貴女の名前は
奴の皮膚の強度は異常だ、今の火力で何発攻撃を入れたところで奴を止められるとは思えない。だが奴が異界の怪物を複製した"異界映し"であるなら、生物としての弱点となる場所があるはずだった。
そう、例えば眼球。俺の放ったライフルの銃弾は、レオの機体を弾き飛ばしたトカゲの右目を狙い違わず捉える。
結果は正解だった。
これまでどれだけ攻撃を加えてもひるむ素振りすら見せなかった巨大トカゲが、初めてその口を開けて悲鳴を上げるそぶりを見せる。そしてその開いた口に更に俺の銃弾が飛び込んだ。
「!!!」
ここからでは聞こえないが恐らくは何かの鳴き声を上げているような素振りを見せ、奴がその巨躯をくねらせる。そしてその視線がこちらに向き──
俺の機体を捉えた。
自分に傷をつけたのが丘の上に立つ存在だと気づいたのだろう。奴は横で体を起こそうとしているレオの事は気にもとめずに、こちらの方へ向けて駆けだす。
とりあえずこれでひとまずミズホ達の危機は去ったハズ。だが当然安堵できるわけじゃない、次は俺が命の危機だ。コードの発行が間に合わなかった場合、或いはそれを使ってもダメだった場合、今度は俺の機体が蹂躙されることになる。
おかしいなぁ、俺はヒーローになりたくてこの世界に来ているわけじゃないし、命を懸けるような事態は想定していない。ただ安全の保障されたスポーツのような競技で、子供の頃の憧れだった巨大ロボットを乗り回したかっただけだ。
だけどな。
そういった物語に憧れて育った男として、危機に陥った仲間を見捨てられるわけなんかないんだよなぁ!
ズームを切ったモニターに映るトカゲの姿は徐々に近くなってくる。が、俺はこれまで使っていた実弾のライフルを放り捨て、霊力をそのまま力として放つもう一つのライフルを構える。実弾系はより少ない霊力で威力は出せるが、乗せられる力に限度があるため最大火力は望めない。
俺は銃を構えたまま動かない。これ以上の攻撃は力の浪費だ。残る力は全て次の攻撃に回す。
トカゲの勢いは止まらない。奴は土埃を上げこちらへ突進してくる。
もしコードが間に合わなかったら、持てる火力の全部を全て至近距離から叩き込んでやる。
残り距離はどんどんなくなってくる。正直逃げ出したい気持ちが沸き上がってくるが最早手遅れだ。コードはまだか──そう思った瞬間、通信機からナナオさんの声が飛び出した。
「許可が下りたわ! コードは──」
間に合った!
ナナオさんに口頭で告げられたコードを、俺は椅子の左の肘掛に格納されているパネルを取り出して一気に打ち込む。そして更に俺は相棒へ向けて叫ぶ。
「タマモ! <<全開駆動>>!」
<<全開駆動>>。精霊機装における最終形態と呼ぶべきモード。消耗速度が格段に上がる代わりに、このモードになると全てが霊力で賄われるため例えばバッテリー切れや足の駆動系が破損していても動く事が可能となり、あくまで機械の性能の中でしか動けなかった機体の動きも限界を超えたものに変わる。更には奥義とも呼べれる力も使用可能になるが──それに関しては俺は習得させていないので使えない。今の目当ては残りの一つの効果だ。
コードを使ってリミットブレイクしても、<<精霊駆動>>状態だとモードとしての上限があるので限界を超えた攻撃は使えない。だが<<全開駆動>>は武器使用における上限として設定された威力までなら、精霊使いの好きに設定できる。さらにはその上限も今コードを使用して取り払った。
ようするに、今持てる全ての力を注ぎこんだ攻撃が可能になる。
俺は構えたままのライフルで狙いを定めて、突進してくる巨大トカゲを見つめる。
次の一撃は本当に最後の一撃だ、外すことは許されない。奴が接近してくるのをギリギリまで待つ。
200M。
150M。
100M。
──50M。
その距離に奴が到達した瞬間、俺はタマモに頭の中で「全ての力を込めて」と指示を出して引き金を引き──そして俺の意識は光につつまれ、消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……!! ……!!」
どこからかくぐもった声が聞こえてくる。何かを間に隔てているようでよく聞こえないが、聞き覚えのある声だ。その声に掬い上げられるように俺の意識は闇の中から浮上するのを感じた。
ゆっくりと目を開くと、そこは操縦室の中だった。すでにディスプレイは消えており、無機質さを感じさせる操縦室の壁が視界に広がる。
機体は──恐らく仰向けに倒れているのだろう、なぜなら俺がその状態になっているので。
倒した……のか?
意識を失う前の情景を思い出す。確か引き金を引いた瞬間意識を失ってしまい、その後の事はどうなったのか。霊力を全部失うと気絶するんだなー、とぼーっとする頭でぼんやりと思う。
どれだけの間気を失っていたかはわからないが、今攻撃を受けている気配がないということは倒しきれたんじゃないかと思う気がする。体がだるいというか重すぎて力が全く入らないので確認はしづらいが。
でもそうすると、外から聞こえてくる音はなんだろう?
あまりはっきりしない意識の中、それでもなんとか外から響く音に意識を集中させるとなんとか何を言っているのか聞き取ることが出来た。
「ユージン! ユージン! 無事なの!? ハッチを開けなさい!!」
ミズホの声だ、無事だったんだな。
ハッチか、タマモ開けてくれと頭の中で精霊に依頼するが開かない。なんでだろうと考えたら今自分が操縦宝珠に触れてないことに気づいた。なのでそちらに手を伸ばそうと視線を向けると、そこには水晶球の上に立ったタマモがこちらを見下ろしていた。
融合が解けている……?
力を使い果たしたから、自動で解除されたのだろうか。だとしたらタマモに開けてもらうのは無理だな。
「ユージン! 返事してってば!」
「今開けるから待ってろ」
ミズホの言葉にそう答えようとしたが、かすれた声しかでなかった。あと妙に口から出る声が高くて違和感を感じたが……まぁ今はどうでもいいか。
ええと、手動で開けるスイッチが左側のパネルの中にあったな。
怠すぎて動かすのもしんどい体に鞭を打ってなんとか手を伸ばし、ハッチの開閉ボタンを押そうとして──届かない。なんでだ? 普段なら腕を伸ばせば普通に届く距離なのに。仕方ないのでなんとか体をずらし──服がやたらとダボついて動きづらいことこの上なかったが──なんとか手を届かせてボタンを押す。
その時に見えた自分の手が妙に小さく色も白く見えた気もしたが、そんなことより体がもう限界だし、頭も回らない。上げていた腕を自らのお腹の上に倒し、俺は全ての力を抜いて椅子に横たわる。
正面ではボタン操作に応じてハッチが左右にゆっくりと開いていき、澄み渡る青空が視界に飛び込んでくる。全身の気だるさと朦朧とする意識の中で、あーこのまま昼寝してぇなどと思っていると、そこに影が差し見知った姿がひょっこりと顔を出した。
その見知った相手──銀髪の美女は俺の姿を認めると、一瞬だけ安堵の表情を浮かべたあと一度目を驚いたように見開き、それからすぐにそれを怪訝そうなものに変えて、言った、
「貴女、一体誰? どこから入ったの? ユージンは?」
何言ってるんだコイツ、目の前にいるじゃねーか。そんなことを考えつつ俺の意識は再び限界を迎え微睡みの中へ沈んでいった。