先の事件に関するあれこれ
さすがにあの事象そのまま放置してまた別の人間があそこに踏み入れると不味いので、一度施設に戻って職員に状況を伝えてからようやく俺達はミズホの車に乗って出発した。
「結構時間かかっちゃったわね」
「大分余裕を持ってこっちに来て正解だったな」
「実はもっとのんびりくればあの論理崩壊にも引っかからなくてすんでたりして」
「……結果として俺が引っかかることで誰も怪我人出さずにすんだんだから、やっぱり正解だろ」
「そうね、アタシもいいモノ見れたし正解ね」
「おい、記憶から消せ」
「やーだ。あ、まだ問題ないと思うけどそれほど時間ないし、事務所よらないで直行するわね」
「ああ」
例の一件から丁度一週間経過した日曜日。負傷と霊力の消耗で精霊機装に乗る事もできず、怪我に響くのでそれほど動き回ることもできない俺がこちらの世界に来ているのは、病院への通院の為だった。
最初の治療をこっちで受けた以上、日本側の医者に切り替えると説明が面倒になりそうになったので治療はこっちの医者で済ますことにしていた。ただ当初運ばれた中央統括地域の病院はいろいろ通うのが面倒だったので、病院自体は以前性別変化した時に運ばれた病院に変えてもらっていたが。
それと、こっちに来た理由はもう一つある。情報だ。
俺はあの後こっちの世界の情報を殆ど入手していない。だがあれだけの事があったのだ、いろいろ影響が出ているのは間違いないだろう。
その中でも一番気になっていることを、俺はミズホに対して問いかける。
本来なら来週開幕戦が行われる予定だったリーグ戦についてだ。
その問いに、ミズホはハンドルを操作しながら答える。
「延期、というか次期シーズンの前期は中止になったわ」
「中止……それはまた思い切ったな」
通常参加チームに不慮のトラブルが出ても、俺が物理崩壊を喰らったときのように試合が延期になったり中止されることはない。参加できなければそのチームは不戦敗となるのがリーグのルールだ。
ただ今回はちょっと不慮のトラブルの範囲が大きすぎた。俺が認識している限りでもSAとCリーグの一位チームの機体が全機大破、それ以外にも大破機体が出たチームが複数。Bリーグの一位チーム及び多数の精霊使いが霊力の過剰消費で万全とはいえず、更には数名の精霊使いは事件の容疑者だ。
「単純に考えても開幕から満足に動けないチームが二桁になりそうだし、仕方ないか。ただ中止は想定外だけどな」
「それなんだけど、延期じゃなくて中止になったのは別に理由があるわよ」
「そうなのか?」
「ええ。丁度さっきユージンが体験したアレが原因」
「アレって、論理崩壊か?」
「そ。あれ以降ちょっとこっちの世界いろいろ大変な事になっていてね」
そう言って彼女は、俺が日本に帰って以降こちらで起きたことをいろいろと説明してくれた。
まず最初に話の出た論理崩壊に関して。あの事件の直後から、先程俺が体験したように人の住む場所の近くで多数発生が確認されているらしい。
都市の中央部、繁華街や住宅地ではさすがに発生していないが、都市部の外周であまり人が立ち入らない場所ではすでにその影響を受けた人間や動物も発生しているそうだ。たださすがに影響は小規模で体がまるまる作り替わったりなどはないらしいが……さっきの俺が受けたような事象だと怪我人が出る可能性もあるから甘くは見れない。
なので現状都市の外周部への不用意な外出は禁止になっているとのことだった。それでもさっきのようにかなり生活園に近い場所で起きるケースが稀にあるので、そこそこ被害者は出ているらしい。幸いな事に今の所は大きな怪我人とかは出ていないようだが。
で、だ。
本来発生する事はない都市近郊ですら論理崩壊が頻発しているとなると、元々発生していた都市部より離れた場所はどうなるか。
当然、そちらの発生頻度も上昇する。
そして都市部と違い規模の大きい論理崩壊の発生する場所での頻度が高くなれば、それに伴い"鏡獣"の出現数も大きく上昇することになる。
実際、通常なら各都市ごとで週に一回くらい発生する程度の"鏡獣"は、この一週間だとカーマインだけでも二桁に到達する数が出現しているとのことだった。
次期シーズンの前期が中止になったのはこれが原因。
「うちは来週まで免除されているけど、パトロールとしての出撃も求められているからね」
とのこと。頻度が上がった上に発生区域も以前より都市に近くなっていることから、早期の対応のためリーグ戦事務局及び論理解析局の要請でそうなっているそうだ。そんな状況下でリーグ戦を並行して行っていくことは困難なため中止が決定したらしい。ウチとしては──まぁ俺の怪我やレオの機体の破損があるのでこの裁定は助かったかもしれない。約三か月近く試合が行えないのは残念ではあるが。
そして、こうなった原因となった先週の事件について。
まず、事件自体は論理解析局から正式にその内容が公表されたらしい。
前述のとおり全都市レべルで影響が発生しているし、何よりあの事件は多数のメディア関係者が目撃している(戦闘も遠距離からではあるが撮影されていたらしい)ため隠蔽は無意味と判断されたそうだ。そもそも事象としては過去に何度も漂流という事象を経験し、この世界の住民はそういったことを"起こりえる物"として理解している。俺達の感覚でいえば規模の大きい地震が来たくらいの話で、隠す事に意味はさほどない。
どちらかというと話としての影響が大きかったのは、それを引き起こした事件の方だった。
事件の首謀者は、論理解析局の中で転移に関する事柄を統括している部署の責任者の女性だった。ただし彼女は当時完全に深淵に憑依されておりそこに彼女の意思は介在しておらず、また彼女自身憑依中の記憶は一切残っていなかったため被害者として扱われることになった。かなり衰弱している為、今はまだ入院中という。
だが、実行者となった連中に関しては無罪放免とはいかなかった。
彼らも思考誘導を受けていたので被害者と言えるのだが、解析局の女性と異なりそこに彼らの意志が介在していたのは、襲撃者の中で早めに正気を取り戻した男の証言から確認できている。また同様の事があった時の危険性なども加味されて、彼らの処分は精霊使いに関する資格の剥奪ということになった。
尤もガウル以外の5人の精霊使いに関しては、そもそも継続が難しいだろうとのことだったが──ここだけミズホが口を重くしたのは、恐らく体が変質したか、精神に影響がでたか……そういうことだろう。
ちなみに襲撃者に関しては、その大部分が六都市の一つアルスツゥーラの貴族及びその配下の関係者だったらしい。
貴族制のあるあの都市の貴族は、その一部に選民意識が強く日本人を毛嫌いしている一派がいるときいていたのでさもありなんという感じだ。
ただ今回の一件でザック・マルティネスの家の本家であり、二十の席からなる貴族院の一席を担っていたその一派の貴族が責任を取らされその席を失ったとのことだった。まぁ関係者の方々には申し訳ないが、これで変に絡んでくる奴が減ってくれるといいがな、と思う。少なくとも今回の一件が明確に反日本人派の起こした事件と知れ渡った以上、しばらくはそっち方面に関しては静かな生活を送れるだろう。
うん、そっち方面ではね。
「ついたわよ、ユージン」
いろいろ話し込んでいる内に、気が付けば目的地に到着したようだった。病院の正面玄関前に車が停車される。
シートベルトを外し、一応正体を隠す用の帽子を被ってから車から降りる俺に、ミズホが背後から声をかけてくる。
「それじゃアタシは駐車場で待ってるから。終わったら連絡頂戴」
「あれ、一緒にこないのか?」
てっきりついてくると思っていた俺に、彼女はコクリと頷く。
「アタシも一緒に行くと、バレる確率高くなると思うから」
「そりゃそうだが……ま、分かった。診察終わったら連絡するよ」
「うん、それじゃ健闘を祈るわ」
まるでこれから俺が戦場へ向かうかのような事を言うミズホに手を振りつつ、身を翻して病院の中に俺は入って行き──
そっち方面以外で、この世界での俺がどうなったかを俺はこの数十秒後に知る事になる。




