うつくしい王子と姫君たち(1/3)
——私は王子である。
そう言うと皆、ふんと鼻で笑い飛ばすか、世にも気の毒なものを見るような視線を向けてくる。だが、それは紛れもなく事実なのである。
嘘だと思うなら——って、ううう。
言いながら涙が出てくる。
アリスさまー! なぜあおむしなのです? 何か私がアリスさまのご不興を買うようなことをしてしまったのでしょうか。それであれば謝ります。あおむしの体で土下座はできないのですが、心では土下座しておりますから許してくださいー!
「別に。単なる気分転換かしら」
ううう、気分転換であおむしに変えないでくださいませ。
朝目覚めたらあおむしになっていたなんて、どこかの小説じゃあるまいし。かえるの体が気に入っていたわけではないですが、まだ何百倍もマシでした。王子に戻してくれとは言いません。せめてかえるに戻してくださいー!
「そうよね、私もカエルやトカゲは嫌いじゃないのだけど、虫は苦手だわ。足が多いやつも、足がないやつもね」
まさしくその足がないやつではないですか! アリスさま、だからどうしてあおむしなのです?
「毛虫やムカデよりましでしょ?」
こちらを見ないまま言ったアリスさまを見上げて、私はいそいそと移動する。かえるの時にも屋敷が広くて大変だったが、あおむしはさらに移動に時間がかかる。少しでもアリスさまに近づける場所へと這っていると、アリスさまはまさしく虫けらを見るような目で私を見た。
「ちょっと、視界に入らないでもらえる? ふみつぶすわよ」
ううう。
どうしてなのだろう、と私は本当に涙を流したのだが、アリスさまはすでに視線を逸らしてしまっている。たしかにあおむしなどじっと見たいものでもないだろうが、そもそもアリスさまが私をあおむしに変えたのだ。
昨日、アリスさまは私を王子に戻してくれた。風邪をひいて休まれているアリスさまに食事を作ったり、暖炉に薪をくべたりと世話を焼くことができて、本当に幸せだったのだ。まるで恋人のようだと思っていたし、このまま彼女と本当にこうした生活を送れるのかもしれないと妄想もした。
アリスさまも嬉しそうにしていたのではないかと思っていたのだが、何かアリスさまのお気に召さないことがあったのだろうか。
『ふはははは、ついに馬鹿王子は両生類ですらなくなったか! 我々との格の違いを思いしれい』
そう偉そうに言ったとかげに踏みつけられて、私はうううと涙を流す。
私はあおむしに変えられてしまったのに、彼らは変わらずとかげにいぐあなにかめなのだ。この扱いの差はなにゆえなのだろう。彼らの前には美味しそうな果物の盛り合わせが食事として置かれているが、私の皿には緑の葉っぱが一枚だけ。むしゃむしゃと葉を食みながら、その苦みにさらに泣けてくる。
『しかし国王の食事が一皿と言うのはいかがなものか』
美味しそうなフルーツの盛り合わせを前に文句を言う王様いぐあなに、アリスさまは可愛らしく肩をすくめた。
「それならそろそろ王宮に戻らない? 今なら特別に魔法で送ってあげるわよ」
『もちろん、アリスさまが後宮までついて来てくださるなら、すぐにでも帰りますぞ!』
「後宮の他の女性たちをすべて鶏に変えていいなら行っても良いけれど。もちろん王子王女たちは全員ひよこね」
私はひよこでも大歓迎です、アリスさま。
『だまれあおむし。むう、さすがにせっかくの世継ぎをみなひよこに変えられるのは少し困るか……』
『陛下、帰りましょうー! お願いします、美しい姫をご所望でしたら、我ら親衛隊が国中、いや世界中を巡ってお探ししますのでー!』
『ううん、でもアリスさまほどの美しき女性が今後見つかるものか……』
『王子たちをみなひよこに変えられて良いのですか? そんなことになれば、陛下は鼠王でなく雛王と呼ばれてしまいますよ!』
『なに、ひよこ王だと! 鼠王でも弱そうで不本意なのにさらにひよことは……それだけは断じてならん!』
『ならば陛下、ご決断を!』
そんなことを言い合っていた王様いぐあなと従者かめを興味もなさそうに眺めていたアリスさまだったが、やがて何も言わずにステッキを取り出した。
えいっとそれが振られると、いぐあなとかめが人間に戻される。急に部屋の中に王様一名と従者六名が増えて、一気に圧迫感がすごい。
「おお、人間に——」
そんな嬉しそうな声を最後に、彼らの姿が消えた。




