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かえる王子と魔法使いとかげ(1/3)

 

  ——私は、王子である。


 そう言うと皆、ふんと鼻で笑い飛ばすか、世にも気の毒なものを見るような視線を向けてくる。だが、それは紛れもなく事実なのである。

 

 嘘だと思うのなら、我が国の系図を紐解いてみれば良い。


 私の先祖を遡っていけば、伝説の龍を倒すといって冒険の旅に出た(そしてそのまま帰ってこなかった)龍王や、優れた王の血筋を残したいと三十名の妻を娶った(そして七十名以上の子を成した)鼠王にぶつかるはずだ。もっとも、系図を紐解くことが許されているのは一握りの人間だけ。実のところ、私も開いたことはない。


「というかフローって本当に王子なの?」


 美しい爪に赤い色を乗せながら言ったアリスさまの言葉に、私は驚いて飛び上がった。だが、アリスさまの美しすぎる宝石のような瞳は私を映してはいない。彼女は自分の爪先に視線を落としたまま、飛び上がった私に気づいてもくれなかった。私は彼女の視界に入る場所に移動してから、ぴょんぴょんと自分の存在を主張する。


 まさかそこをお疑いでしたか?

 

「普通は王子が消えたら騒ぎになると思うのだけど」


 もちろんもちろん、私が王宮から姿を消したことはきっと大騒ぎになっているはずですよ。


 なにせ自分で言うのもなんだが、美しく年頃の王子である。この美貌に一目惚れをして、自分のものにしたいと考える人間は男女問わずいてもおかしくはない。拐かされ地下牢にでも閉じ込められ、とても口には出せないような辱めを受けているのではないかと、きっと今ごろ王宮総出で涙しながら探してくれているはずである。


 ——実際に美しい魔女に捕らえられて、辱めを受けておりますし。


「はずかしめ?」


 美しいアリスさまの前でこんなかえるの姿をさらしていることに、さすがの私でも多少の羞恥はあるのですが。


「ああ、いつも全裸だものね」


 全裸?


 言われてしまって、私は思わず白い腹を見下ろした。そしてなんとなく、腹を隠すよう四肢をついて地面に伏せる。そうするとまさしく本物のかえるのような格好になってしまい、悲しくなった。


 かえるの姿に全裸などという艶かしい単語を使わないでほしい。


「王子が消えたなんて噂も聞いたことがないわよ」


 そんなアリスさまの言葉に私は目を丸くしてから首をかしげる。


 それならばまだ気づかれていないのだろうか。私はたびたび王宮を出て他国の姫達に会いにいったり、プレゼントを買いに行っていたし、そもそも王宮を出るときには雪兎の毛皮を狩るといって出てきたのだ。一年以上は経っているが、もしかしたら周囲はまだ私が雪兎を追っていると思っているのかもしれない。


「……随分と愛されているわね」


 そうでしょうそうでしょう。なにせ私は国王陛下の好きな王子ランキングで十位入賞を果たしたこともある王子ですから。


「なんにん王子がいるのよ」


 そう言ってアリスさまは少しだけ眉を動かした。


 そんな表情もうっとりと見とれてしまうほどにお美しい。もともと神様が作ったとしか思えないほどに美しい彼女の容姿は、アリスさまが表情を動かすことでさらにキラキラに輝くのだ。まるで生命の神秘である。そんな彼女が、私の家族のことまで知りたくて知りたくてたまらないというのは、何という光栄でしょうか。


 青い宝石のような透明で澄んだ涼しげな瞳が、私の体を溶かすようにじっと見つめてくる。赤くて艶かしい唇が開かれたのだが、彼女の美しい声は私への愛を囁いてはくれない。


「あなたの兄弟の数なんて全く興味ないわね」


 全く素直ではないアリスさまである。


「むしろ国王の好きな王子ランキングなんてものを、誰がどのタイミングで発表するのかの方が気になるけれど」


 それはもちろん陛下が発表されるのですよ。毎年、年の瀬に王子王女が集められる宴会があるのです。そこで発表されるランキングで、次の一年間の王位継承順位や食事や衣装の豪華さが変わるので、みんな必死なのですよ。最下位になると、部屋が庭にある愛犬とのシェアハウスになってしまいますから。


「楽しそうな王宮ね」


 そうでしょうか。昨年は二十四位だったのでコートの裏地とブーツの中敷がなくて寒かったのですよね。やはり陛下に貢物をしないと順位は伸びないようで。だから寒くて雪の中で遭難していたのですが。


「二十四位って、なんにん王子がいるのよ」


 やはり私のことが知りたいのではないですか。ああ、そんな顔をしないでください。


 王子は三十五人程度だったでしょうか……いえ四十人くらいはいましたか。毎年のように弟が生まれていたので良くわからないのですよね。同じ年の王子王女だけで五名いますよ。なにせ陛下には子供が七十人以上いますから。歴代国王陛下の中でも無類の女好きで名高い鼠王とは我が父のことです。


「血は争えないわね」


 ん? 私のことを言われています?


 失礼な。私は生涯アリスさま一筋ですよー。アリスさまがいれば、他の女性など芋か石ころにしか見えません。ああ、アリスさまとなら子供は何十人作っても……ってアリスさまどこに行かれます?


「くだらない話を聞いてたら眠くなってきたわね」


 上品で美しいあくびをしながら、アリスさまは立ち上がる。


 ちょっと待ってください、今いいところで——はっ、いいところ。もしや眠たいというのは、私をアリスさまのベッドに誘ってくださっているということでしょうか。いいえ、みなまで言わずとも大丈夫です、アリスさま。心の準備もシミュレーションもいつでも出来ております。なんなら脳内リハーサルまで。


 ぱっと頰を赤らめてアリスさまを見上げた。


 つもりだったのだが、すでにアリスさまは本当に部屋を出ているところだった。私は慌てて彼女の後をびょんびょんと跳ねて追いかける。が、バタンと閉じられたドアにぶつかってぽてりと落ちる。痛い。


 アリスさま、私はここですよー。


 虚しく呟く。だがもしかしたら、ステッキを持ってきて私を人間に戻してくださろうとしているのではないだろうか。もしくはやはり恥ずかしくて心の準備をしているのかもしれない、と。


 私は朝までじっとドアを見上げて過ごした。

 ——私が国王になれば忠犬八王とでも呼んで欲しい。


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