飴玉がひとつ。
外は心地良い風が吹いていた。まだ暗い町中を歩くと、思ってたより早く町の隅にある花畑に着くことができた。
目を軽く瞑ったが、今はそんなことをしてる場合では無い。とすぐに目を開けて、サッサと花畑に沿って森を目指す。
「ねぇ、ユキ。」
森だと思ってた場所は、小さな山だった。辺りを見渡すと、初めて見るものばかりで目を輝かせてしまう。
大きなT字の角をもつ生き物、大きく長い耳を持った白い生き物。…蝶々は毎年飽きるほど見ている。
ご飯を探していると、以前捨てられた本の中にあったキノコというものを見つけた。真っ白くて綺麗なキノコを地面から切り離すと、自分の髪色とキノコどっちがより白いか比べてみる。私の髪の方が白かった。
試しに一口齧ってみると、思ってたよりも美味しかった。久しぶりの食事を堪能しながら、私は奥へ進んでいく。
「お願いがあるの。」
少しずつキノコを食べながら山奥へ進んでいくと、女の子の声が微かに聞こえてきた。
「ったく、あのクソ野郎…。人使いが荒すぎんだろうがよ…。」
私は進めていた足を止めると、最後の一口を胃の中へ流し込む。聞いたことない声だった。
その場で動かないで声のやって来る方向を探してる内に、その子は姿を現した。
「……あ。」
「……ん?」
私とその子の声が重なったのは、目が合ってから数秒が経過したあと。
彼女の体は透けていて、奥にある草木をぼんやりと映していた。それは、名無しと同じ特徴だからよく知っている。
彼女は眉を顰めると、体を宙に浮かせながらこちらに近づいてくる。そして、あと数センチでぶつかる所でピタリと止まった。
「……見えてるのか?」
彼女の問いかけに、私は小さく頷いた。
「幽霊、です、よね?」と使い慣れない口調で問いかけると、今度は彼女が頷いた。
彼女が顔を離せば、私はすぐさま距離を取る。その様子を見てた彼女は、歯を見せて苦笑してみせた。
「なるほどな、幽霊の魂か。数こそ多くは無いが、こんな偶然もあるもんなんだな。」
彼女は勘違いしたのか、幽霊の魂という魂の名前を口ちするが、私は幽霊の魂など持ってなんかない。そもそもその魂の名前は聞いたことすらなかった。
勘違いを訂正しようと口を開こうとしたが、腕を掴まれる感覚がして反射的に口を固く閉ざしてしまう。
腕から伸びるものを辿れば、彼女と目が合う。
明るい笑みを浮かべるその顔に惹き込まれ、私は伝えたい事など忘れてしまった。
「俺はキョウカ。この山の奥にある村で、お前と同じ魂の奴と一緒に住んでんだ。」
キョウカは頭を少し傾かせて、その方向に村があるように示す。こういう時は自分も名乗るべきなのか考えていると、キョウカが「んで、お前の名前は?」と向こうの方から聞いてくれた。
「私は、ユキ、です。」
やはりまだこの口調は慣れない。後できちんと練習しなければ。
私の名前を聞いたキョウカは、嬉しそうに微笑めば腕からスルリと自然な動作で手を握る。
「ユキか。よろしくな!」
私は無言のまま頷く。ふと、勘違いを訂正したかった事を思い出して、次の言葉が出る前に口を開いた。
「あの、」
その声は若干裏返り、キョウカも私の声を聞くと微笑むのをやめ、キョトンとした表情をうかべる。聞く体勢になってくれたおかげで、私は随分話しやすくなった。
しかし、私という単語を声に乗せたあと、言葉を続けることが困難になってしまった。
「…おい?ユキ、大丈夫か?」
私が気持ち悪くて口を手で抑えると、異変を感じとってくれたのか、キョウカは優しい声色で声をかけてくれた。私はその問いかけに首を横に振って「いいえ」と言うように答える。
血が引いていく感覚を覚えながらその場にしゃがもうと足を引くと、ふわり。と体が宙に浮いた。
「ちょっと耐えてろ。村は結構近いから。」
そう言ってキョウカは、浮いたままかなりのスピードを出して移動する。私はキョウカの顔をボンヤリと眺めていると、少しずつ瞼が重くなってきて、気づけば視界は暗くなっていた。
「もう、終わらせてほしい。」