ただの王子と永遠の魔女(2/3)
『アリスさまの屋敷は森の奥じゃ』
「そんなことは分かってる。だが森の中は私も何日も彷徨って探しまくっているのだ。それでかげも形も見当たらない」
『アリスの屋敷は彼女と一緒で気まぐれだからな。どこにあるかはその時の屋敷の気分次第じゃ』
アリスさまの気分次第ならともかく、屋敷の気分次第とはどういうことだろう。意味は分からなかったが、それでも見つけるのが難しいということは分かった。
「それでとかげはどうやってアリスさまの屋敷を見つけるのだ?」
『ふふ、魔法使いには魔法使いの気配が感じられるのだ。今もこっちからアリスの匂いがするので、こっちに違いない』
「やはり変態か」
『変態ではない! 偉大なサーチ能力と言え!』
アリスさまの香りであれば私にも分かると言いたいところであるが、さすがに屋敷の外から感じられるとは思えない。魔法使い同士というのがどこまで本気かわからないし、とかげの嗅覚が人間だった頃と異ならないのかと気にはなったのだが、他に頼れるものもないのだ。
私はとかげが『こっちだ!』と断言する方向に向けて足を進めていた。半ばは信用できないと思いながらも、話す相手がいる分、ひとりで探しにきていた時よりもずっと足取りは軽い。
「それにしてもなぜ無能魔法使いはアリスさまを懲りずに狙うのだ? 力の差は歴然としているし、アリスさまの小指ほどの力しかないであろう」
『な! なななな……』
「な?」
『な……そんなことはない! 魔法など使えない人間には理解はできないだろうが、私の偉大な魔法はアリスの片手の指くらいの力はある!』
片手で良いのか、と私は内心で首をひねる。
別に小指だろうが片手だろうが、何にせよアリスさまの足元にも及ばないのだ。たしかに魔法を使えない私から見れば人間の性別を変えられるだけでも十分に偉大な魔法ではあるのだから、大人しく国王陛下のお抱え魔法使いでもやっておけば良いのだ、と思う。わざわざアリスさまに挑んでとかげに変えられることなどない。
「片手レベルで挑んでこてんぱんにやられて、アリスさまに踏みつけられるのが好きなのか? それこそ破廉恥な趣味だな」
『な、破廉恥だなどと、ハレンチス王子と一緒にするな!』
「私の名前はフランシスだ」
『何でもいい! 何にせよ私が魔法の修行をしてアリスのところに行くのは、アリスを殺すためだ』
「は?」
私は思わず足を止める。
マフラーの中からとかげを引っ張り出してから、尻尾を掴んで目線まで上げる。ぶらぶらと揺れたとかげの頭がこちらを向き、黒い瞳が私の視線とあったタイミングで睨みつけた。
「無能魔法使いがいくら挑んだところで倒されるアリスさまではないと思うが……殺すためとはどういうことだ?」
『どういうこと?』
「アリスさまを本当に殺す気で屋敷に向かっているのだとしたら、一緒に連れては行けないな。今ここで雪に埋めてやる」
そう言って私は掴んでいた尻尾を離した。
ああああ、という小さな悲鳴とともに落ちていったとかげは、すぽんと白い雪の中に埋まる。綺麗なとかげ形を雪に残して消えた後に、悲痛な消え入るような叫び声が聞こえた。私がすぐにそこから掬い出すと、ぎゅっと四肢と尻尾を丸めたとかげが出てきた。雪を払って手袋の中で温めてやると、震えながらこちらを見上げてくる。
『ううう、寒い……鬼……悪魔……変態王子……』
アリスさまの手の中にいた私もこんな感じだったのだろうか、と小さな生き物を見下ろす。
「なぜアリスさまを殺そうとしているのだ?」
『アリスの望みだ』
「は?」
『アリスを超える魔法使いになって、殺してほしいと言われている。そろそろ一人で生きるのにも飽きているのだろう。人間と一緒に生きるのは疲れるからな』
そんな言葉に、私は息を止めた。
殺されることがアリスさまの望みであるなど、彼女に限ってそのようなことはない——と。言いたいのだが、一人きりで何年も何十年もの時間を生きるというのは、私には想像もできないことだった。それは寂しいとか悲しいとかではなく、とかげの言うように飽きる、なのだろうか。
そして人間と一緒に生きるのは疲れる、というのはどういうことだろう。聞きたいことはたくさんあったが、私はまず首を横に振った。
「そもそもアリスさまを超える魔法使いになって、というところが不可能だと思われているのではないか? いくら修行をしたところであと何百年かかるか」
『何百年かかっても構うものか。もしかしたらその頃にもまだ二人とも生きているかもしれないからな』
手の中で黒い瞳で見上げる小さなとかげが、急に遠い世界の住人であるかのように見えてしまった。これまで二十年も生きていない私にとって、何百年などという単位は想像をはるかに超えるものだ。得体の知れない存在であるとかげを見ながら、当然ながらアリスさまも同じ存在なのだ、と思う。
改めてアリスさまは自分と違うのだと思った。
そして同じ時を生きるとかげを、とても羨ましいと思ってしまった。




