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あおむし王子とわるい魔女(1/3)


『——私たちは、国王の親衛隊である。


 そう言うと皆、ふんと鼻で笑い飛ばすか、世にも気の毒なものを見るような視線を向けてくる。だが、それは紛れもなく事実なのである。

 

 国王が新しい妃の誕生日に百万本の薔薇をと仰れば、総出で国中の薔薇をかき集める(かき集めているうちに古い薔薇が枯れていくのだがどうしたものか)。媚薬のレシピを手に入れたと仰れば、不眠不休で媚薬の材料をかき集める(月の破片とやらは一体どこで手に入るのだろう)。不老不死で美しい伝説の魔女を手に入れたいと仰れば、入ると二度と出られないといわれる深い森に一緒にお供する(なぜ陛下はいつも途中で姿を消すのであろう)。これで薄給・無手当なんだからやってられな——』


 思わず本音が漏れそうになったのか、従者かめは誰が何も言わずとも自ら口をつぐんだ。


 ちらりと王様いぐあなを見上げたが、いぐあなは聞いているのかいないのか、ほうっと窓の外を眺めていた。窓の外は寒そうな白い空に、葉の落ちた寒々しい裸の木々。私と一緒でアリスさまが心配で心配でたまらないのだろう、と思っていたのだが、いぐあなはぽつりと『お腹が空いた』と呟いた。


 ちちうえ、もう王宮に帰ったらどうですか?


『そうです陛下! あまりに陛下が王宮を空けるものですから、最近ではあの偽物国王が我が物顔で王宮を歩いているのですよ! 我々が廊下ですれ違おうとした時に、なんと偽物国王の偽物親衛隊たちに半笑いでしっしっと追い払われたのですから。このままでは偽物たちに王宮が乗っ取られてしまいますよ! 陛下!』


 六匹のかめは代わる代わる言葉を紡ぐ。見事なまでの連携だ。一朝一夕でなるとも思えないから、人間だった頃からこうした話し方だったのだろう。日頃からの訓練の賜物か、最後の『へいか!』のところなど、見事なハモリだ。


『うむ……たしかに王宮の食事はうまい……そしていつ寝室に忍び込んでも怒らない美妃たちが山ほどいる……だが、アリスさまの美しさは捨てがたい……』

 

 本気でうんうんと悩んでいる王様いぐあなを横目で見ながら、私はアリスさまを心の底から心配していた。


 窓の外には薄い黄色の太陽が昇っていた。色合いは朝日のようだが、角度はもう真昼間だ。王様いぐあながお腹がすいたと言ったが、たしかに朝食の時間はとおにすぎてもう昼食をとっても良い時間である。


 普段のアリスさまなら朝になると私のいる部屋にやってきて、おはよう、と声をかけてくださる。そして部屋中のカーテンを開けて朝日を浴びるのだ。きらきらと光る朝日を受けて、きらきらと輝く金髪や白い肌や青い瞳を持ったアリスさまは、まさしく天使か女神にしか見えなかった。日中のアリスさまはこの部屋で読書や編み物をしていたり、一階で料理をしていたり魔法で掃除をしていたりする。私はそんなアリスさまの姿をうっとりと眺めながら一日を過ごすのが日課だった。言葉をかけると答えてくださるし、アリスさまから声をかけてくださることもある。食事の時間にもちゃんと私の分の食事を手づから準備してくださり、必ずアリスさまと一緒に食卓を囲むのだ。


 ——それができないほどに、アリスさまの風邪がひどいということだろうか。これまで、一度たりともアリスさまがお姿を見せなかった朝などない。


 もしかして一人で倒れて動けないのだったらどうしよう。


 ぐるぐるとひとりで悩んでから、魔法使いとかげのところぴょんぴょん飛んでいく。


 そもそもアリスさまは風邪など引くのだろうか。不老不死の魔女だと噂されているのだが。


 私の言葉に、彼女と同じ不老不死の魔法使いとかげはふんと鼻で笑った。


『不老不死などあるわけなかろう。自分がどうあっても死なないなど、考えるだけで恐ろしくて恐ろしくて恐ろしい』


 思いがけない言葉に私は目を丸くする。


 私は死ぬのが恐ろしい。だが、何百年も生きているとかげは、死なないことが恐ろしいのだ。それではアリスさまも普通に風邪をひいて、普通に歳をとって、普通に死んでしまうのだろうか。そう考えてしまうと、私はぶるると体を震わせる。アリスさまが死んでいなくなってしまうなど、それこそ想像するだけで恐ろしい。


『我らは歳は取らん。不老は間違いないな。——だが、不死ではない。普通に病気もするし、病気で死ぬこともあるし、怪我をして血を流せば普通の人間と変わらず死ぬ』


 ああああアリスさまー! ご無事ですかー!


 魔法使いとかげの言葉に、思わず叫びながらドアに体を打ち付ける。アリスさまが体調を崩して苦しんで倒れているのでは——という想像が頭から離れない。


 おい魔法使いとかげ! 魔法でドアを開けられないのか!?


『そんなことができればとっくにやっておるわ』


 王様いぐあなさまー! ドアを開けていただけませんかー!


『お腹が空いて動けん』


 部屋の外には餌が……じゃなかったランチがあるはずです。きっとアリスさまがご準備いただいてますよー!


『ううむ。しかしどうやってドアを開けるのじゃ?』


 いぐあな様の大きさがあれば、ジャンプしてドアノブを下げられるでしょう。かえるやとかげでは、いくら体当たりをしたところで体重が足らず、ノブがぴくりとも動かないのですー!


『この体でジャンプなどできるか』


 ううむ、たしかに体重はあっても、みるからにのろまそうであそこまで飛べそうな俊敏な体にも身軽な体にも見えない。


『のろま?』


 それでは椅子をあのドアまで動かしましょう。ささ、イグアナさま。さっさとその椅子からどいてドアのところまで押してください。


『国王たるわしが押すのか?』


 かえるととかげでは体重が足りませんものー。はっ、従者かめも六匹もいれば巨大ないぐあな並の体重になるかもしれない。従者かめたち、頼みます!


『我々は陛下の命ならともかくフレンチ王子の命令などでは動けません。雇用契約書に書かれておりませんもの』


 誰がフレンチ王子だ。私の名前はフランシスだ! そんな役に立たない契約書など破り捨ててしまえ。


『代わりにフランチス王子が我らを雇ってくださいます? ひとりあたり月に五千ゴールドいただければ喜んで』


 ……フランチス?


 はっ、ちちうえ、アリスさまが外で苦しんでいるかもしれません。そんなアリスさまを窮地から救い出せば、アリスさまは間違いなくちちうえに惚れるのではないでしょうか!?


『従者ども、一刻も早くドアを蹴破れい!』


 怒号のような命令が飛び、従者かめたちは嫌な顔をしながらも一斉に動きを開始する。途中、のろのろとした歩みを進めるかめに、痺れを切らしたいぐあなが、苛立たしげに尻尾で蹴飛ばした。


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