飴玉がやっつ。
誰かに建物の中へと引きずり込まれたかと思えば、視界いっぱいに広がる布と洋服の数々。そのどれもが個性的で、色とりどりの空間に呆気に取られた。
「ごめんなぁ。急に引き込んじゃって。」
先程の声より少し低くなった声を聞き、私は咄嗟に「大丈夫です」と首を横に振り、後ろから聞こえた声の方を振り返る。
そこには、小さな動物の飾りを沢山つけたくせっ毛をフワフワと跳ねさせながら、私を深緑の瞳でジッと見つめてくる女性の姿があった。
「……あ、の…?」
あまりにも長く見つめてくるので、耐えきれずに声を絞り出すと、私の声が聞こえてないのか独り言のように「やっぱり!」と嬉々とした声をあげられる。
「アータ、キョウカによく似てるわ!」
「…え。」
キョウカの名前が出てきて思わず後ろを振り向くが、壁から顔だけ覗かせてるキョウカは、慌てたように首を横に振って指を前の方へ差した。恐らく、前を向けということだろう。
女性の方へ顔を向き直すと、キラキラと輝いた瞳を目が合った。
「アータ、オシャレとか興味無い?」
「おしゃれ…ですか?」
「そそ。服とか、アクセサリーとか!あ、あとネイルしても良いわね…。」
段々と声量が小さくなりながら、私の手を取りジッと爪を見つめる。爪なんて剥がされる時ぐらいしか見られないから、訳が分からず私は首を傾げてしまう。
「…あ、あの。お洋服でしたら、間に合ってます。」
「私にはこれがあるので。」とパーカーを少し摘んでみせると、女性は一瞬だけ不思議そうな顔をすると、優しく微笑み「そっか」と納得するような声を漏らした。
「思い出の服なんだね。」
その言葉を言われた途端、自分の中で時間がゆっくりになった気がした。
「……はい。」
私はその一言で答えることしか出来なかった。
お母様が初めて、少ないお金で買ってくれたこの水色のパーカーとピンクのスカートの組み合わせは、私にとっては唯一の形見と言ってもいいぐらいだ。
お母様を思い出せば急に寂しくなってしまい、服をつまんでた手をそのままギュッと握る。
「じゃあさ、」
女性は柔らかい手つきで私の長い髪を触る。それに反応し、私は少し俯かせていた顔を上げた。
次の瞬間、肩をガッと捕まれて好奇心に溢れたような表情と鉢合わせた。
「髪の毛だけでもいいから!!こんな綺麗な髪してるのに何も飾らないの勿体ないって!!ね!!」
「あの、」
「あ、知らない人に触られるのは嫌って?」
「え、いやそんなこと」
「私メイ!!柏崎メイ!!はいこれで知ってる人!!いいよね!!」
「えぇ…?」
私から困惑するような声が上がると、背中を押されて近くの椅子へと引きずられていく。押されるまま大人しく椅子に座れば、髪を手で触られたらしく、擽ったい感触が頭に伝わってきた。
「本当に綺麗な髪ねぇ。食べちゃいたい。」
「食べちゃダメで、すからね?」
食べたい発言に慌てて反論すると、「冗談よ〜」と言って笑われる。その横でポツリと聞こえた「メイならやるな…」というキョウカの呟きは聞き逃さなかった。