ただの王子と永遠の魔女(1/3)
『——私は、偉大な魔法使いである。
そう言うと皆、ふんと鼻で笑い飛ばすか、世にも気の毒なものを見るような視線を向けてくる。だが、それは紛れもなく事実なのである。
何百年も同じ姿で生き、人智を超える力である魔法を使う。空を飛ぶことも、攻撃の衝撃波を放つことも、壁を修復することも、人をかえるに変身させることだって——』
「肌に触れるな気持ち悪い」
私の言葉に、とかげは一瞬口をつぐんだ。
私のコートのポケットにおさまっていたはずのとかげは、いつの間にか私の首にぺたりと貼りつきながら喋っていた。気持ち悪いと言われたことに抗議をしているのか、とかげはいっそう首元をちょろちょろと這い回った。とかげの手足や腹や尻尾の感触が肌を這って、全身に鳥肌が立つ。ぶるりと体を震わせた。
『男の肌になど断じて私も触れたくはない! だがポケットの中から話しかけても、馬鹿王子に声が届かないではないか。それにコートのポケットは寒くて寒くて寒いのじゃ!』
たしかにとかげはかえると同じで寒いのは苦手なはずだ。先日までかえるだった私にも寒さが辛いのは良くわかる。私の首元は保温性抜群の雪狐の毛で編まれたマフラーをぐるぐる巻きにしているから、たしかに温かいだろうとは思うのだが。
「中年男が男の人肌で温まろうとは、あまりに不憫だな」
『なにを! 私は偉大な魔法使いだぞ! あおむし馬鹿王子などに同情されたくない』
「少なくとも今は魔法も使えないただのとかげだし、私はただの王子だ」
『ただの王子ではない、ただの馬鹿王子だ。かえるにされるために、わざわざあの性悪アリスのもとに向かおうというのだからな』
興奮して首の周りをぐるぐると回るとかげに、身震いをした。思わず蚊を叩くようにぴしゃりと手をあげかけて、とかげの小さな体では本当に潰れかねないとぐっと堪える。代わりに二本指で慎重に掴んで止めた。
「だから体の上を這い回るな! 首にいるならせめてじっとしてろ、雪に埋めるぞ!」
『ふふふ、私がいないとアリスさまの元にも辿り着けないくせに、そんな強気の台詞を——ってああああ』
尻尾を掴んでマフラーから引っ張り出すと、とかげは叫び声を上げてから寒さに固まった。
「そのアリスさまの屋敷に一向にたどり着かない気がするんだが、本当にこっちで合ってるんだろうな、馬鹿とかげ」
『ああ、許して……寒いいい……』
消え入りそうな声に何やら可哀想な気がして、とかげをマフラーの中に戻してやる。とかげはのっそりと動いて私の首に触れるところまで移動すると、鎖骨のくぼみに収まった。男の人肌だろうが背に腹は変えられないらしい。
『くそう、私が魔法使いに戻ったら、お主を女に変えてやる』
「なんだそれは。私を女にして今度は胸の谷間にでも収まろうと言うのか?」
『なななな、なんと破廉恥な! そんなふしだらなことなど断じて考えてはおらん!』
顔を真っ赤にでもしているような声で叫んだとかげに首を傾げる。
どうせ魔法使いに戻るのなら毛虫なり百足なりに変えてやると言いそうなところだが、どうして女に変えてやろうなのだろうと思ったのだ。男の鎖骨に収まっているのが耐えられないのかと思ったのだが、そう言う意図ではないらしい。もしかしたら魔法使いとかげは、女性と混浴をしたことがないだけでなく、女性に触れたことすらないのかもしれないと思いながらも、なんとなく女性の姿に変えられた自分を想像した。
アリスさまには及ばないにしても美しい女性になるだろう。私としては女性に変えられたところでさほど——かえるやあおむしに比べると——悲しくもなければ、なんならアリスさまと女性同士でも構いはしない。二人で友人のようにお喋りをして、一緒にお風呂に入って、一緒のベッドに入る想像をしたら、寒さなど吹き飛んでしまった。
『おい、何をにやけておる! ふしだらな妄想をしておるだろう!』
「ふしだらな妄想などしていない。あくまで二人はプラトニックな関係だ」
『ぷら……? ええい、訳のわからんことを! 馬鹿王子が女になったところで、は、裸で迫ってきたところで、わわわ私が誘惑などされるかあ!』
ちょろちょろと首元で動く尻尾をマフラーの上から掴んで止める。
「そちらこそ何を気味の悪い妄想をしている。何が悲しくて私が中年男を誘惑せねばならんのだ」
初心な中年魔法使いなど私が女性であれば一撃で落とせそうだが——などと思わず考えてしまってから、ぶるると体を震わせる。とかげは何やらフリーズしていた。自分の勘違いに気づいたのか、やはり私に誘惑される妄想に取り憑かれてしまったのか。
「それより無能魔法使い。女に変えると言ったのは、それがお主の限界だな? アリスさまのように人を動物に変えたり虫に変えたりするほどの魔法は使えないのであろう」
魔法なんてものはさっぱり分からないのだが、それでも男を女に変えるよりも、人間をとかげに変える方が随分と難易度が高い気がする。アリスさまの足元にも及ばない魔法使い男がせいぜいやれることが、私を女性に変えることなのだ。
『ぐう』
「寝たふりをするな。そんなことはどうでもいいが、こんなに闇雲に歩いて本当にアリスさまの元にたどり着けるのだろうな? とかげの能力など全く信用できんし、とかげと一緒に遭難など縁起でもない」




