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かえる王子と爬虫類たち(2/3)


「良く似た親子なのね」


 部屋に入ってくるなり、アリスさまが言った。


 アリスさまがドアを開けた瞬間、部屋中がぱあっと明るくなり、薔薇の香りが広がる気がする。もう一年以上も彼女とひとつ屋根の下で暮らし、すっかりアリスさまを見慣れてしまったはずの私でも、その美しさには毎日のように惚れ惚れとしてしまう。


 ああ、アリスさま今日もお美しい。


 ——そう言ってから、私は少し首を傾げた。


 いつもと変わらず爪の先から金色の毛先まで全く文句のつかない、美しいアリスさまであるのだが、何か違和感はある。どこかいつものアリスさまとは違う気がする、とまじまじと彼女の顔を見上げた。青い宝石のようにきらきら光る瞳は、そんな私を見下ろしてから何故か少し細められる。


『なに、一年以上もここに? 王子がこんな美しい女性を目にしながら国王に報告しないとは、なんたる裏切り行為。国賊と見做して勘当じゃ!』


 ええ!?


 私は驚いて飛び上がる。


 ですが別に、王子は国王に美しい女性を報告する義務などないですよね?


『義務に決まっている。いま決めた』


 ううう、そんな。


 ですが仕方がありません。もはや私は身も心もアリスさまに捧げているのです。王宮に戻れなくとも一生をアリスさまのそばで過ごせれば、それだけで幸せです。ちちうえ、今までありがとうござ——。


『な、それは許さん! アリスさまとここで暮らすのはわしじゃ!』


「仮にも国王がこんなところでイグアナをやれるなんて、随分と平和な国ね」


 そうですよ、ちちうえ。仮にも国王が王宮を空けるわけにはいかないでしょう。今ごろ王宮は天地がひっくり返ったような大騒動になっているはずですよ。


「そんな噂も聞かないけれどね」


 そうなのか、と複雑な気持ちになる。王子たる私がどうやら捜索されていないのも問題だと思うのだが、王までもが消えて問題ないとは、いったい王宮はどうなっているのだろう。


『ふふふ、アリスさまご安心ください。こんなこともあろうかとわしの影武者の一人や二人や三人は常時準備しております! というより普段から黙って玉座に座って公務をしているのは大抵が偽者です!』


 ええ、いつも玉座におわすあの国王は偽者の父上なのですか!?


「……それならむしろ偽者はあなたの方じゃないの?」


 さもありなん。アリスさまの理解できないような視線を受けて、イグアナは胸を張った。


『ご冗談を。私には美しい姫君を愛して、美しい世継ぎを残すという国王の最大のミッションがありますから』


 もう世継ぎは十分だと思いますが。乳母も足らず後宮にももう部屋はありませんと、いつも侍従が愚痴っておりますよ。


 私の言葉はもはや耳に入らないようで、アリスさまを恍惚の眼差しで見上げるイグアナに、アリスさまはため息をついた。そんなアリスさまを見上げて、やはり私は違和感を覚える。


 アリスさま、どうなさいました?


「頭が痛いわ。カエルだけでもうるさかったのに、なにこのイグアナ。まあ、トカゲが黙っているのは良いことだけど」


 そう言ってアリスさまは美しい指先で机の上のトカゲを摘み、無造作に床に放った。


 ぎゃああ、と言いながら宙を舞ったとかげはアリスさまを見上げて盛大に文句を言ったが、ぎょろりと王様いぐあなに睨まれると口を閉じた。


 なにせ魔法使いとかげは王に擦り寄りまくっている。最初はおべっかばかり使っていたのだが、うるさい、と踏み潰されて以来は黙って世話を焼いているのだ。それはいぐあなに潰されることを恐怖しているというよりも、どうにかして王のお抱え魔法使いになりたいらしい。三代もの王に仕えたということが誇りのとかげは、四代目の王に鼠王を見据えたらしい。

 

 頭が痛い? 大丈夫ですか、アリスさま!


「もう寝るわ。おやすみなさい」


 えええ、まだ夕刻ですよ。これからみんなで食事をとって、お喋りしながら食後のティータイムを楽しむ予定なのに?


「一食くらい抜いても死にはしないでしょ」


 アリスさまはそう言うと、ばたんとドアを閉めてから出て行った。


 しばらく三人で視線を交わす。じっと無言で見つめ合い、皆、私と同じことを考えているのだと思っていたのだが、いぐあなととかげの口から出たのはそれぞれ違うことだった。


『相変わらず気まぐれで意地悪で偉そうなアリスさまだ。我が陛下に対してあの口の利きよう、いくら美しいとはいえ、ねえ、陛下?』


 とかげはそう言って、いそいそと王冠付きいぐあなの座す椅子へとよじ登った。いぐあなはゆっくりと威厳に満ちた動作で首を回らす。


『ぐう。国王に食事を抜けなどなんたる仕打ち。しかし美しいだけに何も言い返せん。とかげよ、早急にわしのディナーを準備せい』

『えええ? ならばディナーに、かえるの丸焼きはいかがですか』


 魔法使いとかげは私を見ながらにやりと笑う。いぐあなもこちらをギロリと見る。どう見ても肉食のそれは、かえるの体など丸呑みにしてしまうだろう。私は飛び上がってから抗議する。


 この変態とかげ! いくらいぐあなに変えられたとは言え、私のちちうえが可愛い王子を丸呑みにしてしまうわけがないだろう! 私を食べるくらいなら、餓死することを選ぶわっ。ねえ、ちちうえ。


『当たり前だ。かえるなんか食えるか。肉は仔牛か仔羊しか食わん」


 そういう問題なのですか。


 ふうっとため息をついて、私はアリスさまが去って行ったドアを見やる。


 アリスさまは大丈夫だろうか。いつになくお顔が暗い気がした。頭が痛いとも言っていたし、どこか体調でも悪いのだろうか。心配で心配でたまらないのだが、ドアを出ることもできない。


 ぺたんぺたんとドアの近くまで飛んで行き、開かないドアを見上げて泣きたい気分になった。


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