かえる王子と王様いぐあな(3/3)
——負けた。
私は大きな黄緑色の体をごつごつした体をぽかんと見上げてから、そう思った。間抜けな顔をして赤い口を開ける魔法使いとかげも、きっと私と同じ感想を抱いたのだろう。目の前の大きな体を見上げてから、彼は負けを認めたかのように、とかげの尻尾をくるりと丸める。
アリスさま、これはいったい……?
「イグアナでしょ?」
いぐあな?
いぐあなと呼ばれたそれは、どう見ても絵本に出てくるドラゴンである。自分が人間であればそうでもないのだろうが、かえるの自分からすればそれはあまりに大きな竜だ。ごつごつとした固い岩のような肌に、長い体、長い尻尾。その尻尾を一閃すれば、私もとかげも一撃で吹き飛ばされるだろう。鋭い爪に、大きな口。口を開けば尖った牙が出てくるかもしれないし、炎や毒霧を吐くのかもしれない。
ええと、どうしてイグアナがここに?
「フローと一緒で、一目惚れだとか結婚しろだとかうるさいんだもの」
ぐう、と私は息を呑む。
薄々感じてはいたがこのイグアナ、もしかしなくとも昨日の来訪者だろうか。吹雪の中で遭難していたらしい人物を、アリスさまはやはり温かいスープを出してもてなしたらしい。
相手の人数も年齢も性別も分からないうえに、アリスさまは完全にドアを閉めていったから部屋から出ることもできなかった。下でどのようなやりとりをしているのか、気になって気になって夜も眠れなかった。もしかしたらどこかの王子様がやってきて、アリスさまを口説いているのではないか——と。そんなはずはないと思いながらも、そんな心配が拭えなかった。だが、単なる杞憂ではなかったらしい。
イグアナはそんなアリスさまの言葉を聞いても、特に反応をしなかった。背筋をピンと伸ばして、彫刻のように固まっていた。半眼の瞳も鋭く細められたままだ。
アリスさまを口説こうなどという身の程知らずを魔法で撃退するのは大賛成ですが。アリスさま、どうしてイグアナなんです?
「どうしてって?」
だって私はかえるで、この魔法使いはとかげなのに!
「それが?」
『この偉大な魔法使いである私が、とかげの姿に甘んじているのだ。そんな何処の馬の骨とも分からん人間は、分相応に芋虫や蟻やアメンボに変えてやるが良い!』
私の言いたいことを、まさしくとかげが言った。
未だに体について固まった糊の白が体中についてはいるが、とかげは一応は許されて壁から下ろされたらしい。彼は口だけは偉そうだったが、両手両足を動かして後ろ向きにさささっと下がり、イグアナからは十分に距離をとっていた。怒って踏み潰されては敵わないと思ったのだろう。
私もとかげに倣って距離を取る。
この美しい王子がこんなかえるの姿に甘んじているのだ。こんなイグアナなど醜いムカデや毛虫にしてやれー。
『なんじゃ、このうるさいカエルとトカゲは』
ぎろりと鋭い視線に見下ろされ、私は飛び上がったし、とかげはさらにざざざっと後ろに下がった。冷たく感情の感じられない半眼に、体がぎゅっと縮み上がる。まさしくドラゴンに睨まれたかえるである。
私は盛大に距離を取ってから、凍りついたような口を無理やり開く。
なななななにおう、いくら体が大きいからと言って、しょ、しょ、しょせんは我らと同じ爬虫類であろう!
『馬鹿王子め、爬虫類はとかげである私とこのイグアナさまだけだ。お前は何ランクも格下の両生類だぞ!』
なにを!
ああ、いつのまにかイグアナさまなどと呼んで、すりすり揉み手ですり寄っているではないか。
『おぬしら、わしをいったいだれと心得る』
威厳に満ちた声で言われて、私はやはり飛び上がった。ぎろりと睨みおろすその瞳は、明らかに獲物を狩る目をしている。イグアナはいったい何を食べるのだろう。かえるの天敵である蛇と同様、かえるやとかげも丸呑みにしてしまうのだろうか。
『——聞いて驚け、わたしはこの国の王であるのだぞ!』
こちらを慄かせるような一喝で、とかげは文字通り飛び上がった。だが、それよりも私はぽかんと口を開けてみあげる。
みなのもの聞いて驚け、私はこの国の王子であるぞ。
ということは……ん? 父上?




