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木っ端未尽  作者: Ten10
木っ端怪談その1 ついてくるもの
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木っ端怪談 ついてくるもの③


「ったく、なんでオレがこんなことを」


 日が沈み、秋の寒さが身に染み入る頃──仔犬丸はひとりボヤいていた。

 仔犬丸は今こそ女子学生の姿をしているが、れっきとした動物、犬の神使のひとりである。神使になってから日が浅く、まだ重要な仕事を任されてはいないが、仕事熱心な神使だ。

 しかしそんな彼女でも囮という役割は非常に面倒だと感じてしまう。


「だけど目有じゃ無理だから仕方ないわな」


 目有と仔犬丸が退治を任された怪異の詳細はこうだ。

 夜の学校の帰り道、ひとりで帰っていると背後から誰かがつけてくる気配を感じる。振り返れど誰もいない。気にせず歩いていると、足音が迫り息遣いまですぐそばに寄ってくる──。

 被害の情報に差があれど、だいたいはこんなものだ。直接的な被害は誰も被ってはいない。

 厄介なのはひとりの時しか出てこないということ。手だけしかない目有と、きちんと人間の形を取れる仔犬丸。どちらが囮になっておびき出すかは明白だ。


「だからといってサボってるわけじゃねえよな、あいつ」


 目有は少しどころか、おおいに仕事に不真面目。どこかでまた飲んだくれていてもおかしくはない。

 一応『もし追い詰められたのなら背を向けず、向き合うように』と助言をもらったが、どこまで役に立つことやら。


「……来たな」


 街灯が点滅する。静かな町が、より一層夜の闇に沈んでいくのを肌で感じた。

 振り返ってみれど、案の定誰もいない……はずだった。


「いるじゃんか」


 黒いモヤに包まれた人型が仔犬丸の方へゆっくりと歩みを進めていた。

 情報と違うが、被害に遭っていたのはいずれも人間。もしかすると神使だから見えているだけなのかもしれない。


「それならそれでいいんだけど、な!」


 迂闊。仔犬丸の行動はその一言に尽きる。

 唯一の得物である小刀を黒いモヤに向かって投げつける。噂通りの雑魚ならば脳天に直撃し、消滅するはずだ。

 しかし黒いモヤは小刀を払いのける。霊退治の力を込めているので、触るだけでも雑魚なら致命傷になるというのに、目の前のモヤは意にも介さず足の進みを止めない。


「まさか、成長してんのか」


 得物を拾いに行くこともできず、逃げるしかなかった。犬だけあって足の速さには自信があったのに、モヤは仔犬丸と同じ速さで迫ってくる。絶対に逃がす気がない。

 やがて彼女は行き止まりに追い詰められる。無鉄砲に攻撃し、無計画に逃げたツケが回ってきたのだ。


「す……だ……。にげ……ない……で」

「なに言ってんのか、全然分からねえよ! こっちに来るなって!」


 黒いモヤが手を伸ばす。思わず背を向けてしまいそうになる中で、目有の言葉だけを信じていた。

 後ずさる仔犬丸の背中が壁に到達してしまう。もはや逃げられる空間はない。背中と壁はピトリとくっついているのだ。だからそこには──



 誰もいないはずであった。



 手、手、手。無数の手が仔犬丸の背中から伸びてくる。

 すぐそこまで迫ってきた黒いモヤを無数の手が掴み離さない。モヤは暴れるが、数が多すぎる。やがて身動きが取れないほどに抑え込まれてしまう。


「目有……!」

「ご名答。よくぞ背を向けませんでしたな、仔犬丸殿」


 無数の手に一瞬ギョッとしたものの、雰囲気で目有なんだと感じ取れた。

 目有という妖は誰もいないと思われている場所に出てくる人間の身体である。だからこそ人間がとうてい存在することのできない背中と壁の間から生えてくることができたのだ。


「さあさ、我が抑えている間にバッサリとやってしまってくださいな」

「……それが小刀を途中でなくして」

「なんですと」


 仔犬丸が取りに行くことはできない。誰もいるはずのない空間だから目有はここまでの手を生やせているわけであって、壁から離れれば手は消えてしまうだろう。

 かといって目有の手は常人の手ほどしか伸びない。とても遠くに落とした小刀を拾うことなどできない。


「役に立たないな、この木っ端怪談!」

「仔犬丸殿に言われたくないでございます!」


 控えめに言って詰みである。もちろん目有と仔犬丸の方の。

 このままでは目有の体力が先に切れてしまう。それではふたりともモヤにやられてしまうだろう。目有はどうにかして仔犬丸だけでも逃がせないものかと思っていると。


「まったく、やっぱりあたしがいないと駄目だね」


 一刀両断。小刀によって頭から股先までを切り裂かれ、二つに別れた黒いモヤが霧散していく。これにて退治完了であった。

 モヤが完全に消えた先から現れ、月と街頭に照らされるのは学生服を着た女性の妖。


「かぞえ殿!」

「仲間の認識も阻害しちゃうのがアタシの厄介なところだね」


 そう、囮はもともとふたりいたのだ。かぞえの妖としての能力で認識阻害を起こし、『ここにいる学生はひとりだけ』と全員に思わせた。

 もちろんそのひとりがかぞえになるか仔犬丸になるかは分からなかったが、もう片方がフォローに入れば良いだけ。釣られた時点で、ほぼほぼ勝ちが決まっていた作戦だったのだ。


「かぞえ殿~! ひとつだけお伝えしたいことが」

「うんうん。あたしにちゃんと感謝しなよ」

「いくらなんでも制服姿は無理があるのでは」


 この後、目有が見るも無残なボロ軍手のようになったのは言うまでもない。



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