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ただの王子と永遠の魔女(3/3)

 

 同じ魔法使いの嗅覚というものが本当にあるのか、あれほど探しても全く見つからなかった屋敷が目の前に現れた。アリスさまの屋敷には一年以上滞在していたのだが、屋敷をこうして外から人間の姿で見るのは二度目だった。一度目は視界もろくにきかない吹雪の中で遭難していたため、こうしてまじまじと見たのは初めてだ。


 いつから建っているのかはわからないが、さほど古さは感じない。中にいた時には途方も無いほどに広い屋敷だと思っていたが、外から見れば小さな建物だった。中にいるときは大半をかえるの姿で過ごしていたからか。それとも大きな王宮に目が慣れてしまったからか。何となく温かそうな屋敷に見えるのは、煉瓦造りの赤い外壁がそう見せるのか、そこにアリスさまがいると思っているからか。


 玄関についた立派なドアノッカーを使って音を立てる。


 どんどんと鳴った金属の音以上に、自分の心臓が音を立てている気がする。もしかしたらアリスさまは出てこないのではないかと思ったのだが、中から足音のような物音がした。玄関が開いて、そこから見えたアリスさまの姿に、心臓が止まるかと思った。


 美しく流れる金髪に、小さく華奢な体。白い陶器のような肌に埋め込まれた青い瞳が、驚いたように開かれる。玄関から流れてきた温かい空気とともに、アリスさまの香りがした。頰にのったわずかな赤が、少しだけ赤くなってから白くなる。


 アリスさまの顔は怒っているような、悲しんでいるような、そんな表情だった。


 急にその顔が見えなくなり、鼻先を掠めるように勢いよくドアが閉められた。がちゃんと重い音がして、鍵が下されるのが分かる。思わずノブに手をかけるが、回しても空きはしない。一瞬だけ見えた表情にひどく心が痛むのを感じながらも、声をかける。


「アリスさま」


 何度か声をかけるが、中からは何の音もしない。ただ去っていく足音もしなかったからすぐそばにいるのではないか、と思った。


「アリスさま、開けてくださいませんか? アリスさまがもし私のことが嫌いでも、一方的にお別れだけ言われて二度と会えないなどというのは辛いですー」


 トントンとドアを叩きながら、そこにいるアリスさまに向かって声をかける。


「アリスさま、話ができませんか? 私が出来るところがあるのなら、何でもしますし、私が至らない点があるのなら何でも変えますから。人間に戻ってもアリスさまがいない生活なんて耐えられません。お側においていただけるのなら、あおむしでももう文句は言いませんから」


 そう言いながらも、あおむしは嫌だと思った。


 手足がなくて動けないとか、お腹が空くとか、葉っぱが美味しくないとか、そんなことよりアリスさまが嫌いな虫になるのは嫌だ。せめて彼女が私を見ても鳥肌が立たない程度の見た目にしてほしい。


『おい、アリス! 馬鹿王子はともかく私は中に入れろ! そして早くこの不便なとかげの姿を元に戻して土下座して詫び……てください』


 語尾だけ丁寧語にしたところで意味はない気がするのだが、私のマフラーから顔を出したとかげも叫んでいた。私もアリスさまに会えなければ死んだも同然なのだが、このとかげも彼女の魔法で戻してもらわねば一生とかげなのだろうから必死だ。


「アリスさま、お願いします。どうしても私と一緒にいられないのなら、理由だけでも聞かせていただけないでしょうか。私はアリスさまといた一年間はとても楽しかったです。アリスさまは楽しくなかったのでしょうか?」


 アリスさまに子豚や鶏やかえるに変えられて、当然はじめは驚いたのだが、それでもアリスさまは動物に合わせて部屋を整えてくれ、食事を準備してくれ、一緒に食事をとってくれた。かえるだった時でもなにも不便はなかったのだ。アリスさまの話を聞くのも楽しかったし、アリスさまも色々な話を聞いてくれた。


 アリスさまも楽しそうに見えていた。


 呆れるようにされることも多かったが、話をしている時にはよく笑っていた。彼女は日中はほとんどの時間、私と一緒にいてくださったのだ。食事をする時にも、料理を作る時にも、掃除をする時にも私をそばに置いてくれていたし、読書や編み物をする時も私のいる部屋にいた。鼻歌を歌いながら料理をしていたり、ゆらゆらとロッキングチェアを揺らしながら読書をしたり、たまにそこで幸せそうに昼寝をしていたりする姿は、嫌いな人間には見せないのではないかと思うのだ。


 そして自分も本当に幸せだった。


 アリスさまに出会うまではあまり真剣に生きていなかったのだと思う。王子ということでなんとなく不自由はしていないし、だからといって王になろうという気概も、王になれという周囲からの期待もない。やりたいことも特になかったし、やらねばならないことも特にない。そのくせ王子という肩書きからか見た目からか、見たことも話したこともない名前も知らない女性達がすり寄ってくる。


 なんとなく自分は王子としてでなく、目の前の一人の人間として——なんならただのかえるとして——扱ってくれることが、心地よかったのではないかと思う。多くの王子の中のその他大勢として見られるのでもなく、王子達を見比べてから順位をつけられるのでもなく、はじめから自分しか見ていない。そして私など道端のかえる程度にしか思っていないアリスさまに、なんとか自分を認めてもらおうと頑張るのは楽しかった。


「アリスさま、聞いていらっしゃるかどうかは分からないですが、私は開けてくれるまで帰れません。夜まででも、明日の朝まででも、何日でもここでお待ちしますから、いつでも良いので顔を見せていただけないでしょうか」


 そう言って私は開かないドアを見る。


 足がしびれてきた私は玄関に座り込み、外が暗く一段と寒くなってきたので、フードをかぶり立てた膝に顔を伏せる。ずっと首元や耳元で騒ぎ続けていたとかげも疲れたのか全く喋らなくなり、やがて屋敷の窓から漏れていた光も消える。


 星の光すら見えない真の闇の中だが、なんとなく先日の遭難していた時のような漆黒には見えなかった。アリスさまの屋敷すら見つけられなかったあの時に比べれば、屋敷の玄関にもたれて座っている今の方が、何倍も辛くないのだ。


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