久々の操縦席
「んーっ、開放的ー!」
『思いっきり閉鎖空間じゃないっスか?』
「そういう話じゃないんだよ」
見当違いの突っ込みを入れてきたレオにそう返しながら、俺は視線を前に向ける。
正面には大型のディスプレイ、その画面に映るものは赤茶けた荒野。
俺の体は数本のベルトによって椅子に固定され、俺の右手はその椅子に備え付けられた水晶玉に乗せられている。
少しひんやりしたその感触は、ほんの3週間ぶりだというのに酷く懐かしく感じられた。
『どう、久方ぶりの乗り心地は』
「最っ高だね!」
通信機から流れるミズホの言葉に、俺は即答する。
ぶっちゃけ移動中の精霊機装はよく揺れるので、乗り心地が決して良いものではなくむしろ酷い部類に入る。だがその揺れが今は体に染みわたるのだ。
そう、今俺は精霊機装の操縦席内にいる。例の事件で怪我をして以降、初めての搭乗だ。
怪我をしてから21日も経過した日曜日、よくやく左手を覆っていたギプスが外されチームから俺に出されていた搭乗禁止が解除された。まぁ骨が繋がっただけでこれからリハビリが待っているわけではあるが、精霊機装の操作にはさして支障がない(左側の通信等の為のコンソールの操作がしづらいくらいだ)ので、早速こうやって搭乗しているわけである。
勿論、ただ乗りたいだけで乗らせてもらっているわけではない。
モニターの左右にはそれぞれレオとミズホの機体が映っており、3台で並んで荒野を移動していた。
目的地は先程論理解析局より通達のあった地点。すなわち、論理崩壊の発生予定地点だ。
「復帰初日で、いきなりぶち当たるとはなぁ……」
以前ミズホから聞いた通り、現在発生が増加している論理崩壊に即時対応を行うため、リーグ休止中の精霊使いのチームはローテーションでパトロールのようなものをしている。そして今日はちょうどウチのチームが担当だったため(日本人所属チームは土日が割り当てられているケースが多い)早速トランスポーターで出撃していたところ、いきなり当たりを引いたわけだ。
『可能性としては低かったわけじゃないっスけどね』
「まぁそうなんだけどな」
ローテーションでパトロールといっても四六時中ずっとしているわけじゃない。精霊機装は全部集めても1000機にも遠く及ばず、チーム数は地域リーグを含めても200に届かない。それで6都市の周辺区域をフルタイム監視するなんてことは土台無理な話だ。
なのでパトロールの時間は論理解析局の指示で、論理崩壊の予報発生確率をベースに発生確率が高いタイミングで行っている。なので当たりを引いたのは別に偶然というわけでもない。
──とはいえなぁ。
"異界映し"の遭遇や深淵との戦闘、そしてこないだの重力極小化の論理崩壊。深淵の件はなるべくしてなったとしても、ここ最近の俺は欲しくもない当たりを引きまくっている。こんなことが続いてるといずれ「アイツが行くところで論理崩壊が起こる」なんていう噂が立ちそうで怖い。
……そういや俺今年前厄だったな? でも今の姿は女になってるしこういう時どうなるんだろうか。
ま、そんな事はどうでもいいか。この仕事やっている限りは対策なんて取りようがないし。
何にせよ、起こりそうなものは仕方ない。まだ"鏡獣"が出現すると限ったわけではないが
「もし出現したら、ここまで溜まった鬱憤全部叩き込んでやるぜ……!」
『あ、やっぱり鬱憤溜まってる?』
「あったりまえだろ!」
俺はこの世界には、巨大ロボットに乗りに来ているのだ。なのに3週間もそれには乗る事すらできず、週末はいろんな放送局を引っ張りまわされていたのだ。そりゃ鬱憤もたまる。
だが今日は午前中は病院、そして午後はこのパトロールが元々予定されていたため取材は設定されていない。ギプスも取れて、心も体も自由な気分だ。
「ついに解放された感じだぜ……!」
『来週また土曜日取材が入ってるけどね?』
う。
『あと来週クレアウィズ社のCM撮影入ってるの覚えてる?』
……
「ミズホぉ……」
口からものすっごい情けない声が漏れた。
『あーごめん! 今は忘れよ、ね! 何も考えず鏡獣ブチのめそっか!』
「……そうさせてくれ」
うん、別に忘れてるわけではないんだ。来週も取材、更に新規スポンサーのいきなりのCM撮影、ちゃんと覚えてるよ、考えたくないだけで。
チームの為に覚悟を決めたけど、それはそれとして気が重いのは確かなので当日までは現実逃避させて欲しい。久々に本業出来てるわけだしさ。
あーもう、本当に鏡獣きたらいつもの1.2倍くらい攻撃ぶち込んでみようかな。防衛出撃に関してはかかった費用は解析局から出るし。思いっきり八つ当たりだけど。
『そろそろポイントっスね』
「あ、もう?」
レオの声にモニターに表示された座標を確認すれば、確かに指示された座標の近くの数字が表示されていた。
「それじゃ俺とミズホは停止だ」
『了解』
『了解っス。俺はもう少しポイントの近くまで行きますね』
「ああ、頼む。ヤバそうなのが出てきた場合は後退して援軍待ちな」
『うっス』
今回、論理解析局から発生予測ポイントは少々特殊な連絡が来ていた。
なんでも論理崩壊の予兆として観測される歪みが、大分広域に広がっているらしい。漂流が起きるほど強い歪みは観測されてはいないらしいが、発生個所の具体的な特定が難しいらしく、指定ポイントから大分ずれて発生する可能性もあるとのことだった。
なので今回、中距離・遠距離で戦闘を行える俺とミズホは少しポイントから離れた、歪みの観測される範囲の端の部分で待機することにした。どの位置から現れても街の方面に向かわれる前に対処しやすくするためだ。それに対しほぼ近接特化のレオはもう少しポイントに接近する。まぁ俺はいつも引き際なポジションだしレオは最前線なので、いつもと違うのはミズホの位置だけな気もするが。
因みに前述のとおりエリア規模が大きいことから多数の鏡獣が発生する可能性もあるため、ここに向っているのはウチのチームだけではなかった。
『こちら予定ポイント到着。ウォーロックさん、他のチームの状況はどうかしら?』
『レイブンズ、ルーナーシー、共に直行ではなく突破された時のフォローしやすいルートでそちらに向かっている為、指定時間通りの発生だと現着は間に合わないとのことです』
ミズホの問いかけに、指揮車輛の方から壮年の男性の声が返ってくる。本日ナナオさんが不在のため、その代行として指揮車での情報処理を担当している整備班の男性の声だ。
「俺達だけで迎撃か」
『ま、仕方ないわよね』
「打ち漏らしはなんとかしてもらえると考えれば大分違うしな」
今現在こちらに向かっているのは以前"異界映し"に一緒にボコられた仲間のレイブンズと、もう一つの近郊のB2所属ルーナーシーだった。2チームとも近郊とはいえ少々距離があるので間に合わないとは思っていたが予想通りだ。向こうもそれが分かっているので、こちらへの到着を優先するのではなく街沿いに移動してからこちらの方へ向かうというルートを取っているのだろう。
『予測時刻より遅れてくれれば間に合う可能性もあるっスけどね』
『その発言フラグじゃないかしら?』
その二人のやりとりの直後、陽炎のような歪みが出現した。──鏡獣出現の前兆現象だ。
『……えっと』
「さて、どっちのセリフでフラグが立ったかな」
『レオ、セリフの内容的にレオだと思うわ!』
『タイミング的にはミズホさんのセリフの直後だったっスよ!』
「じゃあ連帯責任な。……構えろ」
その言葉と共に、俺は機体に固定されている界滅武装のライフルをその歪みに向けて構えた──その瞬間だった。
眼前の歪みからではなく、周辺全体を覆うように巨大な質量が出現した。




