないことを何となく分かっていたから、無理矢理に交換しやがった。
私たちは前の人たちと同様に自由を奪われ、目隠しをされ、ヘッドフォンを装着させられる。
無いはずの横隔膜をひっくり返したような吐き気がストレスと共にやってくる。
すると、耳の中に聞き慣れた声が聞こえた。
なぜ聞き慣れたと感じたのかはわからない。どこか懐かしい声だった。
頭に浮かんだ顔を思い出そうとするが、どうしたって知らない顔だ。
「あんたは、誰だ。声が出た気がした」
私の声を無視してその女性は言う。
「○○、またそのまま寝ちゃったのね。頑張るのも良いけど風邪ひいちゃうから、ちゃんとベットで休みましょうね」
「あぁ、私は夢を見ていたのか、良かったひどい夢だったんだ」
彼女の手を取り立ち上がろうとした。
しかし、私の手がボロリと崩れ落ち掴むことができない。
はっとして彼女の顔へ視線を戻そうとすると、男の顔に変わっていた。
「お前はどうして、言うことを聞けないんだ。なんで私の言ったとおりにできない、このままではロクな大人になれないぞ、お前は私の後を継がなくてはいけないんだぞ」
「はい、言うこと聞きます」
―――ロクな大人ってなんだよ。大人ってなんだよ。
なぜだか反発するべきだと感じる。
目を開くと、扉があった。
トイレに座っているようだ。
扉がドンドンと叩かれる。
先程の声が扉の向こうで一方的に言葉を投げ掛けてくる。
「絵なんか描いて将来なにになる。無駄なことをする時間があるなら、勉強をしなさい」「お前は本当に私の息子なのか、いったいどうやったらこんな点数をとることができるんだ、私が嫌いか、だから言うことを聞かないしこんな点数をとって恥をかかせるんだな。他の子はもっと頑張ってるっていうのにお前は目を離せばお絵描きだ。今までお前にいくらかけたと思っている、失望させるんじゃない」
立て続づけに投げつけられた言葉で、一番最初に思ったのは、―――こいつ私の父親なのか―――だった。思い出せない。しかし、この声は言い返す気持ちが全く浮上してこない。
「一生そこにいるつもりなら、そうしてろお前なんていらん、糞と一緒に流れてしまえ」
胸が締め付けられる。呼吸が、言葉が、うまく出ない。口の中が乾き苦い匂いが侵食してくる。
扉が勝手に開いた。
やめてくれ、勝手に開けるな。今はだれにも見られたくないんだ。
ぐいっと髪の毛を捕まれる感覚がある。抵抗はできない。
私はいつの間にか机に座っていた。
誰かが私を振り向かせようと髪を引っ張った。
「お父さんから聞いたわ、成績良くなかったんですってね。怒られちゃったわ、私の教育が悪いらしいの。でも、お母さん頑張ってるわよね? あなたが言うことをちゃんと聞けないのよね?」
「なぜ、なんでお父さんの言うことなんで聞けないの? 私がお父さんから嫌われたらあなたどうしてくれるの? 捨てられたら一人になっちゃうじゃない、母さん、嫌よ。イヤイヤイヤイヤ絶対に無理、あなたが頼りなのよ。お願いよ、頑張って。もしお父さんに捨てられたら私あなたを殺して一緒に死ぬわ」
「分かったよ。母さん僕頑張るから、一緒にいてよ」
頭とは別のようで口が勝手に動いてしまう。
―――なんだそれ、勝手に一人で死んでろよ。
母さんだって? 笑える。どこが母親なのか、自分のことしか考えてないじゃないか。
自分を母と自称するそいつが部屋の外へ出ていくと、扉から光が溢れ視界は真っ白になる。
私はデスクの前にたっている。座っている人が振り返り、一瞬だけ目を向け、吐き捨てるように言う。
「努力が足りないんじゃないですか? 5時間やってできなかったら10時間やるんです。僕はそうしてきた。できないって言われても給料もらってるんでしょ? だったらできるまでやりましょうよ、ちゃんと結果を出してもらえませんか? これじゃあ僕の方が7倍は働いてますよ。あなたはどう思ってるんですか? いい加減にしてくださいよ、私が怒られるんですから」
誰か分からない。でも、この頭の薄い人はなんだろう、自分がいかに頑張っているか、周りに伝えたいのだろうか。
「はい、すみません」
―――やめろ、勝手に謝るな。こんな結果だけで判断する怠け者に謝る義務なんてない。
「早く偉くなろうよ、欲しいものとかあるんでしょ? 絵を描きたい? まぁ良いんじゃない? でもそうするにはさ、時間。時間がないとそういう趣味もできないでしょ? 先週ちゃんと家帰れたの何日よ。やめようよ、そういうのはさ。効率よくやらないと続かないよ。ほらこれから営業でしょ? 早くいかないとノルマ達成できないよ」
「はい、頑張ります」
―――お前は自分の頭は正常か我が身を振り返った方がよいぞ。
この偉そうなデブは誰だ。さっきの薄い人と関係あるんだろうか。まさか上司だったりするのか?
腹立つやつらだ。なによりも言いなりになっているコイツに腹が立って仕方ない。
こういった聞いているだけで疲れてくる罵倒が延々と繰り返された。
時間も分からず、空腹も感じず、ただ、ただ蓄積され続けていく。次第になにも考えられなくなっていく。
でも、最初に聞いた声は一体誰だったのだろうか、あれから一度も出てこなかった。
懐かしく。
暖かく。
全てを委ねたくなる。
任せたくなる。
生きていると感じる。
突然真っ白になり。じんわりと視界が戻ってくる。そこは鬼に連れてこられた部屋だった。
一緒に拘束されていたやつらは、みな放心状態になっており、脱け殻かまるで死んでいるかのような顔だった。
私から耳を奪い取った男もまた、疲れ果てた顔をしていた。
もしかしたら、幻覚剤みたいなものを打たれのかもしれない。
すべて夢か。
「次はエリアKで良かったか」
「ああ、そうだ。こいつらも異常は無さそうだ」
「しかし、首だけのやつなんて最初からエリアKで良かっただろうに」
「シェルにする必要あったか」
「閻魔さまもまとめた方が効率良いと考えたんだろう」
「動けないやつを動かなくしてどうするんだか」
「我々は与えられた役割をこなすだけだろう、そうすれば、ここで不自由なく生活はできるんだ」
「ちげーねぇ、カゴにまとめたから、持っていって良いぞ」
「ありがとうな、んじゃ。奥さんと三千代ちゃんによろしく」
今度はカゴの中のため、外のようすが分からないが、天井がなくなり、空が見えたことで、エリアKはきっとまた少し遠いところにあるんだろう。
カゴの中は静かなものだった。振動があると時折呻き声のようなものが聞こえる程度だ。
「このあと、どうなるんだろうな」
声の方を見ると、ほとんど死んでるやつが―――ここの人はみんな死んでるんだけど―――独り言のように呟いたのが聞こえた。
視線を向けると、それに気づいたようだ。
「あなた意識あるのね。わたしはきっと記憶が半分ぶっ壊れてて多少マシだったんだと思う、他の人ほど壊れなかったみたい。だから辛いの。あんなものを見せられて、聞かせられて、もう考えたくない。いっそこいらと同じに空っぽになりたかった。ごめんなさい。体をもらってほしいの、体が思い出しちゃう、温もり、冷たさ、気持ち悪さ、痛さ、それらが蘇らせる恐怖に押し潰されそうだ。もうなにもしたくない、できなくなりたいんだ。希望をみせられても、もっと絶望する。さっきから頭の中でリフレインしやがるんだ。ねぇ良いでしょ?」
良いでしょ? と言われても私には返事をする力もない、無言は肯定とみなされるのが世の常だ。世界は発言できる人とできない人の二つで構成させられている。
都合よく肯定と受け取ったようで、残された片腕で女は私の頭を掴んだ。
後頭部付近に衝撃があった。
すぐ横では、女の顔が転がっている。目をつむり幾分安心したような表情に見える。
羨ましいな。
新しく手に入れたボディは女性のもので、とりあえず残された手のひらで残された胸を揉んでみる。
どちらも触れた感触はある。
さて次の問題は……。
っていうか脚ないじゃん。
次回は「だてにあの世はみてねーぜ」
よろしくな!