第三の出来事
完全に俺の失策だ、否定のしようがない。
大分数の減った水中の緑色のトカゲ(らしきもの)の更に向こう側、水中にいくつかの尾びれらしきものが確かに見える。
うん、こないだ家で見た映画の中の光景とそっくりだね。
──サメじゃねーか!
犯人はサメ映画を見て間もない俺で確定である。あーくそ、なんで余計な事考えた俺!
でもすでに一回鏡獣が出現しているのに、おかわり来るとか思わないじゃん!
『やっべ、動き早いっすよ!』
そりゃ魚だからな。ここは連中のホームグラウンドのようなもんだ。
見える範囲で確認できるサメの数は3匹。ここの現在の水深は5mちょい位だから、少なくとも今側にいるのはその3体だけだろう。その程度の数だったら、"意識映し"であれば一斉に攻撃を喰らってもこっちが沈む事はない。"異界映し"だったら不味い可能性があるが……見た目が俺の持つサメのイメージまんまなので"意識映し"で確定でいいだろう。
とはいえ危険度でいえばトカゲより上だが、
「とりあえずそっちは後回し、元からいる方を片付けるぞミズホ!」
『了解!』
まず簡単に潰せる方を先に潰すべきだよな。
俺とミズホは銃口を再び水中のトカゲ共に戻すと。引き金を引く。
俺の方は一撃で、ミズホの方も数発弾丸を打ち込むだけでトカゲはどんどん消失していく。が、
『いや来る来る来る来た!』
悲鳴じみた言葉と共に轟音が響き、前方のレオの機体が大きく揺れる。高速で水中を泳いできたサメの一体がその勢いのままレオの機体に突撃したのだ。そして同じ流れがもう一度続く。
『こんのっ!』
なんとか体勢を立て直したレオが機体内蔵の機銃で反撃するが、その時にはすでに襲ってきた2匹の巨大サメは遠くまで離れてしまっている。しかも、
「動きが不規則だな……」
直線的な動きだけであれば狙いをつけれなくもないが、レオを襲った二匹を含めサメたちが突然直角に曲がったりと不規則な動き方をしていた。正直魚だとしてもありえないような動きだ。
これって──
「完全にこないだ見た映画のサメの動きだよなぁ」
なんであんなB級サメ映画みたんだろ、俺。暇を持て余した人間ってたまに目についた妙なものを見ちゃうときあるよね。
『え、つまりこの奇妙な動きもユージンさんのせいっスか』
「まぁ、そう、なるかな?」
『これは責任問題では? あ、トカゲの方は最後の一匹片付いたわよ』
「おつかれ。あとこれに関しては不可抗力だろう」
『論理崩壊の発生予測地域で余計な想像するのは厳禁でしょー』
「そうだけどさぁ……」
言いつつ、ライフルから攻撃を放つ。が、規則性のない動きのせいでロクに当たらない。
撃ちまくってれば当たりを引けるかもしれないが、それよりはもうちょい狙いやすいシチュエーションを作るべきか。例えば。
「よしレオ、お前喰われろ」
『なんか突然無茶苦茶言い始めましたッスね!?』
「別に精霊機装だから食いちぎられやしないだろ。お前が噛みつかれている間にぶち抜くから」
『それ下手すると俺の機体に当たる可能性がないっすか?』
「大丈夫だ。──お前なら当たっても耐えられる」
『そこは俺の腕を信じろとかじゃないのね』
「あのデカイ魚に組み付かれて暴れられたら機体もブレるだろうしなぁ」
『というか、噛みついてくるんすかねアレ。さっきも体当たりだけで離れていったっスけど』
「あー、そうか。……じゃあレオ、次に突撃喰らったときなんとかして組み付け。そしたら俺とミズホで撃つ。─多分お前もろともになるけど』
『こんな厄介なの呼び出したのユージンさんなのに、俺に無茶を望み過ぎじゃないっスか? いや勿論行けますし、やれと言われれば行きますけども。正直釈然としないものが』
『だったらうまくいったらユージンからご褒美出せばいいんじゃない?』
「はぁ?」
何言い出すんだこの女。
『だってこの魚が出現したのってユージンが悪いんでしょ? それに対して作戦としては有効にしても後輩を頑張らせようとしてるんだもの、ご褒美くらい出すのが当然でしょう?』
そうか?
「大体ご褒美って何を出せばいいんだよ、メシか?」
『あたしら普通に稼いでるしご飯代くらいじゃご褒美になんてならないでしょ。そうね、例えば』
「例えば」
『めちゃくちゃ可愛いお洋服来てアタシとすっごくベタベタするとか』
「それただのお前の願望だろうが!」
『いやそれありッスね! コスプレ用の撮影スタジオ借りてやりましょう』
めちゃくちゃ元気のいい声が通信機から響いてきた。
「おい」
『大丈夫っス、友人にそういうの詳しいのいるんで! なんなら衣装の貸し出しサービスとかも利用するっスか!?』
「いや、ちょっと」
『よし、やる気めっちゃ出てきたっス! クローガー突貫します!』
「まてまてまて!」
俺の制止の言葉もガン無視して、レオの機体がサメのいる方へ向けて水を掻きわけて突進を始める。
──こういう話を勢いだけで本人の同意もなしに既成事実化させようとするの、よくないと思うなぁーっ!
でもこれ絶対後でまた勢いだけでやらされる奴だコレ。こっちが"何が何でも絶対にやりたくない"というレベルじゃない事柄なのがまた……
いや、まだこっちにもチャンスがあるか。
レオが組み付くより前に奴等を沈めてしまえばいいのだ。そうすればレオに対してご褒美を与える必要もなくなる。
そもそも界滅武装という特効武器があるからそればっかり使ってたけど、別に他の武器が効かないわけじゃない。他の武装もフルに使えば多少不規則軌道を取られても当てる事は出来るハズ。
そう思い、もう一丁のライフルや滑腔砲に連装ロケットランチャーと片っ端から武装を構える。他の武装でルートを誘導し、界滅武装のライフルで止めというのが理想的だろう。それ以前に他の武器が当たって動き止まってくれればそれがベストだけどな。
サメは再びこちらへ向かってきている。緩いペースながらも突進するレオの方へ二匹、ミズホの方へ一匹。ある程度近い位置で泳いでいるレオ側の方を目標とし、狙いを定め、
いざ射撃をしようと思った所で、俺はタマモにその指示を送るのを踏みとどまった。
視界の片隅……モニターの端、俺の機体のすぐ側の水面上にありえないものがいるのが目に入ったからだ。
いや、いたというか、それは急に出現した。
人だ。
間違いなくほんの数秒前まではただ水面しかなかったその場所に、人が突然現れた。
水面に立つような状態で出現したその姿は、次の瞬間には当然のごとく水面へと落下する。そうして一度水の中に消えたそれは、だがすぐに浮き上がってくると一緒に出現したキャリーバックにしがみついた。
急に水の中に投げ出されたことで水を飲んでしまったのだろう、ゲホゲホと咳き込んでいるのは金髪の女性だった。
なんで、こんなところに人が──一瞬そう思うが、俺は即座に一つの事に思い当たる。
俺はこの事象を知っている。いや、自ら体験したことがある。すなわち
彷徨い人か!
論理崩壊によって別の世界からこの世界へ迷い込んでしまった存在。俺がこの世界でこうやって巨大ロボットにのって戦うきっかけとなった事象が、たった今目の前で起きたのだ。
水、鏡獣に続いて3つ目の事象発生ってどういうことだよ! 俺なんか呪われてるんじゃねーの!?
今度日本に返ったら神社にお参りでもするか? でも向こう側の神様の力がこっちで通用するのか?
いやそんなことよりもだ!
俺は視線を戻す。
マズイ!
レオの方に向っていたサメの内一匹が軌道をかえて俺の方へ向かってきている。
が、こんなに側に人がいる状態で銃器なんか使えないし、かといってこのままサメに突っ込まれたら俺の機体は大丈夫でも女性は間違いなく無事ではすまない。
あーもう、悩んでる暇はない!
俺は即座にある判断をし、タマモへの指示を叫ぶ。
「タマモ、全開駆動!」




