ひとりの王子と残ったとかげ(1/3)
——私は王子である。
私の父上は先日、偽王達との争いに敗北し、まさかの国王三交代勤務体制を敷いている、鼠王あらため夜王である(他に朝王と昼王がいる。父上は嬉々として夜王の称号を得た)。先祖を遡っていけば、素手で獅子と戦いを挑んだと言われる有名な獅子王や、色々な意味で有名な白鳥王や孔雀王などという名前もある。
「もちろん、知っていますわ。王子、今日も本当にお美しいですわね」
女性たちに囲まれて食事をとりながら、うむ、と私は呟く。
久々の王宮で食べる豪華なフルコースディナーは、涙が出るほど美味しかった。なにせ王宮に戻る前の十日間は葉っぱしか食べていなかったのだ。あおむしにとっても苦みしか感じられない葉っぱだったが、それを食べねばお腹が空いて空いて死にそうになる。しかも愚痴を言おうにも目の前にアリスさまもいらっしゃらず、まさに苦行のような食事だった。
スプーンに映っているのは、女性たちに言われるまでもなく美しい王子だった。美姫のみ選抜して娶った父上の妃たちの中でも、十分に上位に入る美しい母上の血を存分に引いたのだろう。母上譲りのきらきらの金髪に美しい白い肌、形の良い赤い唇。そして男らしく凛々しい眉にすっと通った鼻筋。
女性たちはみな私の容姿を褒めてくれたし、私の王子としての紳士的な振る舞いや上品な仕草に、彼女たちは一目で虜になった。たまに私になびかない女性がいても、貴重な雪兎の毛皮のマフラーをプレゼントしたり、豪華な手料理を振る舞ったり、女性のことを褒めて褒めて褒めちぎっていれば、大抵は私に好意を持ってくれる。
物心ついた時からそんなことをやっていたのだが、なんとなく今となっては何をやっていたのだろうという気にもなる。自分に興味のない女性をいかに攻略するかに情熱を燃やしてきた私が、アリスさまに迫って迫って迫りまくったのは、もしかしたらアリスさまがあまりに私に興味を向けなかったからだろうか。
——そう思い込もうとしたのだが、それは全く腹落ちしなかった。私のアリスさまに対する想いは、決してそうしたものではない、と自分では思う。だが、もしかしたらアリスさまにはそう思われていただろうか。
「一年以上も姿をお隠しになられて、どちらの姫様を口説いていらっしゃったの?」
「……森に住む伝説の美しい魔女を」
「まあ」
そう言って可笑しそうに口元に手を当てたのは、王宮に戻るなり寝室で裸で眠っていた美女である。
どうも名前も思い出せなかったのだが、私を取り囲んでいる女性たちの間で、今のところ私の一番の本命は彼女だと見られているらしい。たしかに彼女は美しい容貌と、美しい身体美をしている。大きな胸に引き締まった腰回り。今日のように胸元と背中の空いたドレスを身につけていると、恐ろしいほどに官能的だ。それでいて他国の王族の親族であり、学問を修めるためにこの国に留学して来ているほどの才女らしいから、王子の結婚相手としては何もかもが申し分ない。
「何百年も生きていると噂されている、恐ろしい森の魔女でしょう? もう、しわくちゃのお婆様になっているのではなくって?」
アリスさまがしわくちゃのお婆さんだったらどんなに良かっただろう、と私は思った。アリスさまならばきっと歳を取ってもしわがあってもお美しいだろう。彼女の美しさは若さとかそうしたものではない気がするのだが、少なくともお婆さんの容姿をしていてくだされば、こんなに胸が張り裂けるような痛みはなかったのではないか。
今のアリスさまのお姿は、あまりに眩しくて繊細で美しすぎる。
目を閉じると瞼の裏にありありとアリスさまを思い浮かべてしまい、自分の想像の中の彼女の姿にすらどきりとした。
「ううう、アリスさま」
思わず涙が溢れてしまって、女性たちにぎょっとした顔をされた。当然だと思う。王子たる私が、人前で涙を見せることなどこれまでなかったのだ。かえるになっているうちにどうも涙腺がおかしくなったらしい。もしくは羞恥がなくなったのか。
「……お、王子? どうなさいました?」
なんでもないと涙を拭ったのだが、溢れてくる涙は止められない。
私は泣きながら美味しいディナーを完食し、引き留めてくる女性達を振り払って一人で部屋に戻った。




