木っ端怪談 囁き③
蜻蛉の尋常ならざる力。
その根源が持っていた刀にあることを目有は見抜いていた。あの刀さえなんとかしてしまえば、元の蜻蛉に戻れる、そう信じていた。
ならばどうするか。原因が不可思議な力を持つ武器であるのなら、そういった『妖刀』を専門に扱う者に聞くべきであろう。
「で、アタシのところに来たってわけか」
目有、かぞえのふたりは月葉神社の近くにある工房百刀に訪れていた。目的はもちろん工房長の鉄花に妖刀の対処法を聞くためだ。
冬だというのに工房内は熱風が吹いていた。十中八九、鉄花がいる鍛冶場の火がごうごうと今も燃えているせいである。
「お前らの話を聞く限りは間違いなく妖刀だ。百鬼夜行のどさくさに紛れて拾った可能性も頷ける」
黒い霧を刀や鎧に集めて本人ではない力を発揮していたことを説明すると、鉄花は思案する。
いくつかの撃退法は思いつけど、どれも実用性は低い。なによりも時間がない。卯月神の言う通りなら今夜にでも再び現れるそうなのだ。準備のかかることはできない。
「まあ手っ取り早くて一番簡単な方法はある」
「ほう。それはいかに」
「より強い妖刀をぶつけんだよ」
強き力には、より強い力で対抗する。古来より伝わる単純明快でこれ以上にない名案であろう。
そんなことができるのなら、の話だが。
「といっても妖刀を扱うなら、それ相応の力量が必要だぜ。力に吞まれたら蜻蛉とかいう奴の二の前だ」
「……」
目有とかぞえは互いを見る。しかし何度見ようと、どっちも木っ端怪談。戦闘力は皆無。例え妖刀の力に呑まれなくても使いこなせないのは必定だ。
唯一戦闘もこなせる仔犬丸は神社内で負傷中の身。無理はさせたくない。
「チッ。仕方ねえな……。おい、そこにいるんだろ!」
鉄花は物陰に向かって叫ぶ。そこからおずおずと出てきたのは女の神使ふたり。背が高く、髪を後ろで一つ束ねにしてるのがひとり。もうひとりは背が低く、あちこちに絆創膏を貼って生傷が絶えない小娘。
「ありゃ、バレちゃったよー、カヤちゃん」
「すみません。盗み聞きするつもりはなかったのですが……」
背の低い方は末風。月葉神社所属の鼬の神使である。神使としての経験は浅いものの、度胸と愛嬌だけは仲間の誰もが認める期待の新人だ。
背の高い方は鞍掛 茅。同じく月葉神社所属の馬の神使。緊張癖があるのがたまにキズだが、責任感のある良識的な神使である。
「おおかた、再開した工房が気になって来たってところだろ。別に咎める気はねえよ」
「えへへ……」
末風は舌を出して笑って誤魔化す。それを見て鉄花はやれやれとため息をこぼす。
ちなみにこのふたり、末風より鉄花の方が背が低い。端から見ると怒られているようにはちっとも見えない。
「で、本題だ。妖刀に興味があるんなら、アタシが貸してやるから一丁コイツらを助けてやれねえか?」
「わたしはいいよー」
「末風ちゃん、駄目ですよ! 妖刀は危険なんです。それに自分たちじゃ卯月神社の神使を倒すなんてとても」
即答した、といっても向こう見ずなだけだが、末風とは対照的に茅の方は消極的だ。このままほっておくと事が次から次へと進みそうな為、茅は末風の小さな肩に手を乗せて制止する。
「アタシはそう思わない。末風はな、最近五宮の連中と協力して百鬼夜行の妖を倒したって聞いたぜ」
「おおきい蛙をたおしたんだよ!」
末風はそう言うと、腰に手を当ててほぼ90度まで身体を反るほど胸を張る。
「茅、お前もそうだ。実力はあるんだから妖刀ぐらいにビビッてどうする。裏で練習してるだけじゃ意味がないぞ」
「むぐっ」
痛いところを突かれたのか、茅は黙り込んでしまった。
ともあれ、反論がないところを見るに助力してくれるようだ。戦いに不向きなふたりだけではいかんともしがたかった故に、この助力はとてもありがたい。
「おおっ、助かりますぞ。茅殿、末風殿、どうかよろしくお願いします。報酬には神使も一口で気絶する甘い不思議なお酒をば」
「ちなみにアタシらのかわいい子たちになにかしようものなら、どうなるか分かってるな」
「……ではなく、希少な甘味をつけましょう。ええ。もちろん」
鉄花の凄みで目有はすごすごと地に伏せる。所詮は手だけの妖。ここにいる者の誰にもかなわない。
「といっても今から作ってたんじゃ間に合わん。今回はふたりの武器に魂を合成する形でいくぞ」
「それは大丈夫なんですか。自分の弓が壊れちゃったり……」
「一時的な符合だから安心しろ。解号すれば力ごと消える。身体能力の強化と……そうだな、解号時に一度だけ使える異能もつけておくか」
鉄花は早速ふたりの武器に合いそうな魂の厳選に入る。本人の身体や武器の相性も大事だが、異能も付与するとなると、相手の相性までも考えなければならない。
「……目有。卯月は本当に『自分には資格がない』と言ったんだな」
「? ええ、そうですな」
「ふぅん。じゃあ念のため、この異能でも混ぜ込んでおくか」
魂の入った壺をいくつか取ると、早速合成の仕事場へ向かう。
「さあさ! こっからは鉄花ちゃんの秘伝の合成術だぜ!」
既に外の陽は真上を過ぎている。蜻蛉が再び来るまでの時間に、そう猶予はない。