ユージン、覚悟決めたってよ②
「取材の話じゃないわよ、まぁ来週以降も取材はあるだろうけどそれは置いといて。取材に関しては命令に近い形になったけど、こっちは相談?」
「相談?」
その前になんか不穏当なセリフが聞こえたが……そっちは聞こえなかったことにして言葉の最後をオウム返しに問い返すと、ナナオさんは頷く。
「チームの今後の方針に関わる話よ」
「そんな大事な話、こんなところでしちゃっていいんスか?」
「別にチームの人間になら聞かれても困る話じゃないもの。ねぇ貴方たち、サーヴェインの件はもう聞いた?」
「サーヴェイン?」
その名前からぱっと思い浮かぶものがなかったらしいレオが首を傾げるが、俺には聞き覚えがあった。
「B1の所属チームですよね?」
というかさすがに上位リーグに所属するチームの名前くらいは憶えておけ、レオ。尤もそれほど目立つチームではないしパッと浮かばないのは仕方ないか、などと考えていたら俺の言葉にミズホが補足を入れてきた。
「それに加えて、今回の実行犯の精霊使いの内3人が所属していたチームね」
「え、そうなの?」
俺の言葉にミズホが頷く。
その情報は知らない……というかザック・マルティネス以外は俺実行犯の名前も聞いてねーや。
まぁでも今重要なのはそこではない。
「で、そのサーヴェインがどうかしたんですか?」
「今日の午前中にチームの解散を発表したわ」
「解散?」
「ええ。精霊使いの内3人が資格はく奪、しかも精霊使い以外の襲撃犯の中にもスタッフが何名も混じっていたらしくてね。あげくオーナーも割と有名な日本人排斥派だったから今回の一件で都市内の立場が弱くなったらしくて、これ以上チームを運営していくのは無理だと判断したらしいわ」
「マジっスか」
「あれ、でもそうすると来期のBランクリーグどうするのかしら? 19チームで実施するの?」
「あるいはラウドテック辺りが繰り上げ昇格か?」
ミズホと俺が続けて予想を口にするが、ナナオさんは小さく首を振りその両方を否定した。
「リーグ戦の規定だと、この場合はラウドテックの昇格ではなく昨季最下位でC1に降格予定だったルコンが残留するハズよ。そしてもしそうなるのであれば──チャンスだわ」
言葉と共に、ナナオさんが唇の両端を吊り上げた笑みを見せる。
そのチャンスという言葉と笑みの意味は俺達にも理解できた。
昨季ウチが手も足も出なかったクレギオンはB2に昇格し、その代わりに落ちてくるチームも存在しない。ということは、昇格戦のライバルとなるチームはラウドテックと4位だったイスファーンくらいだ。そして昨季ウチはイスファーンには2勝、ラウドテックも後期では勝利している。分の悪い相手ではない。
であればだ。次のシーズン、自動昇格となるC1リーグの優勝は現実的に狙える目標になる。ウチのチームが3期連続で停滞しているC1から抜け出し上に行くのに、間違いなく最大のチャンスだった。
「貴方たちの実力なら、確実に来期優勝できると思っている。だから私は、来期昇格することを前提としてこれから動こうと思っているの。そこで相談となるのよ」
そう言うと、ナナオさんは脇に抱えていたいくつかの書類をこちらに見せてくる。
「それは?」
「新規スポンサーに関する資料よ。今回の一件の話を受けて、動きの早い数社が早速打診を入れてきたわ。これは今後まだまだ増えると思う。元々ユージンの話題性である程度そういった話は来てたけど、今回はその比じゃないわ」
「そんなにですか?」
「ええ、本来ならC1のチームに来るような規模じゃない大口からも問い合わせが来てる。そうすればチームの運営費用にはかなり余裕が出るわ──そうすれば、昇格が決まる前に精霊機装の4機目も用意できる」
「え、もしかして次のシーズン4機構成で行くっスか!?」
やや興奮したレオの言葉は、ナナオさんが即座に否定。
「さすがにそれは無理。機体を準備したとしても精霊使いがいないもの、さすがに今から探して今期中に加入させるのは難しいわ。でも潤沢な運営費用があれば昇格が決まらなくても話は進められるのよ」
「確かに……」
ナナオさんの言葉にミズホが頷く。
これまでのうちのチーム資金では、C1所属のリーグ報酬のままでは4機を維持していくのは難しかった。だから昇格を考えて4機目の精霊使いをスカウトするにしても、"昇格した場合は"という話になってしまう。そんな条件で人材を確保するのは難しい。他のチームと競合してしまったらほぼそちらへ持っていかれてしまうだろう。
だがスポンサーの増加に伴いC1でも4機維持できるようになれば、"昇格の成否に関わらず"ということで話を進めることが出来る。無論上位リーグのチームと競合になった時に難しいのは変わらないが、それでも格段にやりやすくなるのは事実だ。更には3機で上位に位置しているチームが4機編成になれば、たとえ次回落としてもその次で昇格は手堅いから猶更だ。
「なるほど。それで昇格前提として、機体と人材の確保に動くということですね」
「そういうことよ」
「でも、それで俺達に相談とは?」
俺達はあくまで雇われ精霊使いで、ナナオさんは雇い主だ。そうやって動くことに俺達への相談はいらないだろう。人材の入れ替えではなく追加だしな。
それともどのような人材を探すかという話だろうか? だったら──
「スポンサーの条件の話よ。間違いなくCMやイベントへの出演が条件の中に組み込まれるわね──ミズホやレオもそうだけど、特にユージンの」
あ……
「私としては勿論スポンサーは増やしたいけど、貴方たちにそれを理由に移籍を検討されてしまうと本末転倒なのよね。だからご相談なのよ」
チームとの契約上は、そういったスポンサーからの要請は基本的に協力することになっている。が、そうすることによって来期以降俺達が契約延長を拒否すれば、チームとしては戦力だけではなくせっかく獲得したスポンサーも再び失う可能性が高い。だから強要はしない……そういうことだろう。
これ、実質俺に対してだな。これまでもチームの為そういった要請をこなしていたミズホが断るとは思えないし、レオはその辺りあまり抵抗がない。それに対して俺はこれまではそういった事にあまり積極的ではなかった。まぁ男時代はそういう話自体ほぼなかったんだが……
「どうかしら?」
ナナオさんは口ではそういうものの、急かすような気配はない。多分回答を少し待って欲しいといえば待ってくれるだろう。
だが──それだけ動き出しは遅くなるし、待たせれば話を取り下げるスポンサーもあるかもしれない。
いや、そもそもそう考えている時点で俺の考えは決まっているんだ。
「やります……大丈夫です」
「本当にいいの」
俺はコクリと頷く。
「どうせもう限界近い注目浴びてるんだ、CMとかで目立ったところで今更大差ないです。それに昇格してトップリーグにまで上がれば、そういう仕事はどっちにしろ増えるんだから予行演習ですよ」
ぶっちゃけ不安塗れではあるが、そう言い切る。どちらかというと、自分への言い聞かせに近い感じではあるが。
人気競技のプレイヤーをやっている以上、上に行けば必ずそうなる。それが予定よりも早く来ただけだと自分に言い聞かせる。それにこれまではミズホがチームのためやってくれていたことを、自分は嫌だからやりたくないなんて我儘は言いたくなかった。
ナナオさんがさっき言った通り、今の状況はチームとしてはチャンスなのだ。
こんなナリでも俺はいい年した大人だ。
いつまでも恥ずかしいとかいっていて、そんなチャンスを逃したくない。
「こうなったら、この外見を最大限に利用してやりますよ」
「え、グラビア写真集とかも出しちゃう感じ!?」
「そういう話じゃねぇよ!?」
出たら買うのにとか呟いてるんじゃねぇよ。というかプールの時ですら恥ずかしくて死にかけたのにそれで撮影なんかできるか!あ、さすがにその辺はご勘弁をというのはナナオさんにお願いしておこう。覚悟を決めたとは言っても限度があります。
というか、そういう事を考えたら勢いで振り払った不安が再び舞い戻ってくる。
うう……
「あの、やっぱり条件出させてもらっていいですか……?」
「急に勢いがしぼんだけど何かしら」
ナナオさんの問いに、俺はミズホとレオの方を上目遣いに見上げながら言う。
「CMとかイベントとか、必ずミズホかレオと一緒になる条件でお願いします。ひとりはその……なんというか怖さがあって」
俺の言葉に一瞬きょとんとしたミズホとレオは、顔を見合わせて言った。
「ねぇ、この可愛い生き物持って帰っていいかしら」
「俺が見れなくなるからダメっス。というか今のこの姿見るとマジでユージンさんの元の姿思い出せなくなって来たっスね。実は元からこんなちっちゃい女の子だった気がするっス」
「或いはこっちの姿が本来の姿で以前の姿が仮の姿だったとか」
「そんな訳あるか」
こっちは産まれてから24年間はずっと男だったんだよ、間違いなく。確かに最近ちょっと自分の無意識の言動に不安を感じる時あるけどさぁ……




