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木っ端未尽  作者: Ten10
木っ端怪談その2 囁き
8/11

木っ端怪談 囁き④

 

 陽は沈み、街に静けさと夜闇が訪れる。

 卯月神社へ続く道。そこで金属をこすれる音を立てながら歩くひとりの妖、蜻蛉がいた。周りの動物たちはその危険を察して、彼が近づくと恐れをなして逃げていく。

 昼間の時よりも身にまとう黒い霧は濃くなっており、もはや以前の彼の形を保っていない。


「……出迎えか。人数を揃えたところで結果は変わらんぞ」


 蜻蛉の行く手を阻むのは目有、かぞえ、仔犬丸、そして月葉神社からの助っ人の末風と茅だ。


「卯月神社だけはなく月葉神社の者までいるとは。俺にとっては心苦しいところだな」

「……カヤちゃん、あの神使のひと、知り合い?」

「いえ、自分は知りませんが……」


 お互いが戦闘態勢に入る前に目有が一歩前に出る。一度戦いが始まってしまえばそれを止めることはできない。話す機会は今しかない。


「蜻蛉殿、考え直す気はございませんか」

「ない。といっても、卯月様をどうこうするつもりもない。もう一度こちらの頼みを聞いてもらうだけだ」

「……聞き入れてもらえなかったときは」

「そんなことは考えていない。俺の熱意が伝われば、きっと卯月様も首を縦に振るはずだ」


 話は平行線。このままでは埒が明かない。


「……もうやめましょう、蜻蛉殿。今ならまだ取り返しがつきます」

「やめてどうする」

「以前のように酒を飲み交わしましょう。きっとその方が楽しい。そんな辛そうな顔してるよりよほどよいでありますよ」

「俺が辛そうか。そうか、そうかもしれないな」


 目有の言葉に自嘲気味に薄ら笑いをする蜻蛉。これはもしかすると戦わずともよいのではないかと、この場にいる全員が思った。

 だが、そんな考えはあまりにも甘すぎた。

 蜻蛉は皆の気が緩んだ次の瞬間には太刀を引き抜き、目有に向かって斬撃を放っていたのだから。


「俺が辛いというのなら、旧知の友を斬らねばならないからだろうな」


 本人が避ける間も、誰かが防ぐ間もなく斬撃は目有を切り裂き、彼を消滅させた。

 あまりにもあっけなく、そして無情な一撃に言葉を発することができない。だが、ここにいるのは単なる動物でも妖でもない。神使である。目の前の、この妖が敵であると認識するのに時間は要らなかった。

 奥で構えるひとりを除いては。


「ここからは言葉は不要。どうしても俺を止めたければ力を振るってみせよ」


 初めに動いたのは末風と仔犬丸であった。

 末風は鎖鎌を、仔犬丸は小刀を構え、それぞれ標的の左右から突撃する。


「止まっちゃだめだよ、丸ちゃん!」

「分かってる!」


 両者ともに優れているのは、その素早さだ。太刀が繰り出す大ぶりな一撃など恐るるに足らず。

 蜻蛉が身を一回転させての薙ぎ払いは容易に避けられてしまった。末風は上へと飛び、仔犬丸は地へ伏せてそれぞれ避ける。

 大ぶりな一撃は動作直後の立て直しにかかる硬直も長い。また一歩、彼女たちが蜻蛉の身体へ迫った。


「あわ、あわわ!」


 しかし予想外なこともひとつ。

 末風の跳躍があまりにも高すぎたこと。妖刀による身体能力強化の影響だろう。天高く舞い上がり、月とその影を重ねる。


「小娘が! 串刺しにしてやろう!」


 上空では逃げ場はない。蜻蛉が再度構えなおすと、空にいる末風へと一撃を繰り出す。


「あっ、でもこれは──」


 見える。

 末風の目には、目の前の敵がのろのろと動き、自身さえもゆっくりと落下しているようにしか見えなかった。

 蜻蛉が繰り出してきた突きを身をよじって紙一重でかわしていく。かすった頬からは血が出たが、そんなことは関係ない。落下の勢いに合わせ、自らを回転させて、蜻蛉の身体へ鎌を突き立てる。ばっくりと彼の肩が割れ、中から黒い霧が飛び出す。


「こんなことで、俺が止まると思うなよ……!」


 鋭く大きい一撃だったのにも関わらず、蜻蛉はその動きを止めない。傷もいつの間にか塞がっている。彼の持つ妖刀の力であることは間違いない。

 そんな状況でも末風の思考と感覚は澄んでいた。いつもの落ち着きのなさはどこかへ引っ込み、ただ目の前の()()を切ることだけが頭の中にあった。もはやそれは鼬ではなく、()()()()()に近い存在なのかもしれない。


「すごい。これが本当にさっきまでのあの子なの」


 かぞえはもはや戦いを眺めることしかできなかった。もともと戦闘する力がない上に、ここまでの正面切っての斬り合いでは自らの矮小な能力が介在する余地はない。

 そして同じく後方で待機する茅もまた、弓矢をつがえたまま動かなかった。


「……蜻蛉さん」


 彼女の顔に輪郭に沿って一筋の冷や汗が流れる。

 正直に言ってしまえば、射る機会はいくらでもあった。それでも射ることができなかったのは、目有が斬られてもなお、蜻蛉という神使の仲間を殺すことに躊躇があったからだ。初対面だろうが関係ない。あそこにいるのは禍々しい力を得ても尚、神使の使命を自分なりに果たそうとする者だ。

 だが早く末風たちを援護しなければならない。そんな考えばかりが焦って、足と手が震えてしまう。


「末風ちゃん!」


 小さな鼬と犬が傷をすぐに修復する化け物と相対するのは無謀であった。拮抗してたのは、末風の集中力が続いていたからに他ならない。だから戦いが長引き、一度でもその集中が切れてしまえば。それは末風たちにとって致命的になる。

 仔犬丸が吹き飛ばされ、末風に凶刃が迫る。

 そこでようやく茅の一撃が放たれた。


「ごめんなさい」


 矢はまっすぐ標的へと飛び、その大柄な身体を貫いた。胸の鎧も背中も鎧も砕け散り、その身体には景色の向こう側がはっきりと見えるほどの大穴が空いていた。

 もう助からない。鬼と言えども、木っ端怪談に属する程度の弱小な妖。いくら妖刀の力を得ようと、致命的な怪我をどうこうできるとも思えない。

 蜻蛉の身体が前へと傾く。地面へと伏して動かなくなる。誰もがそう考え、安堵の息を漏らす。

 しかし彼の身体を射抜いた本人だけは息を吞んでいた。


「駄目です! まだ、まだ終わってない!」


 蜻蛉はいきなり前方へと飛び出した。地へ伏せるのではなく、離れた場所にいる最も邪魔な敵、茅を消すためだ。

 茅も急ぎ二の矢を放つが、それはあっさり避けられてしまう。三の矢をつがえる前に、膝蹴りを喰らい弾き飛ばされてしまう。地面を二転三転してもなおも転がる。なんという重い一撃。みぞおちに入ったせいで呼吸すらままならない。


「あなたの相手はこっちだよ」


 追撃を加えようとする蜻蛉が前に進めなくなる。彼は右腕を見ると、そこには鎖が絡まっていた。

 しかし大穴が空いてしまった身体とは思えないほどの力で逆に鎖ごと末風を引っ張り、振り回し、地面へと叩きつける。

 少女の小さくよわよわしい悲鳴が聞こえ、そしてなにも彼女から聞こえなくなった。


「あんた、まさか」


 あれだけ優勢だった月葉神社の助っ人がふたりともやられ、残るはかぞえのみ。

 一歩ずつ近づく蜻蛉に驚きを隠せない。生きている者なら、身体にあんな大穴を開けられて無事で済むわけがない。

 だから、その答えはひとつしかない。


「そうだ。俺はもはや、妖でも、神使でもない。俺は──」


 例え裏切っていたのだとしても良かった。仲間が生きててくれるなら。


()()()は、単なる()()だ」

 

  


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