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かえる王子とかえる(2/3)


 ぱちり、と目を開けるとそこには鏡があった。

 首を傾げると、目の前の青い顔も小さく首を傾げる。光をはじく大きな黒い瞳には、見慣れてしまった自分のかえる姿が映っていた。自分の目の中にも同じ光景が映っているのだろう。私はきょろきょろと部屋の中を見回し、さらに首を傾げる。


 私の生まれ育った王宮ほど大きくも立派でもない部屋だが——何度も言うが、私は本物の王子なのである——随分とサイズが縮んでしまった今では気が遠くなるほど広い。窓からドアまで移動するだけで、間にティーブレイクを挟みたくなるほど遠いのだ。


 が、アリスさまとひとつ屋根の下で暮らすようになってもう一年である。玄関の隅から、アリスさまの部屋のクローゼットの中まで、私に知らぬ場所などない。一度、アリスさまの下着が入っている引き出しに落っこちてしまい、罰として丸一日逆さ吊りにされた私が言うのだから間違いない。


 だが、こんなところに鏡などあっただろうか。


 私はまじまじと目の前の顔を見つめる。緑色の肌。大きな黒硝子のような真ん丸の瞳。口を開けると、真っ赤な舌が現れる——はずだったが、私が口を開けているにも関わらず、目の前の鏡に映った顔は口を開けようとしなかった。


 ???


 丸い目をさらに丸くする。何だこの鏡は。


 そう呆然とした私をよそに、鏡に映った私は、なんとその場からジャンプした。驚いて、私の心臓も同じように口からジャンプしそうになる。いや、決しておおげさじゃない。本当にそれくらい驚いたのだ。王子というのは本来、繊細な生き物なのである。生まれたときから真綿にくるまれ箱に入れられて、それはもう大切に大切に育てられてきた。それが何の因果か、かえるに変えられ足で踏みつけられるようなことになっているが、私が人一倍デリケートな心臓を持っていることだけはご理解いただきたい。


 そんなことを考えていると、だんだん冷静になってくる。そこで気づいた。


 なんてことは無い。そこにあったのは鏡などではなく、本物のかえるであったのだ。床に向かってジャンプしたかえるは、自分の身長の何十倍もある高さをものともせず、見事に着地する。紛れも無く、正真正銘のかえるである。かえると自分とを見間違えるなんて、何たる不覚であろう。立派な王子であった頃の自身の姿を思い出して、何だか泣きたい気分になった。だめだ。このままでは身も心もかえるになってしまう。


 ——そこまで考えて、私ははっとした。


 ここはアリスさまの屋敷である。はたして、普通のかえるなど紛れ込んでくるだろうか。


 アリスさまといえば、あくまで正体が不明とされながらも、稀代の魔術師として国外に名がとどろいているほどの魔女である。彼女の視界に入ったものは子供だろうが動物だろうが生きて帰れないと言われてさえいる、悪名高い魔女でもある。もちろん、私だけはアリスさまがそのような極悪非道な魔女でないことは知っているが、まあ、性格が多少——というか思いっきり、曲がっているのは否定できない。


 私は慌てて、びよんびよんと床を飛んでいくかえるの背を追った。


 もしかして君も、アリスさまにかえるに変えられたのか?


 声をかけると、彼はぐるりと首だけで振り返った。何も答えはしなかったが、その憂いを帯びた黒い瞳に、私は確信する。彼も私と同じように、元は人間だったのだ。なんということだろう。このようなおぞましい悲劇に見舞われた人間が、私以外にもいたなんて。


 可哀想に。


 君の気持ちは良く分かる。と言うより、他の誰に私たちの気持ちが分かるだろうか。突然、人間以外のものに変えられてしまった衝撃。しかも、美しい彩鳥や白馬などではない。かえるなのだ。かえる。どれだけ泣ける童話の中にも、どれだけ残酷な寓話の中にも、こんなに不幸な話があっただろうか。


 そこまで訴えてから、私は急に不安になった。そもそも、私はどうしてこんなカエルの姿にされたのか——。


 もしかして君も、アリスさまを狙ってるのか?


 私がかえるに変えられたのは、美しすぎるアリスさまに一目惚れし、迫って迫って迫りまくったからである。もっとも、私が最初に変えられたのは子豚や鶏だったが(彼女はにっこりと笑ってクリスマスのディナーにちょうど良いわと言った)何にせよ、彼がかえるに変えられたのも、同じ理由からではないだろうか。何せアリスさまは美しい。見るもの全てを虜にするような魅力がある。森深くに迷い込んできてしまった憐れな男が、その魔力に囚われなかったはずがない。


 彼はびょんと机に上がって私を見下ろした。


 それが私をあざ笑っているように見えたのは、きっと私の気のせいではないだろう。彼は明らかに、私に宣戦布告をしていた。どちらがアリスさまにふさわしい男かどうか——。


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