異世界アキツは出鱈目さのレベルがあがった!
最近異世界アキツに来て最初にやる事は、スマホのメッセージの送信だ。
送迎を請け負ってくれているミズホは基本的にどこかのカフェ等で時間を潰しつつ待ってくれており、連絡を入れると転送施設の入り口まで車を回してくれる。
彼女は到着しているならメッセージを送ってきてくれているので、それに返信を入れる形だ。
今日もいつも通りそうしようと自分のロッカーの中から取り出したスマホに目を向けると、そこにはいつもと違う感じのメッセージが届いていた。
『裏の駐車場にいるから、裏口から出てきて?』
裏口なんてあったのか、ここ。いや、裏口くらいは普通にあるか。
とりあえず到着したことと了解の旨のメッセージを送り、裏口の場所は知らなかったのでその辺にいた職員に確認。教えてもらった小さな裏口から表に出ると、駐車場の車の中に確かに見慣れた車があった。パタパタ手を振ってみると車の中の人影も気づいたらしく運転席の扉が開き、中から女性が出てくる。
というか、普通にミズホだ。いつもはストレートにしている髪を上げて纏めて眼鏡をかけていたので印象が違い一瞬ん? とは思ったが。モデルの仕事の後そのまま迎えにでも来てくれたのかな?
あーでも普通に似合ってるよなー、さすがだな。
そう思いながら、手を振り返してくる彼女に向けて足を進める。恐らく基本的には職員用の駐車場なのだろう、それほど広い訳でもないその場所をのんびりと歩いて行く。走ったりするとまだちょいと響くしね。
そうして、声をはらずとも届くくらいまでには近づいた時だった。
──突然、前に出した足が空ぶった。
「へ?」
訳がわからず、ただ咄嗟に転ぶと思って、慌てて俺は残している側の足で踏ん張ろうとする。
踏ん張れなかった。というか、そちら側の足にも地面の感覚がない!
更には見えていたミズホの姿や背後の車が足元の方へと下がって行き、代わりに視界が一面の青空へと変わり、更にはゆっくりと施設が見えてきて、頭上に地面が見えるようになってくる。
……上に地面?
あれこれ俺さかさまになってる!?
理解がおいつかない状態なりに、反射的に今や真上にある地面に手を伸ばすがギリギリ届かない。足もバタバタ動かしたがいまや空へと向けられている足は当然空をきった。
「あっ、こら、ちょっと」
じたばた動かした足に蹴られた感じになったロングスカートがそれぞれ前後へとふわふわ広がっていくことに気づき、慌てて体を丸めて怪我していない方の手でなんとか押さえつける。
あああダメだ後ろの方はどうにもできない!
何なの!? 今俺の身に何が起きているの!?
「ユージン、落ち着いて! こっちに手を伸ばして!」
パニック状態の俺の耳に、焦りを含んだミズホの声が届く。
こっちっていってもどこにと思っていたら、ミズホの足が目に入り、そこからだんだんと彼女の姿がスクロールするように現れていく。あれこれもしかして俺今回転してる?
太もも、腰、お腹と視界に順々に彼女の姿が視界に入ってゆき、手が見えた瞬間俺はそれに対して必死に手を伸ばした。
お互いの手が触れる。その瞬間ミズホがぎゅっと俺の手を握りしめる。
それでもまだ体が勝手に回っていく感覚──だが掴んだ腕に力を入れると、視界のスクロールが停止する。
そして今更ながら理解する。回転の止まった俺の体は今、地面に平行のような状態になって宙に浮いていた。
なんだこれ。なんだこれ?
ミズホとつないだ手だけで、空中に固定されているような状態。ひどく不安な状態に思わずすがるような目でミズホの方を見つめると、彼女は安堵のため息の後、
「もう大丈夫よ、ゆっくりこっちに引っ張るわ」
優しい笑みと共にそう告げてきた。そしてその言葉通り、宙に浮かぶ俺の体をゆっくりとえらく慎重に自分の体の方へ引き寄せ始める。そして顔がぶつかるくらいまで近づくと……彼女は俺の体を抱き寄せてきた。
「え、ちょっと、何」
「じっとして。多分急に重力戻ると思うから、アタシにしっかりしがみついていて」
彼女に抱きかかえられたことで、地面に対して平行だった体が垂直になっていく。そして彼女の言葉通り、突然体が地面に引かれる感覚が戻って来た。それと同時、まだ体が垂直になっていなかったため倒れこみそうになる体を、ミズホの体が優しく抱き留めてくれて──ようやく俺の体は再び大地を踏みしめることができた。
「ふう、良かった。怪我ないわね?」
頭上から、安堵の声。ぎゅっと背中に回された腕に力がこめられ、俺の体はさらにその柔らかい体に押し付けられた。というか身長差的に思いっきり胸に口の辺りが埋まってるんだけど。今や自分の体にあるものとはいえそれとこれとは別の話で頬に触れるその柔らかさにドキドキしてしまうが、さすがに喋りにくいしちょっと恥ずかしいというか申し訳ない気持ちがあるので、俺はぺしぺしと彼女の二の腕を叩く。
「あ、ごめん」
力が弱められたので、俺は彼女から身を離してようやく一息。若干不安だったのでミズホの腕を掴んで地面を軽くトントンと軽く蹴るが、今度は俺の体が宙に浮くことはなかった。
それでようやく俺は安心する。
「なんだったんだ一体……」
空中で暴れたことで少し乱れてしまった服を直しながらそう呟くと、その答えをミズホが即座に返してくれる。
「こんなふざけた事が起こる事なんて一つしかないでしょう。論理崩壊よ」
「ああ、まぁ、そうなるのか」
職業柄論理崩壊の影響は過去に何度も経験しているが、基本的にはそれらで体験するのは”鏡獣”の出現だったためパッと頭に浮かんでこなかった。が、それらは論理崩壊が起こす事象の一つにすぎず、本来論理崩壊が巻き起こすことは「この世界の常識に当てはまらない事」だ。俺の姿が変化したこともそうだし、そういえば過去の事象としては重力が反転したという話も聞いたことがある。今のは上に向って落ちたわけではないから、反転ではなく消失、或いは極小に変化したといったところだろうか。
そういうことであれば、先程のふざけた出来事はこの世界ではありえる話だ。ただ、
「こんな場所で論理崩壊が起きたの、不味くないか?」
本来の論理崩壊は人が暮らしている場所ではまず発生しない。この辺り、人やこの世界の生物が多数いる場所だと世界の歪みが起こりにくいかららしいんだが……
だが今いる場所は、都市の外れの方に属するとはいえ人が生活している地域だ。こんな場所で発生するようだといろいろ大問題が起きないか?
「んっとさ、詳しい事は後で話すけど、今論理崩壊の発生範囲が広がっているのよね。それでもさすがにこんな施設の近くで起こるとは思っていなかったけど……この駐車場あまり使われてないのかしら、あんまり車も止まってないし」
「確かに車の数は少ないけど……そういう問題か?」
「そういう問題なのよ。あとはユージンの引きの強さかな? さすがにこんな場所ではまず発生してないし、そんな場所でピンポイントで影響を受けるとはさすがに持っているとしか」
「そんな引きの強さいらない……」
俺はもう少し平穏にくらしたい。ただまったりとロボットのパイロットがしたいだけで、それ以上の刺激はいらないんよ。もう手遅れな気もするけど……
「はぁ」
「元気出して? それといつまでもここにいてまだ論理崩壊が起きるのも厄介だし、施設の方に連絡だけ入れてアタシ達も移動しましょ」
「そうだな……いや悪い、礼が遅れたけど本当に助かった、ありがとう」
そう言って頭を下げた俺に対しミズホはにっこりと笑って、
「大丈夫よ、代わりにいいものを見せてもらったから」
「いいもの? っておい、痴漢行為か」
「あー違う違うそっちじゃなくて、というかそっちは角度的に見えなかったし。そうじゃなくて、スカート広がった時に慌てて隠そうとする姿とか表情とかとっても可愛かったゾ」
「おい」
「とっさの仕草とかほんと可愛くなってきて、おねーさんちょっと複雑な気持ち。眼福だけど」
「やかましい!」




