ユージンは引きこもりたい
「うう……」
ソファに突っ伏したまま、呻き声と共に身を振るわす。
病院での出来事は、やはり思い出してみると恐怖だった。あの時はまだ漠然としたものだったが、冷静になった今の方が思い出す光景に恐怖を感じる。
そこに悪意や敵意がなくても、身の回りに知り合いが誰もいない状況で、自分よりもずっと背の高い見ず知らずの人間に囲まれ周囲の様子がまるで見れないというのは恐ろしいことだなというのを実感した。以前囲まれたときは驚きが先に来たせいか、恐怖が前面にでてこなかったのでまだマシだったんだろう。
俺自身が芸能人のように注目を浴びる事に昔から慣れてきていたならまだ違ったんだろうが、生憎俺が注目を浴びるようになったのはほんの4ヶ月ほど前。それまでは学校等の狭い範囲ですら注目を浴びる事などなかった一般人だ。しかも最初の時以降は出来るだけ注目を浴びないようにして来ているので、いまだ殆どメディア関係者以外に囲まれていることになれていないというのも大きかった。注目レベル1から90くらいまで一気にレベルが上がったようなもんだからな、俺……
うう、群衆怖い。
「よちよち、怖かったわね。もう大丈夫でちゅからね」
そんな言葉と共に頭を撫でてくるミズホの手を、突っ伏したまま乱暴に払う。赤ん坊言葉とか馬鹿にしてんのか。──いや、コイツの場合は単純に今の俺に対しての感情がそういう感じになっている可能性の方が高いだけな気がする。
というかだ。
「連日テレビやらなにやらで俺らの顔流しまくっているなんて情報、先に教えろよ」
「それに関してはごめん。論理崩壊とかでドタバタしたのもあって話したつもりになってた」
顔だけ上げて中腰で横に座っていたミズホをじろりとにらむと、彼女の口からは素直に謝罪の言葉が出た。
そう、病院で俺があんな状態になった原因がそれだ。
帰り道になって聞いた話だが、どうやら現在俺達の顔がテレビなどで流れまくっているらしい。
流れているのは主に浦部さん、イスファさん、ラムサスさん、秋葉ちゃん達アズリエルのメンバー、そして俺達エルネストのメンバー。要するに先の一件で活躍したと言える面子である。
まぁ考えてみれば当然だ。あの襲撃を受けた会場にはメディア関係者が大量にいた。浦部さんはその前で思いっきり術を使って襲撃犯を制圧しているし、残りのメンバーも精霊機装での戦闘を目撃されている。そしてその戦闘がこの世界を危険に晒すような出来事だったと知れば、メディアは当然それに関わった人物を英雄としてはやし立てるだろう。
というかミズホの話では実際そうなってる。なんでも特別番組なども編成されていて、テレビやネット放送局を見ていれば必ず目にするレベルだそうだ。
そんな状況下で人前に顔を出せば……そりゃあ気づかれる。勿論俺だけじゃなくミズホやレオも同様の状況で、ここ数日はいろいろ苦労しているようだ。
「ただなぁ」
「ん、何?」
「放送するにしたってメインになるのは浦部さんやラムサスさんだろ。俺今回メインじゃないだろうに、それでもそんなに流れてんの?」
「……ねぇそれ、本気でいってる?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。まず第一に、数か月前に突如美少女になった子が今回の一件に関わっている。それだけで話題になるのはわかるわね?」
「それは、まぁ。でも事件に深くかかわってたり、戦場で活躍した面子の方が話題になるだろ?」
「それに関しても関係者の証言が出てるのよ」
「関係者の証言? なんだそれ」
「レオ、例の放送の動画出せる?」
「公式サイトにあるはずっスよね。ちょっと待ってください」
ミズホの言葉に頷いたレオは机の上に置いてあったスマホを手に取ると、手早く何かを操作する。
「えっと、閲覧履歴で……あったあった。これの、この辺りっスね。どうぞ」
そう言って差し出されたスマホのディスプレイには、何かの報道番組らしきものの動画が映し出されていた。
男性と女性のアナウンサーが映っていて……と思ったら、画面が切り替わり見知った顔が大きく映し出される。
流れ出したのはインタビュー映像だった。
それは今回の事件に関係した精霊使いがいくつかの質問に答えていくという内容のものだった。その中のある一部を抜粋するとこんな感じになる。
Sリーグ所属 浦部 ユキ江
「アタシも情けない事に連中にとっ捕まっちまったんだけどねぇ。途中であのユージンって子がその身を呈して連中の気を引いてくれてね、おかげで連中をなんとかのす事が出来たんだよ。あの子は命の恩人さね」
Sリーグ所属 フレイゾン・イスファ
「……僕は今回の実行犯だった同僚を止める事しかできなかったよ。それに深淵に止めを刺したのも、開いてしまった扉を閉じたのもユージンさんだ」
B1リーグ所属 ロイ・アルバ
「あのちっちゃい嬢ちゃん、怪我をしてて傷が痛むだろうにそれに耐えながらも戦っておった。大した娘じゃな」
Aリーグ所属 ヴォルク・ラムサス
「俺はあの戦場でこの世界に舞い降りた女神を見た」
「との証言により今のユージンの評価は"自分の身を危険に晒しながらも捕まった精霊使いを救い出し、その時に負った傷の痛みに耐えながら深淵を打ち砕き扉を封じた救世の美少女女神"ということになっております。話題性も放送への登場率も№1だよ」
「うぉいっ!?」
タチが悪いだろうこれ!
一番最後の何かおかしな幻覚を見ている人物を除けば嘘は言っていないが、いろいろと説明が足りていない。
浦部さん達の救出劇で中核になったのは浦部さんとラムサスさんだし、深淵の撃破だって俺はトドメの一撃──最後の美味しい所を持っていっただけだ。だがそれぞれの人物が答えた内容が継ぎ接ぎされた結果、まるで俺が大活躍したようになってやがる!
「過大評価で話題になるとか地獄じゃねぇか」
「でも皆嘘は言ってないっスし、それほど過大でもないのでは?」
「どう取っても過大!」
「不在だったせいでユージン自身がインタビュー受けられてないのが仇になったわよね。今更評価変えるの多分無理よ?」
……確かにミズホの言う通りだ。普段は世界の壁があるから情報の入手が遅れるのは仕方ないと思っていたが、まさか情報の発信が遅れる事が問題になるとは……
「うう」
再び体にどっと疲れが襲ってきて、俺は再度うつ伏せに突っ伏す。もうこのまま眠ってしまいたい。そして目が覚めたらここ最近の出来事は全て夢だったとかならないかな……
「なんかさっきから心底お疲れっスね。病院の件それほど凄かったんスか」
「あーいや、それに関してはその後もあるんじゃないかな? 帰ってくる時車のとこまで脱走兵みたいに周囲を気にしながら走って来てたし、帰りの車の中でも気づいた人間が手を振ってくるたびに振り返してたから。慣れないファンサービスとか無理しないでもよかったのにね」
「だからって無視してたらウチのチームの印象悪くなるだろぉ……」
「そういう所は気にするのね。帽子深くかぶって寝たふりでもしてればよかったのに」
「……そういうのは早く言ってくれないかな」
「それくらいも思いつかないくらいにテンパってたの? まぁはたから見てる分には可愛かったんで黙ってたんだけど」
「お前なぁ」
そうしてればもう少し精神面での負担が少なかったんだぞ、
あー、もういい、もういい!
「決めた、俺精霊機装のリーグ戦再開するまで日本側に引きこもる」
向こう側では俺はただの一般人に過ぎないんだ、ほとぼりが冷めるまでは日本からでなければ平穏無事な生活が送れる。──なんだかスキャンダル起こした芸能人みたいなのがちょっとアレだが。
だがその名案を、ミズホが速攻で否定した。
「ダメよ、そんなの」
「なんでだよ」
「アタシがユージン成分の補充ができなくて干からびるわ」
「数ヶ月前までは摂取していなかった成分なんだから大丈夫だろ」
「一度知ってしまえばもう途切れさせたらだめよ、禁断症状が出るわ」
俺は麻薬か何かか?
「悪いがそうしないと俺の精神が死ぬんだよ。お前はこれを機に更生してくれ」
俺がミズホに対してそう言葉を返した後。
それに対する否定の言葉は、今度は別の所から来た。
「悪いけど、チームオーナーとしてもそれは認めるわけにはいかないわね」




