木っ端怪談 囁き 蛇足
雪は降り積もり、昨晩の戦いの場も白く染めあげていた。
もう誰も用がないはずなのに、ひとりの着物をきた童が訪れていた。
童が手をあげると、地面や空中から糸が集まってくる。
彼の名は『糸紡ぎ』。感情の糸を集め、それを他者に与える妖である。以前の事件から正直目有が追いかけていたソレである。
戦いの場には多くの感情が発せられる。それらを糸として回収した糸紡ぎはその場を離れようとするが、なにかに気づいたようで足を止めた。
──誰かに見られている。誰もいないはずなのに視線を感じる。そのような現象を引き起こす妖はひとりしかいない。
「ようやく会えましたな」
物陰から姿を現すは正直目有。
蜻蛉の起こした最後の暴走、あれの直前に糸が蜻蛉の身体に絡みついてきたのを目有は忘れていなかった。きっと糸紡ぎは、糸の回収に来ると踏んで張り込みを続けていた。
「もうやめた方がいいですぞ。死んだ神使の魂を愚弄されて、三大社はお怒りです。これ以上は悪戯ではすみませぬ」
「ふうん。悪戯じゃないんだけどな」
目有の忠告もどこ吹く風か、糸紡ぎは笑って受け流す。
「でも俺のおかげで、お前たちはあいつらの最期の言葉を聞けたわけじゃん。俺は別に敵対したいわけじゃないよ。ただ残された想いを伝えようとしただけ」
それが良きことになるか悪しきことになるかは、自分の知ったことではないけど。
そう付け加えた糸紡ぎは目有を凝視する。
「それよりもお前についての方が興味あるな」
「我、でございますか」
「うん。だってお前、最初の一撃をちゃんと喰らったよな。なんで死んでないんだ。不死身というわけでもあるまいに」
「……企業秘密でございますな」
「まあいいや。どの道、俺たちの敵じゃないし」
童は興味を失ったかのように背を向けて立ち去っていく。
目有には止める力はない。こうして糸紡ぎの存在を確認できただけでも上出来だろう。
「じゃあな木っ端怪談。次は文字通り木っ端微塵にしてやるよ」
そう言って糸紡ぎは姿を消した。
目有は笑わず、その拳を握りこんで震わせるばかりであった。
──木っ端怪談その2 囁き 了