かえる王子と爬虫類たち(3/3)
アリスさまが頭が痛いとお休みになっているというのに、そんな時に限って夜も更けてから何者かが大勢で屋敷に押し入ってきた。下で暴れているような怒号のような声が飛んでいるのが聞こえ、私は気が気ではなかった。物音は一瞬で収まったのだが、そこから全く音もしなくなったのでそれはそれで怖い。
アリスさまー! アリスさまー!
ドアの向こうに向かって声が枯れるまでずっと叫び続けていると、やがてドアが開けられた。そこにアリスさまのお姿が見えて、私は涙が出るほどに嬉しかった。というよりもすでに涙の海で溺れそうなほどに泣いていて、ぼやけた視界でアリスさまの美しいお姿が霞んで見える。
アリスさまー、ご無事でしたかー!
思わず彼女の足に飛びつこうとすると、アリスさまはさっと身をかわして私の抱擁をかわした。ぽてりと床に落下する。
「相変わらずうるさい部屋ね」
そう眉根を寄せたのは、私に対してだけではあるまい。王様いぐあなもアリスさまの身を案じて騒いでいたし、魔法使いとかげも壁を這い回りながら——浴室を覗こうとしたことでドアの上の隙間は塞がれてしまったから、部屋を出ることはできなくなったのだ——アリスさまの名前を叫んでいた。そしてそこに、なぜか聞き覚えのない何重奏かが重なった。
『下ろせー! おろしてー! 助けてー! 何だこれー! あ——』
最後は悲鳴になった。
アリスさまは腕の中にあった石ころのようなものをソファに放った。緑色の石は全部で五つか六つか。柔らかなソファに落ちるとびよんと跳ねて四方八方に飛んだ。壁や床にガツンという鈍い音が響く。そのうちの一つが私の近くにまで飛んできて、私は慌てて飛び退いた。
緑色の固そうなそれは、ころころと転がってから止まる。それは私の体よりも大きい、人のこぶし大の石のように見えた。が、急に石から手と足と頭が生えて、驚いて私はさらに距離を取る。
「王様、お迎えが来たみたいでよかったわね」
『迎えとな?』
王様いぐあなはぐるりと首と瞳を回す。
『こんな汚い部屋のどこに我らが王が!? おのれ性悪魔女め、我らを謀ったな!』
びょんと飛び出た小さな首がそんなことを叫んで、私は驚いて目を丸くした。石ころのように見えたそれは、頭と四肢を隠したカメだったらしい。小さな赤い瞳を持つカメはめいっぱい首を伸ばしてアリスさまを見上げる。
我らの王ということは、大勢で押し入って来た人間たちはどうやら王様を探しに来た従者たちらしい。王様が消えてからもう何日も経っているはずだが、ようやくアリスさまの屋敷にたどりついたのだろうか。
『静まれい。お主ら、わしが国王だ』
王冠を頭に乗せてベルベット地のクッションに埋もれたいぐあなは、威厳に満ちた声で部屋の四隅に散った従者かめ達をぐるりと見渡す。
『陛下、よくぞご無事で!』
口々に言って小さな瞳から涙をぽろぽろと流す従者かめを見て、王様いぐあなはぐいっと威張るように胸を張る。アリスさまは完璧な角度で美しく小首をかしげた。
「イグアナになった国王を見て、無事と言えるのはすごいわね」
それよりいぐあなを見てそれが国王と信じられる方がすごい気がするのだが、自身達も揃ってかめに変えられているのだ。信じざるを得ないのだろう。
みなのもの、そして私はフランシス王子であるぞ。
『フランシス王子? 聞いたことがあるような、ないような……』
ええい、ちちうえだけでなく従者までも!
「七十人も王子王女がいたら、いちいち名前なんて覚えられないわよね」
ですがアリスさま! 私はその中でも特別に美しくて賢くて——って、それよりアリスさま、体調は大丈夫でしょうか? どうもお顔の色が優れませんが。
先ほどもどこか顔色が悪く見せたが、眠そうでもあるからか先ほどよりも辛そうに見えるのだ。青色の宝石のような瞳の下に、うっすらとくまのようなものが見えて心が痛くなる。眠っていたところを大勢の人間が押し入って来たのなら、それは驚いただろうし、彼らを全てかめに変える魔法もそれなりに疲れるのではないだろうか。
「風邪でも引いたのかしら。今朝から少し熱っぽいのよね」
白い芸術品のような手を額に当てたアリスさまに、私は飛び上がる。
おおおお風邪を!? それは大変です。すぐに医師を呼ばねば……! 温かいお飲み物を、そしておはやく温かい格好で横になってくださいませー!
「大げさね」
そう言ってくすりと笑ったアリスさまに、どきりと心臓が跳ね上がる。不意打ちの無邪気な笑顔は本当に心臓に悪い。
「少し眠れば治るわ。フローはみんなと仲良くね」
そう言って部屋を出て行こうとする彼女を必死に呼び止めたのだが、全く足を止めてくれる気配はない。かえるの足では追いつくこともできずに、バタンとドアが閉まるのを見送った。
アリスさま、私が看病いたしますのにー。
アリスさまとはいえ風邪をひいて熱があるのだとしたら、一人で不安なのではないだろうか。そばについてそのいつもより熱い手のひらをぎゅっと握って差し上げたい。
そう思いながらも、部屋から出ることもできずどうしようもない。
ため息をつきながら部屋を振り返る。そこでは魔法使いとかげ一匹と従者かめが六匹が、誰が王様いぐあなの近くに座るかを巡って壮絶な泥仕合を繰り広げていた。




