うつくしい王子と姫君たち(2/3)
人が増えて一気に狭くなった部屋が、今度は一気に広くなる。一瞬だけ現れた懐かしい父王の姿は、わらわらとしていた従者たちと共に忽然と消えていた。部屋中を見回しても、アリスさまの姿しか見えない。魔法使いの人影は見えなかった気がするが、いつの間にかとかげの姿もない。しん、と静まった空間の中で、私は唯一存在するアリスさまに問いかける。
アリスさまアリスさま、父上はどこに?
「もう王宮に送ったわよ」
従者たちも一緒に? 中年魔法使いは?
「王様と一緒にね」
従者はともかく魔法使いは王宮に戻す必要はない気がしたが、王様のお抱え魔法使いを目指していたからちょうど良いのかもしれない。
それにしても、アリスさまの魔法はそんなことができるのか、と私は恐ろしい気持ちになる。人をあおむしに変えられるくらいなら、人を王宮に飛ばすこともできるのかもしれないが、私もアリスさまの不興を買えばいつでもこの屋敷から飛ばされてしまうのだ。そんなことを考えていると、まさしくアリスさまがそれを口にした。
「フローもそろそろ王宮に戻る?」
まさかまさか、私は一生、アリスさまのおそばにいると誓っているのです!
「一生、あおむしでも?」
そんな、一生あおむしは嫌ですー。お願いですから、かえるに戻してくださいー!
「一生あおむしが嫌なら王宮に戻ることね」
そう言ってアリスさまはステッキを私に向けたから、私は全身を使って首を振った。かえるであれば逃げ回ることもできるのだが、あおむしはぐねぐねと身をよじることしか出来ない。
嘘ですー、アリスさまー、アリスさまのおそばにいられるのなら、あおむしでも構いませんからー! おそばに置いてくださいー!
そう叫ぶと、アリスさまがどこか表情を暗くするのが見える。
何故だろうと思ったのだが、自分の姿を鏡で見たときの衝撃を思い出して納得する。別に私は虫が嫌いというわけではないが、あおむしが視界で身をくねらせているところなど、あおむしである私でも見たくはない。虫が嫌いというアリスさまであれば本当に不快でしかないのかもしれない。私としてはあおむしでも良いからアリスさまのそばにいたいのだが、だがアリスさまが私を見るたびに嫌な顔をするのはさすがの私でも心が痛む。
アリスさまー、私をかえるの姿に戻すのがお嫌なのでしたら、可愛らしいぬいぐるみにでも美しい花にでもしていただけないでしょうか。それで体が動かせなくなっても、ベッド脇にでも置いてアリスさまのお話相手になれれば本望ですからー。
アリスさまはどこか途方にくれたようにも見える顔で、私を見た。
「全く理解ができないわ」
なにがです?
「王宮にいれば王子として周りにちやほやされて、望めばなんでも手に入るのでしょう? お金のかかった衣服も、豪華な食事も、綺麗な女性たちも」
それはそうですが、それが?
「なにが楽しくてあおむしになってるの?」
別にあおむしは楽しくありません! かえるは少し楽し……いや、姿など関係ありません。私はアリスさまのおそばにいたいだけなのですから。
「どうして?」
あまりに冷めた視線と冷めた口調で問われて、どうして、と私は彼女の言葉を真似して呟いた。
たしかに自分でも本当に、自分が理解できなくなる瞬間はある。
アリスさまの言われる通り、王宮に戻れば何でも手に入るのだ。王子ということで不自由をしたこともないし——数が多すぎてもはや王子として扱われてはいない気はするが——美しく優しい王子だと、女性達もちやほやしてくれる。当然だが、ここでかえるやあおむしをやっているよりもずっと快適に暮らせるだろう。ここではアリスさまの気分で色々な生き物に変えられ、猫や野生の虫にさえ怯えながらも、アリスさまに指一本を触れることすら出来ないのだ。だが、人間に戻れば、女性達の肌や唇に触れ、温かい体温に包まれながら眠ることができる。
そう考えながらも、私は頭を上げる。
もちろんアリスさまのことを愛しているからですよ! この屋敷に迷い込んで来た私のことを助けてくださったときから、私はアリスさまのことしか見えていません。魔法で動物に変えられようが、踏み潰されようが、外に放り出されようが、猫に追い回されようが、私にはアリスさましかいないのですー!
私の熱烈な愛の言葉にも、アリスさまが心を動かされたようには見えなかった。むしろ眉間のしわが深くなったように見えて、私は首を傾げる代わりに胴体を折り曲げた。
「それはもちろん、ここには性格の悪い魔女しかいないものね? 外に出ればいくらでも美しい人や、優しい人や、素敵な王子に釣り合う素敵な女性がいるわ」
アリスさまはそう言ってから部屋を出ていった。かえるであればぴょんぴょんと彼女の後を追っていくのだが、あおむしの体ではずりずりと這ったところで追いつけるはずもない。
アリスさまほど美しくて優しくて素敵な女性はいませんよー。
そう精いっぱい叫んでみたが、アリスさまが振り返ってくることはなかった。




