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「うぉ……!?」
それは、まるでそこにあった何かが破裂したかのように空間から一気に溢れ出した。中空で発生したそれは地面に勢いよく降り注ぎ、どんどん周囲へと広がっていく。
『これ……水かしら?』
「少なくとも見た目はな」
出現したものは透明の液体。瞬く間に俺達の機体にも到達し、機体の足の甲辺りまで一気に水の中に消えていく。
霊力ゲージは……減ってないな。
足を動かしてみるが、特に粘性があるわけでもない。こちらにダメージも与えてくるわけでもないので、ヤバイ液体ってことはなさそうだが。
「これが鏡獣ってことないよな?」
『ないでしょ、どう見てもただの水だわ』
だよなぁ。
空間からあふれ出す水は収まることなく周囲にまき散らされているものの、そいつがそれこそスライムのように動いて襲ってくるような気配はない。ミズホの言う通りのただの水かはわからないが、少なくとも鏡獣ではないだろう。ただ、勢いは収まらず、すでに水嵩は機体の膝のあたりまで増してきている。どこまで増えるんだ、これ。
……ん、水嵩?
「おい、おかしいぞこれ?」
『どうしたの』
「なんで、水嵩がどんどん増してきてるんだ?」
『そりゃこんな勢いで水が噴き出してれば……あっ!』
ミズホも、俺の言葉の意味にようやく気付いたらしい。
そうだ、ここは屋内じゃない、広々とした景色が周囲に広がる荒野だ。本来ならどれだけ大量の水があふれ出したとしてもそれらは周囲に流れ出していき、発生源のすぐ側といえどせいぜい出来上がるのは巨大な水たまりくらいのハズだろう。
なのに今機体を取り囲む水はどんどん水嵩を増し、すでに機体の股間の辺りまで迫っている。こんな場所でここまで水嵩が増えるハズがない!
「ウォーロックさん、そっちから見て俺達の方どうなってる!?」
俺は通信機へ向かって叫んだ。
返事は即座に返って来た。
『水が溜まっています!』
それは見ればわかる。
「もうちょい具体的に!」
『すみません! こちらから見ると……まるでその辺りに水槽があって、その中にどんどん水が溜まって言って入るように見えるんです!』
水槽──ようするに、この周辺の空間だけに水が溜まって言っているってことか? そんな馬鹿な。
いや、馬鹿な事が起こるのが起きるのが論理崩壊だ、この世界でありえないと考える事はありえない。目を疑うようなことであっても、目の前で起こっていることならそれは全てが現実だ。
『ちょっとこれどこまで増えるのよ!』
通信機からミズホの悲鳴が漏れる。水嵩はすでに腰の下あたりまで来ていた。このまま増え続けて操縦席の高さまで水が来たとしても操縦席は水を通さないため溺死することはないが、それでも周囲が全部水で囲まれるとかぞっとしない。
だがその心配はなさそうだった。出現以降ずっと勢いよく溢れ続けていた水の量は目に見えて減ってきている。先程までは瀑布と呼べるようなものだったそれは、今は日本の渓谷にある小さな滝程度しか流れ出していない。
そしてその水量も更に細くなっていき──最後に一つの波紋を残して、完全に消失した。
『治まった……?』
「多分な」
水面は機体の腹部のあたり、なんとか操縦席付近には届かないレベルでとどまっていた。
『はぁーっ、びっくりした』
「全くだ。鏡獣が出るかと思ったら出てきたのが水だもんな」
『ほんとっスね。鏡獣だと思って身構えて損した気分っス……あ」
あ?
『いたああああああああああああ!』
「うぉ!?」
当然通信機から流れ出た大音量の叫び声に、思わず反射的に体をのけぞらせる。それくらい馬鹿でかい声だった。
『レオうっさい!』
『すみませんっス! てかそれどころじゃないっスよ! 鏡獣出てる! 出てる!』
「何?」
レオの言葉に、俺はモニター越しに周囲の光景を見渡す。
そこに広がるのは水面だけだ。俺達の機体以外の姿はどこにもない。
「いないじゃないか。パニクって幻覚でも見たか?」
『いやそうじゃなくて、俺の機体の前の方の水の中! 水の中みてくださいっス!』
「水の中?」
言われた通りに、俺は視線を下の方へと降ろしていく。
あ。
いた。水面が揺れている為歪んでしまいはっきりとした姿はわからないが、水の中を数体の緑色をした何かが動いている。ただ、
「動き遅くね?」
『遅いわね』
距離としたら、先頭の一体は本来なら10秒もあればレオの所まで接敵しそうな距離。だが水の中にいるそいつらの動きは酷く鈍かった。
俺はいつの間にか降ろしてしまっていたライフルを再び構えて狙いを付けながら、通信機に向けて言う。
「これ、やっぱり水圧かな?」
『でしょうねぇ』
「ってことは、この二つは全く別のモノってことで間違いないか」
たった今起きたことが漂流で、この水がどっかの異世界の湖か海あたりから丸ごと転移してきたのならそこの中にいるアレがあんなトロい動きはしないだろう。事象としての論理崩壊と鏡獣という二つの事柄が同時に起きたということだ。
『まぁ、今回そういう事例もいくつか起きてるらしいしねぇ』
「戦闘エリアが一瞬で荒野から湖に変わるとか、高機能すぎんだろこの世界」
そう言いながら、ライフルの引き金を引く。
放たれた霊力の弾丸は、水面に触れてもその軌道が変化することもなくそのまま水面の中にいた緑色のトカゲのような何かの頭部を狙い違わず打ち貫いた。
その一撃にて頭部の殆どを失ったその存在は、そのまま水の中でポリゴンが崩れたかのようにバラバラになりそのまま消滅する。
うん、やはり漂流によってやってきた生物ではなく、論理崩壊によって生み出された疑似的な存在で間違いない。それに水も弾丸に触れた瞬間飛沫を上げることもなく消失した。こちらも論理崩壊の産物で確定だ。
「おいレオ、水の中だと近接は厳しいだろ。射線開けてくれ、こっちで処理する」
『了解っス。……といいたいんすけど、機体が思うように動いてくれないっスね』
あー、そりゃそうか。機体の半分以上が水の中の状態だ。向こうと同様、こちらも水の中では当然いつも通りには動けなるわけがない。
『大丈夫よ、ユージンの方から狙えない場所はこっちから射線は通ってるから』
その言葉と共に、一条の光が走る。ミズホが同様に銃撃を行ったらしい。
『ざっと確認したけど二桁いるわよ、これ。アタシとユージン二人がかりで処理しましょ』
『役に立てなくて申し訳ないっス』
「状況的に仕方ないだろ。気づかないうちに接近されないようにだけ注意しろよ」
『っす』
数は多いがこの動きではいい的だ。これで"異界映し"のように強力だったらまた違ったが、ミズホの攻撃でも数発で消失しているあたり"意識映し"で確定だろう。面倒ではあるが、苦戦するような相手ではなさそうだ。
俺とミズホ、二機とも霊力を弾丸とする武装だけを使い、じりじりとこちらへ近寄ろうとしてくる鏡獣達を淡々と消失させてゆく。ただの的当てゲーだなこれ。
「いや、場所に合わせて魚型の鏡獣とか出現しなくて良かったな。向こうだけ自由に動き回られたりしたらヤバかっただろコレ」
実はさっき鏡獣がいると聞いたとき、一面に広がる水面という光景もあって一瞬よく映画とかで人を襲っているアレを思い浮かべちゃったんだよな。在宅で時間の余裕ができた分、動画配信サイトでそれ系のパニック映画とか見ちゃったせいだと思うんだけど。
そう思ってくくっと笑った、その瞬間だった。再び通信機から、レオの怒声が響く。
『再び陽炎出現! 新手が来るっスよ!』
え。
『背びれらしきものが見えるっス! 魚型っスね!』
鏡獣"意識映し"は人が意識下の中で強いと認識しているものを読み取って現実化する。
時として参戦した精霊使いがその場で思い浮かべたものを読み取って姿を現す事もあるのだ。
『ユージーン! フラグーッ!』
俺のせいかよ! 俺のせいだな!
「ごめーんっ!」




