わるい王子とやさしい魔女(2/3)
アリスさまはすぐ目の前の私の顔を、やはり驚いたように見上げていた。丸くなった青い瞳に私の顔が映っているのが見える。私は口の端を上げて笑んで見せているつもりだったのだが、瞳の中の私は泣いているように見えた。
しばらく黙って見つめあっていたのだが、やがて首に触れている私の手のひらに、彼女の指先が当てられる。それにどきりとしたのだが、かけられた言葉にはさらにどきりとした。
「それならいますぐ殺してくれる?」
胸の痛みを隠しながら、私はなるべく平然とした声を出した。
「どうして死にたいのです?」
「あなたになら殺されてもいいと思ったから」
アリスさまはそう言って、彼女の首に触れる私の手を掴んだ。
「生きているのもね、なかなか疲れるのよ。周りはどんどんと死んでいくし、いちいち悲しむのにも疲れるの。大切な人が命を落とすたびに、今度こそ後を追おうと思うのだけど、自分ではなかなか思いきれないのよね」
長い睫毛が彼女の美しい瞳をかげらせる。口調や声音こそ軽いものだが、軽々しく口にしているわけではないだろう。あっさりとした言い方だからこそ、彼女の絶望が見える。
「……アリスさまは死なないのですか? 何百年生きていても?」
「さあ。寿命があるのかもしれないけれど、それがいつなのかも分からないわ。みんな言うほど長生きはしないの。魔女狩りのようなことで殺されたり、流行り病にかかって命を落としたり、生きるのに飽きて自ら命を絶ったり。だからもしかしたら私もそろそろ老衰するのかもしれないし、運が悪ければあと千年は生きるのかもしれない」
自分の寿命が分からないというのはたしかに怖い。何の心の準備もできないし、逆にすぐに死ぬかもしれないなどと思いながら、何百年も生き続けるのも辛い。
そして大切な人と二度と会えないことを悲しみながら、何百年もの時を生きるというのは想像を絶することだ。私はアリスさまに会えなかった何週間かだけでも、息をするのが苦しいほどに辛かったのだ。
アリスさまが私をどの程度、大切に思ってくれているかは分からないが、少なくともその死を見たくないとは思っていただけていたのだろう、と思う。そうでなければ、わざわざ王宮まで送り返す必要などない。長い旅のしばしの会話相手として、かえるのまま部屋なりケージの中で飼っていれば良いことなのだ。
そんな私がアリスさまのそばにいたいというのは、完全なる自己満足なのかもしれない。私は死ぬまで彼女と一緒にいたい。だが、彼女は私が死んだ後にまたひとりきりでこの場所に取り残されるのだ。
それがきっと、アリスさまには辛いのだろう。
「アリスさまは偉大な魔法使いなのでしょう。私を魔法使いにしていただくことは出来ないのでしょうか?」
私の言葉にアリスさまは驚いたような顔をしてから、怪訝そうに眉根を寄せる。
「魔法が使いたいの?」
「魔法など使えなくても良いですが、アリスさまと生きられるだけの時間が欲しいのです」
アリスさまは驚いた顔をしてから、すぐに苦いものを飲み込んだような顔をした。しばらくしてから彼女は息を吐きながら声を出す。
「あなたは歳を取らないということがどのようなことか、想像できていないからそんなことが言えるのよ。昔にも不老不死を追い求めていた国王がいたけれど、最後は私に呪詛のようなものを吐きながらどこかに消えていったわ」
それを聞いて、我が国の系図を思い出した。たしかに先祖には不老不死を希って、それを得たとされる不死鳥王がいる。百年ほどは大人しく玉座に収まっていたらしいが、いつの間にか国政を放り出して姿を消したとされている。
周囲が死んでいくということに耐えられなかったのか、それとも単純に国政に飽きたのか。何にせよ寿命が定まっているからこそ生きていけるのであって、いつ絶えるともしれない命はただ手に余るのかもしれない。
「それでも私はアリスさまと一緒にいたいのです。アリスさまと飽きるほどに一緒にいて、アリスさまの寿命が来たら手を繋いで見送って差し上げますから」
命があるのだから、きっと限りはあるはずだと私は思う。そうでなくとも病にかかれば死ぬ可能性もあるのだ。人と同じように優しくて弱くて寂しがりのアリスさまが、不老不死の完璧な神のような存在では絶対にない。
私の言葉に、アリスさまが青い瞳を揺らす。
「そして私が死んだら? あなたは一人で永遠の時を生きていくの?」
「その時はアリスさまの後を追いますよ。私はアリスさまなしではとても生きていけませんもの」
床にたたき落としていたはずの魔法のステッキは、どういう魔法かいつの間にか彼女の手の中にある。私は彼女の小さな拳の上からそれを握りこみながら、アリスさまの額に口付ける。
「——仮に何度ここを追い返されても同じです。私は死ぬまでアリスさまの後を追いかけ続けますから」




